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序章・帝国崩壊編

7、武官VS文官。帝都大決戦

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 パーティーは滞りなく進んだ。

 パーティー開始前に、実権を握っていたカルシオスとオルモードをティタラが一喝したから誰も彼もが従来通りに皇帝へと礼儀を払った。

 縁もたけなわに盛り上がる頃にはすっかりティタラが二人を一喝した事なんて無かったかのように落ち込む空気も無い。

 酒というものは悪くなった空気も容易に切り替える事が出来るのが魅力であろう。

 とにかく、パーティーは無事に終わった。

 ミルランスは葡萄酒を何杯も飲んでいたからすっかり酔っ払ってふらふらとしている。
 何名かの貴族と騎士に見送られ、部屋の前で別れるとティタラとハルアーダだけは招き入れた。

 そして、ティタラに抱き着くと「ティタラが妹で良かった。ずっと一緒にいてね」とあまり回らないろれつで幸せそうに言うのだ。
 そのまま、ティタラに抱き着いたまま眠ってしまう。

 ティタラは幸せそうに眠る姉に溜息をつくとハルアーダに引き剥がさせた。

「ハルアーダ。姉様に変な事をしないでよ? こうしてゆっくりと眠るの、久しぶりなんだから」

 ミルランスはもうしばらく満足に寝ていない。
 このパーティーを開くように言った貴族はどうせ人脈を広げて顔を売るため程度のものだろうが、そのお陰でミルランスは久しぶりにゆっくりと寝られるのは思わぬ幸運であった。

「もちろん、ご命令通りに」

 ハルアーダは静かにかしずいて、ミルランスをベッドへと横にさせる。

 ティタラが部屋を出て行くとハルアーダはベッド横の椅子に座ってミルランスの顔を見つめた。

 美しい顔だ。
 とても可憐で儚い顔付き。
 疲れ切って毎日の苦痛に表情を失いつつあるだなんて思えない。

 ハルアーダは彼女の顔にかかる髪を静かに払った。

「私に……もっと勇気があれば……」

 ハルアーダは忠義の騎士とも呼ばれている。
 しかし、今回、皇帝であるミルランスへの非礼に何も言わなかった。
 彼はミルランスに危害が加えられる時にその身を守る為の騎士であり、ミルランスへの非礼に反応して逆にミルランスをいざこざに巻き込まないようにしようと考えたのである。

 だが、その考えで良かったのだろうか?
 たしかに波風立たない方法だっただろう。

 しかし、ミルランスはその非礼に哀しんでいたのかも知れなかった。
 だから、一喝してくれた妹ティタラに感謝したのではないだろうか。

 ハルアーダには分からない事だが。
 しかし、どうなろうがこの娘を守る気概があるなら、非礼を一喝する事だってハルアーダにだって出来たはずだ。
 結局、いざこざを起こすのを恐れたのはハルアーダ自身の勇気の無さだろう。

「何が“忠義の騎士”だ。何一つ忠義など無いではないか」

 ハルアーダは精霊の騎士という異名の他に忠義の騎士という異名も持っている。

 これは彼が十五歳の時に、当時の騎士団長から皇帝アロハンドへ紹介を受けた時の話だ。

 アロハンドはハルアーダが精霊エルフの血を引いていてその剣や槍がエルフの創り出したものだと聞いていたのでいたく興味を示していた。
 そして、その剣と槍を見せるように言うのでハルアーダは快諾したのである。

 当時の皇帝騎士がハルアーダから剣と槍を受け取ってアロハンドに渡すと、アロハンドはその刀身の美しさに感嘆の声を挙げた。
 そして、これは良い剣と良い槍だから、今ここで自分に献上するように言ったのだ。
 これには誰もが驚いた。

 なにせエルフの創ったと言われる貴重な剣と槍、そんな簡単に渡せるはずも無い上に、それは騎士であるハルアーダの誇りと親であるエルフの思い出を奪う無礼な発言だったからだ。

 しかし、ハルアーダは静かに微笑んで「仰せのままに」と答えた。

 すると、アロハンドは突然、怒りの表情を浮かべてハルアーダに近付くと、その刃をハルアーダの首筋にあてがう。

「この武器はお前の親のものだろう? 親への誇りは無いのか? 騎士の象徴たる剣を差し出すとは騎士の誇りが無いのか!」

 怒号を前にハルアーダは相変わらずにこやかに微笑んだまま「その剣と槍が皇帝の手にある限り、その剣も槍も皇帝陛下をお守り致します」と答えたのだ。

 これにアロハンドは感心して怒りを収めると、剣と槍を自らハルアーダに渡して「まこと素晴らしき忠義を見た!」と褒めたたえて、以降、ハルアーダは近衛騎士団に入れられる事となったのである。

 しかし、今にして思えば、あれは本当に忠義だったのだろうかと思う。
 自分の考えも無く、騎士という立場をただ演じていたに過ぎないのでは無いだろうか。

 だから、今回のパーティーみたいにちょっとした無礼に対して『自分の仕事じゃない』と考えて反応しなかったのでは無いだろうか?

