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10章・やがて来たる時

魔王

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 ラジートとヘデンをメイドが起こした。

 夜遅くまで仕事をしていたラジートはまだ眠気が取り切れないようで、大きなあくびをしながらベッドから出たのである。

 そんなラジートを見てクスクスと笑うヘデンの額に彼はキスをして、着替えに寝室を出て行った。

 クローゼットルームで寝間着から業務用の服に着替える。
 この時、メイドが三名ほど付き添って着替えさせてくるのがラジートは毎回慣れない。
 特に、妻達とご無沙汰なので、どうしても、若い娘(しかも美人だ)に体を触られるとむず痒くなってしまう。

 恐らくは、王として子孫を残す為……つまり、メイドに手を出させる事で妾とし、よりたくさんの跡取りでも残そうという為のものだろう。

 なにせ、このメイド達は皆、名家の長女で、なおかつローリエット騎士団を卒業した護衛メイドだ。
 いや、彼女達は皆騎士階級であり、護衛メイドというのは憚られる。
 家柄もバッチリ。
 親の貴族達も王と婚姻関係になるなら万々歳。いや、むしろそのために長女をローリエット騎士団に入れたようなもの。
 いつでもラジートに手を出される準備は出来ている。
 
 が、ラジートは彼女達に手を出す気は絶対に無い。

 なぜならば「ここでこの子たちへ手を出したら、カーシュに絶交どころか刺し殺されちまう」からだ。

 なので、まだ若い情動を抑え、着替え終わって食卓へと向かった。

 王城の五階は王とその家族達のもの。
 当然、食卓にはラジート達一家しか居ない。

 長いテーブルへ既に座っているヘデンとキネット、それからリーリルがお喋りに興じている、

 よくよく考えれば、村娘のリーリルに、最下層民のヘデン、貴族の娘のキネットと、何かと境遇の違う三人なのによく盛り上がれる話題があるものだとラジートは思いながら、三人に朝の挨拶を言いながら席へ着く。

 三人ともラジートに挨拶をして、そのまま会話を続行した。
 女三人寄れば姦しいとは良く言ったもの。
 どこの世界も女はお喋りだ。
 ゆえに生まれが違くとも、仲良くお喋りが出来るのだろうが。

 その後、子供達がやって来た。
 長男のカルンが十三歳。
 十二歳と十歳の次男ローレンと三男ハルバが居て、一番下の長女アイユと次女ターナが共に八歳。

 それぞれの教育係の乳母が居た。

 全員揃うと食事なのだが、乳母達が子供へデーブルマナーを教えながらの食事となる。

 これに困るのはリーリルとヘデンだ。
 リーリルはカイエンと連れ立って居たので、まだテーブルマナーに詳しくなったからマシだが、それでもテーブルマナーなんて堅苦しいものは嫌いだったし、ヘデンなんてテーブルマナーに自信が無い。

 特にヘデンは、ラジートと結婚して本格的にテーブルマナーを学ぶまではフォークを握り込んで使っていたような始末。
 それなりに上達したとはいえ、苦手意識は消えない。

 そんな彼女達へ気にしなくて良いと言うのはキネットだ。

「あの子達は訓練のため。私達はそんなに畏まらなくても良いじゃ無いですか」

 そんな事を言われても、生まれたときから貴族の家で、その後もメイドとして生活をしたキネットとは違うのだ。

「酷いわキネット。あなたは意識しなくてもテーブルマナーを守れるのだから余裕を持てるんだもの」

 リーリルが頬に手を当てて困った素振りを見せるので、「ご安心下さい。リーリル様もヘデンも、十分出来ていますよ」とキネットは微笑んだ。

 こういう、メイド上がりの気の利いた言葉は、どちらかと言えば自信の無い気性のリーリルやヘデンにとってはありがたいもので、彼女のお陰で三人は仲が良いのかも知れない。

 それに、リーリルは経験豊富で知識があり、この味付けはどうだとか、この魚はどうだとかと話題を提供するので、三人が話題を失ってしまう事は無いし、ヘデンはそんなリーリルやキネットの話を素直な顔で「そうなんだ!」と聞いた。

