上 下
31 / 47
第三章 運命なんて言葉じゃちょっと無理がある

三十一、エドマンドの防衛

しおりを挟む
「っふ、くくく、あははは!」
「は、ぇ……?」
「すごい顔だな! エドマンド!」
「な、なに……?」
「か、顔が……! はは! ベゴニアの、花より赤いっ! はははは!」
「……どういうことだ?」
「はぁ、笑った、はぁ……」
「僕を、からかったんだな……?」
「なんだ? そう思うのか?」
「それ以外の何があるんだ!」

 悔しい! 悔しい! 恥ずかしい……! 僕は今、期待した。彼に期待してしまった!
 何を、なんて恥ずかしくて思い出すこともしたくない。

「もういい! どいてくれ! 帰る!」

 立ち上がって、笑って離れた彼の体とソファーの隙間を通り過ぎる。

「本気だよ」

 かけられた声に踏み出した足が止まった。
 自分で自分に驚いた。まさか、僕は彼の言葉を聞きたいと思っているのか? あんなに失礼な扱いを受けたのに?
 振り切るように無理矢理一歩を踏み出す。

「エドマンド! 聞け! 確かに俺はお前が嫌いだった! でもお前のことを知ってからは嘘を言ったことはない!」

 足を戻した。

「……回りくどいな。はっきり言ったらどうだ」
「分かっているだろ。はっきり言えない事情があるから誤魔化しているんだ」

 ジッと見つめた先に両開きの扉がある。今ここを動いて出て行けば、二度とこの話の続きは聞けなくなるんだろうか。

「信用できないと言ったら?」
「信用させてみせる」

 僕は振り返った。
 ブライトルは、真剣な顔をしているように見える。

「……どうやって?」
「じきに分かる」

 つい驚いてしまった。笑いさえしてしまいそうだ。

「大口をたたいた割には曖昧だな?」
「身分が高いもんでね。色々と不自由も多いんだ」
「信じろと?」
「お前には、お前だけには信じてほしい」

 僕らはジッと見つめ合う。いっそ睨みあっているような強さだった。
 まるでお互いの素の部分を知ったときのような光景だ。

「その視線、時計塔でのことを思い出すな」

 悔しい。同じことを考えた。何も言えなくて微かに睨む。
 ブライトルは笑った。口を開けて子供っぽい笑顔だ。

 そうだ……。忘れていた。彼はまだ十六歳なんだ。日本で言ったら高校一年生。大人びているとは言ってもまだ、子供。
 何もかもなんて、きっとできない。
 僕は妥協してやることにした。

「信じるかどうかは、お前次第だ」
「エドマンド……」

 踵を返して扉に向かう。今度こそ何を言われても振り返るつもりはなかった。

「帰る」
「なあ、エドマンド!」

 扉に手を掛けた。

「トーカシアは同性婚ができるんだ」

 押し開けてそのまま廊下へ出る。

「覚えておいてくれ」

 無礼だと分かっていて後ろ手で扉を閉めて、そのまま正面玄関に向けて歩いた。

 ……何だって?

 ***

 初戦は何事もなく終わった。
 任務内容は遠くにセイダルの砲撃の粒子を見ながら、奇襲に備えて警備を行った。
 たまに流れ弾が届くことがあったものの、防御特化のモクトスタによってそのほとんどが防がれていた。
 僕の専用機も間に合ったのにその威力を実感するまでもなく、ほとんど戦況を見届けるだけで終わってしまった。

 唯一何かあったとするなら、ブレイブが中距離砲一発で向こうの流れ弾を弾いてしまったことくらいだ。
 凄まじい勢いで飛んでくる砲弾を、赤い粒子の流れが押し返す様は圧巻だった。
 僕はうっかり見入ってしまった。慌てて無表情を取り繕ったけど、周りもみんな見惚れていたから問題ないだろ。

 やっぱり、この前手合わせしたときのイアンは不完全だったんだ。中距離砲の威力が段違いに上がっている。飛行時間も長くなっていたし、今戦ったら多分僕は負けるんだろう。

 段々と彼は完成に近づいていく。
 それが嬉しくもあって、寂しくもある。
 ブレスタでは、エドマンドとイアンは正式な勝敗が決まらないままトイメトアの決戦を迎える。勝率では僕が上だけど、最後の試合ではイアンが勝つからだ。