 ハルアーダは静かに椅子から立ち上がると部屋の隅の壁にもたれて目をつぶった。

 ハルアーダはミルランスとティタラを護りたいと思う。
 それは皇帝騎士という立場だから護りたいのでは無く、個人的感情から心底そう思うのだ。

 だが、今までその立場を演じて生きてきただけだった。
 その立場に求められる事をやってきただけだったから、今さら自分の考えでどう動けば良いのかハルアーダには分からない。

 ハルアーダは溜息をついた。
 自分のやるべき事、成すべきことが全く分からないからである。

 とにかく今は、ミルランスとティタラの側に居ようと思う。
 それは結局、皇帝騎士の役割を遂行するだけで今までと変わらない事だったが。

 今のハルアーダにはそうするしか出来なかった。

――翌朝、城にはいつもの暮らしが始まる。
 ミルランスにとって辛い皇帝としての暮らしもである。

 ハルアーダは彼女を何とかしてあげたかったが、結局、黙って側に立っている事しか出来なかった。

 ハルアーダが窓から外を見ると雪がどんどん降り積もっている。
 この地方の冬は厳しい。

 雪が積もればどこも何一つとして行動をとることが出来なくなる。
 しかし、それはミルランスにとって良いことかも知れなかった。

 行動する事が無ければ皇帝もその事で動く事も無い。
 大体、冬という時期はパーティーを開いて主従で親睦を深める時期でもあったから、ミルランスにとって穏やかな暮らしとなりそうだった。

 しかし、である。
 この冬の帝都で不穏な動きが起こり始めていた事にハルアーダは気付いていなかった。

 大将軍オルモードが城に勤めている各貴族に密書を送っていたのである。
 内容としては、ミルランスは皇帝の器ではなく、妹ティタラを皇帝に即位させるべしというものだ。

 この動きをいち早く察知したのは宰相カルシオスだった。
 彼はこの帝都の権力争いを制して宰相の地位に立ち続けた男であるから、帝都の不穏な動きを察知する能力に長けていたのだ。
 彼はミルランスの方が傀儡として動かしやすいと考えていたので、オルモードに対抗して密かにその動きを牽制しようと、ミルランスを傀儡にした暁には要職へ取り立てる事を報酬に城の貴族達に密書を送ったのである。

 大将軍と宰相の水面下の戦い。
 それは必然、武官と文官の戦いに発展した。

 ティタラを擁立しようとする大将軍と各将軍達。
 ミルランスを傀儡にしようとする宰相と各大臣達。

 大将軍はその下に四つの将軍を指揮下に置いており、その四つの将軍はその下に多くの指揮官や兵を持っていた。
 しかし、彼らの一部はその仕事の関係上、帝都から離れた地に居たこともあり、冬の間は連絡を取れなかったのである。
 城に居たのは大将軍オルモードと四将軍のうち前将軍オットーと右将軍ダライアという二人、それと冬の前にたまたま帝都へ立ち寄っていた一部の指揮官だけが大将軍派だ。

 一方、国事を担当する大臣というものは基本的に城に勤めていたから、雪が積もろうが関係ない。
 宰相カルシオスを中心に財務、内務、外務、工事開発、律法を担当する五老会と呼ばれる国事の要職全員とその配下が宰相派となっていた。

 最初、ミルランス派の文官達はミルランスに大将軍オルモードの悪口を吹き込み、その権利を剥奪しようとした。

「大将軍殿は腹の虫が悪いと兵達を殴りつけるような蛮人でございます」

 ミルランスは自分というものが無かったから、大臣達が口々にオルモードを批判すると大将軍からその権利を剥奪するのが正しい気がして、ひとまず、城内で剣を腰に佩(は)く事を禁止したのだ。

 城内は実の所、皇帝騎士を頂点とした皇帝直下の特別な近衛騎士以外は剣を腰に付けてはいけない事となっている。
 それが免除されていたのは大将軍だけであった。

 つまり、大将軍なのにも関わらず城の中で剣を佩いてはならないというのはあまりにも屈辱な事だったのである。

 これにオルモードは憤慨し、前将軍オットーに文官連中の不正を探らせた。
 文官というものはその立場上、不正が付き物だ。
 賄賂なんて序の口。気に入らない者の悪事をでっち上げて死刑にしているかも知れない。

 ミルランスが死刑に対して酷く不快感を露わにしているのは有名だったから、もしも文官達が無実の人を死刑にさせていたらミルランスが怒るに違いないとオルモードは思ったのである。

 ところがその翌日、前将軍オットーがいつまでも部屋で寝ているのを訝しんだメイドが部屋を訪ねた所、オットーは毒殺されていた。

 恐らくオットーが余計な情報を仕入れる前に文官達が毒殺したのだ。
 オルモードはあまりに自分達の動きが読まれていたのに恐怖する。
 そして、あまり派手に動かず、文官達の動きを読まねばならないとオルモードは思った。
 
 ひとまずは見(けん)に回ろうか。
 少々文官どもをなめていたな。

 オルモードは冷静に文官達の動きに対処しようとする。

 しかし、オットー毒殺の情報を知った一部の指揮官達が怒り、文官達がやったという証拠も無いのに剣を手に文官達を襲おうとしたのだ。

 これは流石にまずいと思ったオルモードは自らがミルランス皇帝に指揮官達の動きを伝え、皇帝直下騎士団を動かすと指揮官達を鎮圧させたのである。

 トカゲのしっぽ切りである。

 少なくとも、指揮官連中の勝手な暴走にオルモードが巻き込まれる事は無く、指揮官達が現場判断で勝手に動いたとする事が出来た。

 これに宰相カルシオスと文官達はさすがに大将軍の地位となるだけはあると感嘆した。
 オルモードに反乱の嫌疑をかけて投獄する計画だったのに、オルモードがあまりに早く指揮官達を見捨てたので計画は失敗したのである。
 とはいえ、オルモードにはもはや殆ど仲間が居なかったから、ティタラを擁立するにはその権力が残っていないとカルシオスは思った。

 実際、オルモードはそれから冬の間、全く大人しくなったのである。

 水面下での権力争いとは下手に動くとそこを突かれてしまうのだ。
 だからオルモードは動くのをやめた。
 時期を見る事にしたのである。

 しかし、それはカルシオス達文官にとって都合が良かった。

 カルシオス達はオルモードが動かないならば動かないなりに、真綿で首を絞めるようにじわじわとその権力を奪う作戦に出たのであった。
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