 和やかな食事だ。

 子供達もテーブルマナーには慣れたもので、時折、母親達の話に入ってきたりする。

 しかし、長男のカルンだけは黙々と食事を摂っていたが。

 カルンはどうにも最近、反抗的な態度が強くなってきたように思える。
 現に、食事が終わると、そそくさとした様子でダイニングから出て行ってしまった。

 そして、カルンが食事を終えると他の子供達も席を立ち、リーリルもメイド達に美味しかったと伝えて出て行く。

 ラジートとヘデンとキネットが残った。

「しかし、なんでカルンは最近、不機嫌なんだ?」

 ラジートがその疑問を口にすると、二人が小さく笑う。

「あなたに相手をしてもらえなくて拗ねているそうだよ」

 ヘデンの話によれば、ラジートから直々に色々と教えて貰えるとカルンは思っていたのに、蓋を開けたら王家となったから選りすぐりの家臣達へ師事するというのが納得いかないそうで。

 そのような事で息子が拗ねていただなんてラジートは予想して居なかったので面食らってしまった。

 しかし、かつてザインとラジートもやたらカイエンの事を嫌っていたし、父と子というものはこういうものである。
 親になって初めて分かる子の気難しさであろう。

「もちろん、私達も相手にしてもらえて無くて、拗ねてしまいそうなのですが……」

 キネットが艶(なま)めかしい目でラジートを見た。

「ヘデンも一緒に今夜あたりにどうでしょう?」

 ヘデンが顔を真っ赤にする。
 ヘデンは三人で『する』というのが苦手だ。
 嫌いでは無いが、苦手である。
 やはりそういった行為を第三者に見られるのは恥ずかしい。

 しかし、キネットだって本当はラジートを独り占めしたいだろうにわざわざヘデンを誘うのは、彼女なりの配慮だ。
 それを思えば、ヘデンだって嫌だと言えない。

 が、ラジートは「すまないな」と拒否して立ち上がった。

 これに「もう、女からの誘いを断るのは甲斐性が無いですよ」と、キネットがヘソを曲げるのでラジートは笑う。

「今は皆が俺を助けてくれている時だからな。うつつを抜けないのさ」
「私達にもラジートを助けさせて欲しいんですがね?」

 キネットの言葉にヘデンも頷く。
 なんと甲斐甲斐しい妻達だろうか。

 ラジートはもう充分この二人の妻に助けて貰っている。
 だが、それでは二人とも納得出来ないようだ。

「余裕が出来たら、止めて欲しいって思うくらい一晩中愛してやるさ」

 ラジートはそう言って笑うと、二人の額にキスをして仕事へ出て行った。
 
 階段を下りて、謁見の間等がある階へ行くと、すぐに何人かの貴族達がラジートを迎えてくる。

 彼らは揉み手するかのような媚びの笑いを浮かべ、誰それが不穏な動きをしている。だとか、誰それはラジートの事を非難していた等という話をするのだ。

 ラジートに媚びへつらいつつ、ラジートを王にすることで自分達の権力を手に入れようとする連中。

 なるほどこれはルカオットだって嫌になる。

「朝一番にそのような話をするな。余は爽やかな朝を汚されるのが嫌いなのだよ」

 そう言って彼らをさがらせた。

 毎朝毎朝このような陰口悪口ばかりを聞かされるのだから、ラジートは精神が病みそうな気分である。

 そんなラジートの背中を見ながら「何が『余』だ。もう王様気取りかね?」とか「俺達が支援してやんないと、王の座を降ろされかねないって事を気付いてんのかね」なんて陰口を貴族達は叩くのだ。

