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6章・父であり、宰相であり

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 サニヤはふらっとラキーニの方へ倒れた。

 そのサニヤをラキーニが支える。
 先程からチラチラとサニヤを見ていたため、即座に動けたのだ。

 しかし、グラスからワインがこぼれて、ラキーニの服に赤い染みを作った。

 サニヤはごめんと謝りながら体を起こそうとするも、うまく体が起こせない。
 なので、ラキーニはサニヤの肩を抱き寄せて、倒れないようにしたのである。

 すぐにメイド達もやって来て、サニヤの介抱を始めた。

「大丈夫。そんな酔ってない。ちょっと目まいがしただけ」

 そう言うサニヤの舌は回っていなかった。
 誰がどう見ても酔っ払っている。

 そんなサニヤは突然、えへへと笑うとラキーニの肩に腕を回して「ありがと」と言った。
 先程、体を支えてくれた事に関する感謝だ。

「あんた、優しいよね。ガラナイと大違い」

 メイドが差し出す水を飲みながら、サニヤはそう言う。

 これにカイエンは、まずいのでは無いかと思い、立ち上がった。
 ラキーニにはガラナイの事を秘密にしている。
 なにせ、彼はサニヤの事が好きなのだから、そういったサニヤの恋愛ごとを知らせるのは可哀想だと思うのだ。

 カイエンが急に立ち上がるので、カイエンの肩に頭を乗せていたリーリルがびっくりする。
 そんな彼女に一言謝って、カイエンはサニヤの元へと歩いてく。

「ガラナイ? ルーガさんの息子さんだっけ」

 ラキーニの言葉にサニヤは頷くと、ガラナイの言い方が悪くて自分が婚約されたと勘違いしたと愚痴るのだ。

「あんなに私、喜んだのに。勘違いなんてしてさ。恥ずかしーよ」

 その話を聞くラキーニの顔は引き攣っている。

 すると、カイエンがラキーニの肩に手を置き、「服にシミが出来る。着替えてこよう」と、ラキーニの服に付いた赤ワインの染みを指さし、二人はダイニングを出て行った。

 こちらへとカイエンは二階へ案内し、バルコニーへ出る。

 バルコニーへ出ると「何かお話でしょうか?」と、ラキーニは早速聞いてきた。
 カイエンが何かを話すためにバルコニーへ出たと察したのだ。

 カイエンが先ほどのサニヤの話は気にしないように言うと、「サニヤ様だって恋愛の一つや二つ、しますよ」と、ラキーニは寂しそうに笑う。

「それで、本題は何でしょう?」

 そう、サニヤの恋愛云々は本題じゃない。

 ラキーニの前では隠し事が出来ないなとカイエンは苦笑し、「いや、あの場から逃げたかっただけさ」と言った上で、「ついでに、サニヤの事で何か分かったかと思ってね」とも言う。

