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10章・やがて来たる時

英気

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 サニヤとラキーニは王都から馬で数日離れた山にある、山賊がかつて使っていた要塞染みたアジトへ到着した。

 昔、ラジートが討伐した山賊が使っていた要塞であるが、内部は中々悪くない。

 さて、早速はじめようか。

 サニヤが、かつて山賊の頭領が使っていた椅子に座る。
 ラキーニは一つ心配事があり、魔物にガリエンド王国を襲わせると、その混乱に乗じて近隣国が攻めてくるのでは無いかと思った。

「確かにその通りね。じや、他の国にも魔物で大騒ぎさせてあげましょ」
「出来るのか?」
「うん。今まで意識したこと無かったけど、やろうと思えばやれる確信があるのよ」

 ザイン。リシーを守ってあげてと呟いて、サニヤの瞳孔が狭まり、縦のスリット状となる。
 表情が消えて、心ここにあらずという雰囲気となった。

 そして、世界各地で魔物が暴れ出す。

 突然の魔物の活性化。

 森から、草原から、山から……。
 ありとあらゆる所から魔物が雄叫びを挙げ、近くの人々を襲い出す。

 ガリエンド王国も多分に漏れず、あらゆる場所から魔物が現れたので、大わらわとなった。

「宰相様がおられない時に魔物の攻撃だと!?」
「東西南北、あらゆる領主から魔物攻撃の報せが……!」
「ど、どうすれば良いのだ! とにかく王都だけでも守らねば!」

 王都の大臣や貴族達は混乱を極め、遷都して安全な場所へとか、森や草原を焼き払って魔物の巣を絶やせだとか。
 とにかく訳の分からぬ話ばかりが飛び出した。

「静まれ! 貴族ともあろうものが取り乱すな!」

 そんな彼らを叱咤したのはラジートだ。

「国王直轄騎士団を出す。指揮は当然、俺だ」

 ラジート自身が騎士団を引き連れ、王都へ出陣した。

 人を殺し、喰らう魔物達へ槍を突き立て、剣を振るい、市街を駆け巡る。

「民よ武器を持て! 隣人と団結せよ! 魔物は強いが連携はせぬぞ。集まり固まり寄り添え合えば、魔物といえども恐るるに足らず!」

 ラジートは馬を駆けて人々へそう呼びかけ、ラジートの指示に従って人々は団結する。

 こうして、街中の魔物を殲滅した。
 しかし、ラジートは止まらない。
 外壁の城門を開けて、騎士団を連れて外へと繰り出したのだ。

 平原にある街道沿いにも大量の魔物。
 街道を行き交う旅者や行商の人々は逃げ回っていた。

 そこへ騎士団を連れたラジートの騎馬突撃が炸裂!
 平原を横隊一列。
 無数の槍衾(やりぶすま)にて、魔物の群れを一掃した。

 一息つき、ラジートが王都へ戻ると、人々は拍手喝采で出迎える。

 まったく現金なものであるが、ラジートにとっては悪い気分はしない。

 国民の賛辞に迎えられながら王城へ到着すると、ラジートは早速、各領主へ伝令を出すことにする。

 このまま近隣の領主達と協力し合い、魔物を倒していくのだと。

 しかし、それでは王城の護りが薄くなる。
 貴族達は我が身可愛さで、王都の守りを堅固にすべしと主張した。

 ラジートはその意見を「ジリ貧だ」として一蹴。
 また、会議をしている間も無い、こうしている間にも森や山にある村々は魔物に襲われているとして、会議を開かずに国王権限で次々と軍兵を派遣し、各地の領主へ伝令を出していった。

「暗黒の民を呼べ。彼らは対魔物のプロだ。意見を聞きたい」
「あのような者達を頼るのですか!」

 いくら暗黒の民が功績を挙げても、所詮外様は外様。
 そんな人達を頼るなど貴族としてのプライドが廃る。

 しかし、ラジートは強硬に暗黒の民を王城へと呼んだ。

 これは貴族達の反発を産むが、しかし、彼らは反乱を行えなかった。
 魔物の攻撃のために反乱をしている余裕は無かったのもそうであるが、一番の理由は将軍や騎士等の軍部系貴族達がラジートの合理的な働きを支持したのだ。

 普通の貴族達にとっては、己の権力を手に入れる事が大事なのでラジートに好き勝手させたくない。
 一方の将軍や騎士はラジートの合理的な動きによって自分や配下の身命が左右されるのだから、ラジートを評価しないわけにはいかなかったのである。