 イアンと友達になってしまった今、最後の試合がいつのことを指すのか分からない。ただ、彼が確実に原作以上の実力を付けていることにホッとする。


 任務から帰宅すると、使用人たちがほぼ総出で僕を待っていた。

「エドマンド様……!」
「お前ら……」
「……任務、ご苦労様でございました」

 侍従を筆頭として、全員が頭を下げる。
 大げさだな。そこまでしてもらうほどのことはしていない。
 だけど。
 だけど……。

「ああ、今戻った」

 そう言える場所が作れたことに、初めて感謝したんだ。
 その日の料理は久しぶりに肉厚のステーキだった。昨日も肉だったのにまた肉が出た。内心躊躇ったけど、十代の貪欲な体が素直に空腹を訴えてくれたので安心して平らげた。

 ここのところ、牛肉がほとんど食べられなくなった。僕の家でそうなのだから、他の人は恐らく全く食べられていないはずだ。肉自体が流通していない可能性も高い。

 トーカシアが支援に回ってくれるなら物資に関しては多少ゆとりが出るかもしれない。でも前線の兵士はともかく、金持ちや権力者に優先的に配られていたら意味がない。
 ブライトルの顔が浮かぶ。今日のことがあるから少し気まずいけど、もし本当に不正があったなら、せっかくのコネクションを使わない手はない。

 ブライトル。
 ブライトル、か……。
 彼を信用するかどうかは決めていない。
 でも、信じたいと思う自分はいる。
 もし、もし彼の言っていることが全て本心なのだとしたら、僕はどうしたらいいんだろう……。

 そもそも同性婚が許されているからと言って、王族であるブライトルとどうこうなるなんて無理な話だ。
 それでも、もしかしたら。
 もし、万が一何かしらでうまくいくのなら、そのときは。

「……信じてやってもいいけどな」

 僕の呟きを拾ったのだろう。控えていた侍従が不思議そうな顔をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 俺の死亡フラグは完全に回避された! ・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ラブコメが描きたかったので書きました。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

転生して勇者を倒すために育てられた俺が、いつの間にか勇者の恋人になっている話

ぶんぐ
BL
俺は、平凡なサラリーマンだったはずだ…しかしある日突然、自分が前世プレイしていたゲームの世界の悪役に転生していることに気が付いた! 勇者を裏切り倒される悪役のカイ…俺は、そんな最期は嫌だった。 俺はシナリオを変えるべく、勇者を助けることを決意するが──勇者のアランがなぜか俺に話しかけてくるんだが…… 溺愛美形勇者×ツンデレ裏切り者剣士(元平凡リーマン) ※現時点でR-18シーンの予定はありませんが、今後追加する可能性があります。 ※拙い文章ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

元ヤクザの俺が推しの家政夫になってしまった件

深淵歩く猫
BL
元ヤクザの黛 慎矢(まゆずみ しんや)はハウスキーパーとして働く36歳。 ある日黛が務める家政婦事務所に、とある芸能事務所から依頼が来たのだが―― その内容がとても信じられないもので… bloveさんにも投稿しております。 本編は完結済み。

俺に告白すると本命と結ばれる伝説がある。

はかまる
BL
恋愛成就率100%のプロの当て馬主人公が拗らせストーカーに好かれていたけど気づけない話

前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙
BL
ハーララ帝国第四皇子であるエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララはある日、高熱を出して倒れた。数日間悪夢に魘され、目が覚めた彼が口にした言葉は…… 「皇帝なんて興味ねえ!俺は魔法陣究める!」 天使のような容姿に有るまじき口調で、これまでの人生を全否定するものだった。 * * * * * * * * * 母親である第二皇妃の傀儡だった皇子が前世を思い出して、我が道を行くようになるお話。主人公は研究者気質の変人皇子で、お相手は真面目な専属護衛騎士です。 ○注意◯ ・基本コメディ時折シリアス。 ・健全なBL(予定)なので、R-15は保険。 ・最初は恋愛要素が少なめ。 ・主人公を筆頭に登場人物が変人ばっかり。 ・本来の役割を見失ったルビ。 ・おおまかな話の構成はしているが、基本的に行き当たりばったり。 エロエロだったり切なかったりとBLには重い話が多いなと思ったので、ライトなBLを自家供給しようと突発的に書いたお話です。行き当たりばったりの展開が作者にもわからないお話ですが、よろしくお願いします。 2020/09/05 内容紹介及びタグを一部修正しました。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

処理中です...