 ラジートは彼らの声を聞いては居ないが、内容は分かっていた。
 激しくも複雑な腹の探り合い。
 味方を味方と信じてはならない化かし合い。

 これに負けた時、二人の妻と五人の子供達との幸せな暮らしも終わりを迎えてしまう。
 そればかりか、下手をすれば妻も子も……。

 ラジートは拳を握った。
 双肩に幸せの重責がのし掛かる。

 なるほどルカオットが妻を欲しがらないのも納得だ。
 歴代のマルダーク王達が業務的に女を抱き、業務的に子供を産ませたのも理解できる。

 家族というものに幸せを感じれば感じるほど、自分自身に責任が重くのし掛かって来るのだ。

 ラジートの顔から自然と笑みが消え、近寄りがたい凶相が出る。
 すれ違うメイド達は恐れおののいた顔で廊下の隅により、怯えた顔で頭を下げた程だ。

 そんなラジートが執務室へ向かっていると、前方の廊下に書類を抱えて歩くラキーニが居るので、声を掛けた。

「おや。ラジート様。どうしました?」
「いや。随分と書類を抱え込んでいるから、どうしたのかとな」

 ラキーニの抱えていた書類は、各大臣の業務に関する書類の写しである。

 何とかラジートを王として認めさせる為、役立てられそうな業務が無いか調べようとしているのだ。

「宰相として余の業務の補佐までしてくれているのに、いつもすまない」

 階段の下で待機しておべっか揉み手をしてくるような連中より、こういった行為こそがラジートの役に立つ。
 彼らにも見習って欲しいものである。

「いえいえ、王に尽くすは臣下の役目。お気になさらず」

 ラキーニは忙しいのだろう、会話もそこそこに「それでは」と頭を軽く会釈させて執務室へと向かっていった。

 彼は執務机に書類を広げて、各大臣の業務に目を通す。
 ラキーニがそれらの業務に目を通していると、各大臣からの報告書や要望書を執事が運んできた。

 今度はその報告書や要望書に目を通して内容を確認し、各大臣間で競合して足を引っ張らない内容か判断し、競合して足を引っ張り合うようなら妥協案を考える。
 そして、思いついた妥協案を各大臣へ伝え、是非を問うた。

 是だと言えばラジートへ、その書類を送って報告。
 非だと言えば競合する大臣貴族とラジートを交えた会議となる。

 それらが終わったら再び、ラキーニは自分の持ってきた書類に目を通す。
 彼は自分の仕事でさえ忙しいのに、片手間で膨大な資料に目を通してラジートが信用を得られそうな政策を考えねばならなかっと。

――夜遅く、ラキーニは帰ってきて、溜息をつきながら酒を飲む。

 ラキーニは元々酒飲みでは無かったが、リシーが居なくなってからは晩酌をする癖が付いた。
 ホロ酔いで気分が高揚してからでは無いと眠れなくなったからだ。

「今日も遅かったわね」

 サニヤが酒を飲んでいるラキーニの前へ座った。

 ロウソクだけが照らす薄暗いリビング。
 サニヤの黒い髪が光っている。

 リシーが居なくなってから、二人でゆっくり向かい合ったのは初めてな気がした。

 ラキーニは力無く笑って、近くに立っていたメイドへ休むよう伝えて退室させる。

 本当はリシーとの事をサニヤとよく話さなければならないのだろうに、今は仕事の話しか出来ない自分を自嘲したのだ。

「実は、ラジート様の事で……」

 サニヤへラジートの悩み事を打ち明ける。
 
 武人上がりだと戦争が無い限り支持率が上がらない。
 こう支持者が居ないと、権力狙いの貴族達がどうすることやら。

「そう。私も実は、貴族達が酒場とかで秘密の集会を開いているって情報を掴んだわ。まだ調査中だけど……」

 良からぬ会合だろう。

 彼らにラジートを認めさせるには、戦争が起こって、ラジートがその戦争を鎮圧すれば良い。
 そうすればきっと、ラジートの実力を認めさせる事ができるだろうに。

 ガリエンド王国が建国されて七年。
 目立った戦争は無く、国民の間でラジートはお飾りの将軍という印象があった。

「……カイエン様の時は、ルカオット様が反乱した形ですんなり王と認められたのだけどね」

 さてどうしたものか。

 ただでさえリシーの事で精神的に参っているのに、今回はラジートの事で頭を悩ませ。
 ラキーニは限界に見えた。

 サニヤは腕を組んで考える。

 うーんと思い切り頭を捻るので、ラキーニはハハハと笑った。
 自分の為にここまで頭を悩ませてくれる妻が愛おしい。

「そんなに考えなくても良いさ」

 ラキーニはそう言うが、実は、とても良い方法が一つだけサニヤにはあった。
 しかし、それをやると、ラキーニがもっと追いつめられる事が予想されたので、言うに言えない。