 せっかく二人きりになれたのだから、もののついでにサニヤの事を聞こうと思ったのである。

 ラキーニはなぜカイエンがあの場から逃げたいと思うのか、それだけが分からなかった。

 しかし、ラキーニだって別に人の心が読めるエスパーで無し、カイエンの考えが分からなくても追求はせず、彼が見つけたサニヤの不可解な行動を説明する。

 そう、不可解な行動だ。
 
 ラキーニが言うに、彼女は日中、特に訪問者が居ない場合はその顔を包帯でグルグルに巻いて街を歩くのである。
 
 散歩……であろうか、行く当ても無くぶらぶらうろうろと、同じ場所を行ったり来たり、大きく迂回したと思ったら近道を通って同じ場所へ戻ってきたり。

 正直、何をやっているのやらラキーニには分からなかった。

 おまけに、彼女が突然引き返して来たりして、鉢合わせになりそうになるので気が気では無かったのだという。

 この話を聞いたカイエンは確かに奇妙だと思った。

 しかし、夜中にサニヤが何をしているのか分かればその謎も解けるのでは無いだろうか。

 だが、ラキーニは頭を左右に振った。

 ラキーニは追跡の達人では無い。
 暗い夜道をサニヤに気付かれずに追うことなんて出来ず、彼女にまかれてしまうのだ。

「どうにも気付かれてしまうようでして……」

 サニヤが突然駆け出すので、文官のラキーニは追い付けるわけも無い。

 カイエンは顎髭を撫でて、確かにラキーニではサニヤの尾行は難しいと思う。

 他に尾行の適材が必要だ。

「あまり他人に話したくは無いけれど」

 口が増えればサニヤやロイバックの耳に、カイエン達が彼らの事を探っている事が入りかねない。
 しかし、カイエンとラキーニだけでは限界がある。

 二人の話は、誰か新しい協力者を探そうと言う話に終わり、ラキーニの服を着替えさせた。
 
 着替える名目で部屋を出たから、着替えてこなければ妙な疑いをかけられてしまう。
 当たり前だ。

 カイエンの服を着たラキーニを連れてダイニングへ戻る。
 すっかり酔っ払ったサニヤがリーリルの体に抱き付いて寝ており、もはやお開きの空気だ。

 なので、カイエンは訪問してくれたサマルダとその家族、そしてラキーニに感謝を述べて帰らせた。

「さ、ザイン、ラジート。二人とも食事は終わり。寝支度をするんだよ」

 そう言われた二人は互いに顔を見合わせると、大急ぎで鳥の太腿を食べ、油だらけの口と手で「はーい」とダイニングを出て行く。

 メイドが一人、ザインとラジートを追いかけていき、残ったメイドは食事を片付ける。

 サニヤの後の世話はキネットがすると言ったが、カイエン達は久しぶりに甘えてきたサニヤが愛おしいので、自分達で世話すると言った。

「さ、寝支度しよう」

 カイエンがサニヤを抱き上げると、彼女はカイエンの首に腕を回してくるので歩きづらい。
 
 もう少し腕の力を緩めるようにカイエンが言うも、サニヤは嫌だ嫌だと駄々をこねる。

 せっかく成人を迎えたのに、これでは子供に逆戻りだとカイエンとリーリルは笑い合うのであった。

 そして翌朝――

 朝食を食べるカイエン達。
 そこにサニヤの姿は無い。

 なぜ居ないのか?

 朝、目を覚ました彼女は、隣で眠るリーリルと、ソファーで眠るカイエンに気付くと、昨夜の痴態を思い出して顔から火が出た。

 カイエンとリーリルが目を覚ました時には、真っ赤な顔を包帯で隠して「昨日だけは特別にサニヤだったけど、今からはまたサーニアだ」と言って屋敷を出て行ってしまったのだ。

 カイエンはヤギのミルクを飲みながら、頑固な子だよと笑う。
 そして、リーリルはスープでふやかしたパンを口に運びながら「あなたみたいにね」と言った。

 カイエンは自分の頑固さで家族が離れ離れになった事を暗に責められているのだと思い、黙ってうつむいてしまう。

 リーリルはその様子が可愛くて、クスクスと笑うのだ。

 そんな二人のやり取りを憮然と眺めるのはザインとラジートである。
 あまり両親に目の前で仲良くされると、何とも言えず気恥ずかしく、不愉快に思えた。

 そんな二人の様子に気付いたリーリルは、甘えん坊の二人に構ってあげなかったからヘソを曲げたに違いないと思い、「あーん」とポテトをフォークに刺して差し出す。

 しかし、ザインもラジートも、プイッと顔を横に「自分で食べられるよ」と言うのだ。

 反抗期である。

 この歳まで反抗期が無かった二人だが、カイエンという父の登場によって反抗期を迎えたのだ。

 反抗期とは人間にとって大事な過程である。
 人は反抗期を経て、自主性と独立心を得るのだ。

 親に手伝って貰わなくても自分でやれる。
 親なんか居なくても上手くやれる。

 親の目線で見ると、わずらわしい事この上無い事であるが、人の成長において重要な通過儀礼だ。

 そんな二人は、おそらくサニヤの真似であろうか、テーブルの上の物を素早く口に詰め込んで席を立つ。

 リーリルが二人へ、もっとゆっくり食べなさいと優しく注意するも、ザインもラジートも舌をべっと出してダイニングを出て行ってしまった。

 この行為にサニヤの面影を見たカイエンは、もしや二人が勝手に屋敷の外へ出てしまう可能性を加味して、キネットへ二人を見張るように伝える。

「あの子達が外へ出たら、見守ってやってくれ」
「連れ戻さなくて良いのですか?」
「男の子には冒険も必要だからね」

 街へ出て行った二人を連れ戻す必要は無い。
 むしろ、自主的に外へと出て行く行動力があったとしたら、やはり男の子を持つ親としては嬉しいのだ。

 ただし、もしも二人が外から帰ってきたら、親としてしこたま説教してやるつもりだが。

「任せて良いかな」
「その……私の他に誰か一緒に護衛を付けてくれませんか?」

 キネットは自信家な女である。
 貴族の生まれで、騎士の経験があり、他のメイドと私は違うぞという態度を憚らない人間だった。
 しかし、今回はなぜか弱気な発言をするのでカイエンは驚く。