 こうして、ガリエンド王国はラジートを中心に見事、魔物の激しい攻撃を退けたのだ。

 そして、魔物達が逃げた先は、王都から三日程馬で走った先にある山だと判明する。

「そんな所が魔物の巣なのか?」

 ラジートは各将軍との評定でそのように聞くと、偵察部隊長はそのようですと頷き、また、手紙が一通、山の麓にある魔物の襲撃で滅んだ村にあったと、ラジートへ見せた。

 まだ綺麗な便箋に包まれた手紙。
 宛先には、ガリエンド王国新国王ラジートへと書いてあるではないか。

 封を破って手紙を読めば、つまり、宣戦布告の内容だ。
 魔王は魔物を操り、人間から地上全土を頂くとするものである。

「魔王だと?」

 会議場に居る将軍達はざわめいた。

 そんな中、暗黒の民の王子、サムランガだけは腕を組んで、意外そうも無く静かに座っていたのである。

 だから、評定が終わって将軍達が出て行く中、ラジートはサムランガだけを呼び止めた。

 何を知っているのか? と。

「魔王の事を知っています」

 そう言うのだ。
 魔王とは何者なのかラジートが聞いたところ、サムランガは勿体ぶって「数日前に居なくなった奴が居るでしょう?」と言った。

 その言葉にラジートはハッとする。
 彼とて馬鹿ではない。

 突然姿を消した姉夫婦。
 その姉が持つ奇妙な角。

 しかし、あの姉が、魔物を引き連れて人々へ襲いかかるなど馬鹿げた話があるのか?

「この事は秘密にします」

 サムランガは言った。
 国王の姉が魔王なんて公言されてはラジートも堪るまい。
 代わりに、交換条件として姉サニヤの首を取っても良いかどうかサムランガは聞いてきたのである。

 サムランガは、きっとラジートが悩むと思った。
 姉の首か、姉が魔王とバラされるか。
 究極の選択肢を与えたつもりだった。

 しかし、ラジートから帰ってきたのは「いや、一緒に戦ってくれるなら願ったり叶ったりだ」との答えだったのである。

 そんな簡単に姉の首を取っても良いと言うのにサムランガが逆に驚いた。

「自分の言葉を分かっているのですか!?」
「ああ。何か不服か?」

 不服などありよう筈も無く。
 サムランガは頭を下げて「なんでもありません」と答えた。

 さて、ここからラジートは早い。
 魔物の根拠地を見つけ、悪辣な魔王を打ち倒さんと、戦力を集める。

 ラジートの援軍申請に、自領から魔物を退けられた二人の領主が駆けつけた。
 一人は隠居した父の跡を継ぎ、ラムラッドの領主となったガラナイ・ガリエンド。

 もう一人はリャッツという北方の町を収める領主、コレンス・ローガであった。

「猛将ルーガ様の息子にして勇将と名高いガラナイ様に会えるとは光栄です」
「ローリエット騎士団の双璧と謳われ、ラジート様のライバルと聞いたコレンス様と会えるとは、俺も光栄だ」

 二人は、王都前の草原に作られた陣地にてそのように握手を交わす。

 そんな二人の元へラジートがやって来た。
 久しぶりに見た二人へ笑顔を見せ「久しぶりじゃないか!」と手を振るラジート。

 二人とも久しぶりの再会に喜ぶ。

 ガラナイは顎髭を生やしているし、コレンスも大分歳を重ねて大人という雰囲気を纏っていた。

 しかし、二人に言わせればラジートの方が変わっている。
 元々威風堂々とした態度だったが、今ではますます王の覇気に充ちていた。

「で、魔王討伐ですって?」とコレンスが聞く。

「手紙で言ってましたが、魔物を操るなんて、まるで物語ですな」ガラナイが信じられないように言った。

 ラジートは事実だと言う。
 もちろん、二人とも嘘だなんて思っていない。
 信じられない事であるが、ラジートがここまで大規模な嘘をつくなんて考えもしていなかった。

 その時、森の木がドンと吹き飛んだ。

「え!?」

 青空を大木がグルングルンと回転して、大きく弧を描き陣地へ落ちてくる。

 人の悲鳴の直後、激しく地面が抉れて、大木が突き刺さった。

 突然の出来事に人々は慌てふためき、将達が「誰がやられた!」とか、「投石器(カタパルト)か!? 次弾に警戒!」と指示を飛ばした。

 しかし、ガラナイだけは「投石器じゃねえ」と呟く。
 かつて、反乱軍において接収した投石器(カタパルト)を使用していたルーガ軍に所属していたから、投石器の挙動では無いと分かったのだ。

「投石機(カタパルト)じゃ無いのにあんな大木を飛ばせるなんて……!」

 コレンスが絶句した。
 なぜ大木が飛んできたのか理解したからだ。

 ドシンドシンと大地を揺らし、森の木々がベキベキと嫌に軋んで折れていく。
 そこから、二階建ての家にも相当する巨体が姿を現した。

 人それをトロールと呼ぶ。

 大木を片腕で抱えている巨腕。
 その巨腕で大木を投げたのだ。

 そのトロールは太い二本の牙が生えている大きな口を開いて叫んだ。

 コレンスはビリビリと痺れるような咆哮に耳を塞いで「巨鬼(トロール)……! 初めて見た!」と、その巨体に目を見張る。

 トロールは魔物において最も脅威。
 しかし、トロールとの遭遇は一生に一度あるかどうかだ。
 実際にはおとぎ話にも近い存在である。

 だからガラナイも「俺だって初めて見たぜ」と冷や汗を垂らした。

 しかも、そのトロールの足元から続々とゴブリンにボガード、オーガが現れる。

 まるで、王都を破壊し尽くすとでも言うかのような魔の軍勢だ。

 さあどうする総大将。
 将兵達はラジートを見た。

 ラジートがニヤッと笑って周りを見れば、随分と若い顔ばかり。
 歳を喰っていてもガラナイと同等くらいの歳だろうか。

 実質、十年近く戦争が無かったのだ。
 歴戦の戦士達は、あのルーガのように次の世代へ歴史を託して隠居したのである。

 ここにいる兵の半数近くは戦争すら知らないだろう。

 だからこそ良い。
 若い世代が先達から受け継いだ力を見せるのに、ちょうど良い機会ではないか?