「実は……」

 そこまで言って、やっぱり口をつぐんだので、ラキーニがなんだい? と気にした。

 サニヤは苦しげに言うか言うまいか考える。
 しかし、サニヤは自分自身、頭が良い方だとは思えない。
 直情的で直感的であり、自分の思考よりもラキーニの頭に考えを任せるべきだと思う。

 だから、言う事にした。

「魔王が……居て……」
「魔王? あの暗黒の民の伝承に出てくる?」
「そう。魔物を操る……魔の王……。魔物を使役する魔王をラジートに倒させれば、誰も文句を言わないわ」

 ラキーニは大笑いする。
 涙を流すくらい大笑いして、いや、ごめんごめんと涙を拭った。

「魔王はしょせん、お伽話に出てくる存在だよ。どこに居るって言うんだい?」
「ラキーニ……。ここに居るの」

 え……?

 不思議そうにサニヤを見るラキーニ。

 彼へ、サニヤは自分の角を指差した。

「私がね。魔物を使役する魔王なのよ。ラキーニ……」

 ラキーニは再び笑い出しそうになったが、サニヤがまじめな顔で見ていたから、さあっと笑いが退く。

「冗談……だよね?」
「本当よ。証拠も見せられるわ」

 サニヤは窓を開けて、ヒュイッと口笛を吹いた。

 トットッと軽やかに、人の腰ほどの大きさしかない人間が窓から入って来る。
 浮浪者染みたボロボロのローブを着ていた。

「隠密部隊の人?」
「ええ。かつて私の傭兵団に居た。そして今は隠密部隊で影の仕事をこなす」

 サニヤが彼のボロ着を掴んで、脱がした。

 そこに居たのは、細い手足と太った腹の体と、垂れて長い耳に鋭い牙の並ぶ口のゴブリンが居たのである。

 ラキーニはガタッと立ち上がって、わなわなと唇を震わせた。

 魔物と言えば恐怖の象徴。
 人類の忌むべき仇敵。

 それが室内に平然と居るなんていうのは、恐るべき不自然だといえよう。

「信じてくれた?」

 もう帰って良いよと、ゴブリンを外へと帰し、サニヤはラキーニへ計画を語る。

 自分が魔王として魔物を率い、ガリエンド王国を攻撃する。
 かつてのルカオットを真似するだけだ。

 そしてカイエンがルカオットを討ったように、ラジートは軍を率いてサニヤを討伐すれば良い。
 暗黒の民も、サニヤの首が手に入るなら喜んで協力するだろう。

「不安があるとすれば、幾つかの集落を落とさなくっちゃ説得力が無くなる事だけど……」

 幾つかの集落を落として、悪の魔王を演出せねばならない。
 それがサニヤに出来るだろうか?
 やらねばならない事だが、直前で物怖じしてしまわないかサニヤは不安である。

「サニヤ、何勝手に話を進めてるんだい?」

 ラキーニが顔を手で覆い、指の隙間からサニヤを見ていた。

「だって、そんな話……」

 ラキーニの声は震えている。

「君は、僕の元を去って……そして……」
「ええ。私はラジートに殺される」

 指の間から覗く瞳が激しく振るえた。

「何でだ……! 何で、リシーといい君といい、僕の大事な人は僕から離れていく?
 僕が何をしたんだ!」

 激昂したラキーニが足音を荒げながらサニヤに近づき、その肩を掴んで激しく揺さぶる。

「答えろ! 何で僕ばかりこんな目に遭わなければならない!? 何で……! 何で……!」

 ラキーニはサニヤを激しく揺さぶったが、段々と力を失い、サニヤの足元へ力無く膝を付いた。
 絶望と恐怖。
 抗えようの無い事実に抵抗する事が出来ず、涙と嗚咽を漏らす。