 キネットは以前、浅黒い肌の人達に絡まれて、何も出来ずに終わったのだと説明する。

 あの、暗黒の民とサニヤ達のいざこざだ。

 あの時、相手に敵意が無かったから良かったものの、もしも彼らがその気になればリーリル達を守れない所であった。
 それでキネットは自信を喪失したのだという。

 ならばと、カイエンは戦いの心得があるメイドをもう一人付けることにした。

 それならばとキネットは、二人を追って部屋を出た。

 そんなキネットの背を見ていたカイエンは、何かを考えている様子だったので、リーリルは「どうしたの?」と聞く。

「いや、なんでもないよ」と言うカイエンであるが、サニヤの事を探るのに適任が居たと思うのである。

 それは暗黒の民だ。

 彼らの話は報告書で知っているが、非常に優秀な狩人である。

 僅かな手掛かりから魔物を追跡するのだ。
 その洞察力と追跡能力はサニヤの事を調べるのにうってつけであろう。

 朝食を食べ終え、カイエンは登城した。

 そして、すぐに暗黒の民へ会いたい旨の使者を出す。

 詳しい話は宰相の執務室にて話すということで、カイエンはそれまで仕事をして過ごした。

 いつも通り、各部署から送られてくる要望をまとめ、税収からどれをどの程度行うのかを決めてルカオットから王家の押印をもらうのだ。

 そのように過ごしていると、昼前には暗黒の民のリーダー、サムランガが二人の護衛を連れてやって来る。

 サムランガは二人の護衛に頭を下げさせた。
 部下の頭は下げさせるが自分の頭は下げない。これは、暗黒の民とマルダーク王国はあくまでも対等なのだというサムランガのプライドである。

「して、何のようでしょうか」

 頭は下げないが、彼なりの礼儀で顔のベールを外しながら言う。

 端正に整った顔が姿を現した。

「サムランガ殿。あなたの配下で隠密に長けたものを一名、貸して頂きたい」

 カイエンはサニヤの尾行に、暗黒の民を使う気なのだ。

 関わりの薄い相手に娘の尾行を……と思いもしようが、逆である。
 彼らは全く関わりが無いために、サニヤを狙う必要が無いので安心なのだ。
 それに、カイエン達がサニヤの事を探っていると漏れる心配も無い。

 もちろん、彼らは魔物退治の拠点と許可が必要なので、下手に断れないし、その程度の要望ならば喜んで受け入れると言った。

「あなた方には必要以上の便宜を図って頂いた。多少の願いならば喜んで」

 他の国では、もっと道理にそぐわない事を命ぜられる事もあるのだ。

 なので、快く、彼は護衛に連れていた一人をそのままカイエンへ貸与し、帰っていく。

 カイエンと一人の暗黒の民だけが部屋に残った。

「それじゃあ早速、仕事をして貰うよ。……ええと、名前は?」

 カイエンに一時寄与されたその人は「ジャイライル」と自己紹介しながら顔の布を取る。

 冷たい眼をした女であることが分かった。

 まさか女とは思わなかったカイエンは面食らう。
 しかし、娘の事を調べるなら同性の方が都合も付くので、渡りに船だと、すぐに喜ぶのだ。

 しかし、その目付きは鋭く、サニヤに似ていなくも無い。
 なので、暗黒の民は皆、目が細くて鋭いのかとカイエンは聞いた。

「そう……です」

 暗黒の民にも大きな眼をした女は居るらしいが、殆どは細くて鋭い目をしているのだという。
 曰く、暗黒の民の国では、その方が美しいと言われているらしい。

 むしろ、大人の癖に子供みたいに大きな眼をした女の人は気持ち悪いのだ。

 文化の相違か。

 マルダーク王国やその周辺の国々では、目がくりくりと大きい方が美人だと言われている。
 不思議なものだとカイエンは思った。

 だが、これでますますサニヤが暗黒の民の国から来たのでは無いかとカイエンの疑問は強まる。

 そして、あの頭の角も、彼らの伝承による魔王なる不吉な存在を意識させた。

 しかし、彼ら自身も魔王はお伽話だと言っているのだから、気にする必要は無いとカイエンは頭を振るのだ。

「それではジャイライル。早速仕事を頼もう」

 カイエンは早速、娘サニヤの尾行を彼女にお願いした。
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