「さあ、俺達の力を見せてやろう」

 ラジートは剣を抜き、「陣を構えぃ!」と叫んだ。

 その英気に兵達は感化され、畏怖すること無く陣を構える。
 これがカリスマと言うものか。王の才気と言うべきか。

 本来ならば恐怖に竦むだろう実戦を知らぬ兵達が、ラジートの覇気に圧されて戦意を高揚させた。

「脅威はトロールのみ! トロールを囲んで三方より矢を放つ! 攻撃!」

 美しい幾何学模様は戦場の芸術だ。
 まず長槍部隊が攻めよせるゴブリンやボガードへ槍を突き立てる。
 次いで長剣と盾を持った部隊が魔物へ斬り掛かった。
 その激しい戦いの両脇を騎馬部隊が迂回し、左右から魔物を攻め立てる。

 その騎馬部隊の後を弓兵が展開した。

「撤退の太鼓を!」

 撤退の太鼓が鳴らされ、前線の兵達が後退する。
 死を厭わない魔物達は追撃に来るが、鈍重なトロールだけ遅れた。

 ここが狙い目。

 撃て!とラジートの号令の元、一斉に矢が放たれてトロールへ突き刺さる。

 トロールはそれが痛いのか、嫌がる素振りを見せた。
 しかし、幾らかは刺さったが、分厚い脂肪と筋肉に覆われているトロールの体が矢じりを弾き、矢は力無く地面へ落ちるのだ。

 明らか決定打に欠ける。

 トロールは弓矢に怒ったか、豚の声染みた掠れるような雄叫びを挙げ、大木を大きく振った。

「距離を取れ!」

 緩慢なトロールの動きは兵達に当たらない。
 地面が抉れてオーガ達を空中へと吹き飛ばし、その脅威の力を見せつけたが、無理に斬り掛からない限りトロールの一撃は当たりそうに無かった。

 しかし、どうしたものか。

 ラジートは全軍を後退させ、次はどう攻撃しようか考えた。
 敵の攻撃は当たらずともこちらの攻撃は通らない。

 こんな時にラキーニが居れば良い考えの一つや二つは提案してくれただろうに。

 無いものねだりをしても仕方ないが、やはり彼が居なくなったのは辛い。
 
「苦戦しているなら手伝いましょうか?」

 ラジートがハッとして後ろを見れば、ラジートの馬の尻にサムランガがいつの間にか立っていた。

「戻ってきたのか! ちょうど良い!」

 暗黒の民は基本的に遊撃部隊として、独立して魔物達の討伐に当たっていたのである。

 この窮地に戻ってきてくれたのはありがたい話だ。

「貴方達はオーガどもを。我々はトロールを始末する!」

 サムランガが馬から飛び降り、疾風のようにトロールへ向かった。

 さらに、四方八方より暗黒の民が現れて兵や魔物達の合間を黒い旋風の如く馬で駆け抜けていく。

 それを見たラジートは暗黒の民を援護するため、再び前進の太鼓を鳴らせた。

 兵達と魔物達がぶつかる戦場で、女狐が両手を合わせる。
 五指の先に付いた鋼鉄製の爪が当たってカキンと硬質の音を出した後、手を離せばスラァと細い鋼線が弧を描いた。

 その鋼線を走りながらトロールへと引っ掛ける。
 腿、腰、肩、腕……。

 トロールは自分の体に鋼線が付いている事に気付かず、目の前にやって来た大百足へ意識を注いでいた。
 大百足は四本の腕を出してサーベルを構えると、トロールの攻撃に合わせて分離。

 大木が地面に真っ直ぐ振り落とされると、トロールの体をピョンピョンと大百足は跳ねた。

 それをうざったそうにトロールが払おうと手を動かすが、手がピタリと止まる。
 全身に巻き付いた鋼線が、動こうとするとトロールの体のどこかに引っ掛かってその動きを止めたのだ。

『山猿! やれ!』

 サムランガの声に、山猿が柄の長い大斧を構え、トロールの腕の下を通りながら大斧の刃を食い込ませると、気合い一発、大木を持つトロールの腕を斬り飛ばした!

 さらに反対へ回り込み、今度はもう一本の腕へと大斧の刃を食い込ませ、一気に斬り飛ばす。

 トロールの恐るべき両腕がなくなった。

『かかれえ!』

 サムランガの号令に応じた暗黒の民が一斉にトロールへ攻撃し、トロールのその巨体をいとも容易く絶命させるのである。
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