「サニヤ……僕が何をしたんだい? なんでリシーも君も僕から離れるんだ……」

 サニヤは屈んでラキーニに視線を合わせると、その唇に唇を重ねた。

 愛しているわ。何があろうとも。

 うなだれるラキーニを置いて、サニヤは部屋を出た。
 灯りの無い真っ暗の廊下をサニヤは歩いていく。
 暗い暗い深淵へ。
 暗い暗い暗黒へ、サニヤは自分が歩いていく事が分かる。

 かつての国王ルカオットも彼女と同じ気持ちだったのかも知れない。

 あるいは、サニヤは今、人生の全てがこのためにあったのだと思う。

 今まで生きてきて体験した事、経験した事。
 学んだこと、知ったこと……。
 全てはこのためにあったのだ。

 両親から愛を教えられ。
 ライから命を賭して護ることを教えられ。
 弟達から護りたいものを教えられ。
 ラキーニから幸せを教えられ、リシーから命を教えられ。
 ルカオットから自己犠牲を教えられ……。

 今までの出来事が走馬灯のように駆け巡った。

 ふと、暗闇の廊下でサニヤは足を止め、そして、振り向いた。

「……久しぶりね」

 サニヤの人生の中で、最もサニヤと関わりがありながら、サニヤにも正体が分からぬもの。

 廊下にポツンと立つ、あの朧な黒い影が真っ赤な眼を悲しそうに歪ませてサニヤを見ていた。

「あなたが誰か分かったわ。あなた、最初の魔物を作った……魔女ね?」

 朧な黒い影は反応を示さず、哀しげに泣いた。
 いや、実際に泣いたのか分からない。
 風が洞窟を吹き抜けるような、哀しげな音がこだましただけなのだ。

「あなたの望みだったんでしょ。私が魔物を引き連れて人を殺すのがさ」

 朧な影は哀しげな眼のまま、顔を左右に振った。
 例えサニヤが魔物を引き連れて人を殺したとしても、それは、サニヤ自身が殺される為の下準備に過ぎない。
 それは朧な影にとって本意では無かった。

 ニヤリと口の端を持ち上げて、サニヤは「もう大丈夫よ」と言った。

「もう誰も恨まなくて良いのよ。魔物を引き連れる魔王は私っきりで終わり。リシーもその子もまたその子も、また、その後の子も、誰も憎まないし、誰も恨まないわ」

 だからもう、お休みなさい。

 朧な影は哀しそうに顔を背け、廊下の暗闇へ消えてしまった。

 これで一人ぼっち。

 朧な影がサニヤの事を、いつも陰ながら見守ってくれていた事を彼女は知っている。
 あるいは、サニヤにとってもうカイエンとリーリルとも違う別の親とも言えたかも知れない。

 その朧な影でさえ居なくなった。

 サニヤはこういう子だ。
 人一倍寂しがり屋なのに、いつも孤独な方へ孤独な方へと向かってしまう。
 もしかしたら、それがサニヤなりの贖罪なのかも知れない。

「いいや。君は一人ぼっちじゃ無い」

 サニヤが玄関に手を掛けた時、背後からそう言われて振り返る。

「ラキーニ……?」

 そこにはラキーニが立っていた。
 不気味な、白くて何の装飾も施されていない仮面を手に持っている。

「魔王独りじゃ締まらないだろう? 側近の一人も居なくちゃね」

 そう言うラキーニへ、サニヤはラキーニには来て欲しくないと拒否した。
 しかし、ラキーニはずいっとサニヤへ近付くと、手を掴んで、肩を抱き寄せ、力強くサニヤへ強引なキスをする。

 しばらく……十秒近く唇を重ね、その唇を離すと、ラキーニは仮面を付けた。

「夫婦というものは困難と苦痛が伴う道ほど一緒に歩くものだ」

 その日の夜、サニヤとラキーニは王都を抜け出したのであった。
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