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第二章 友情なんて簡単な言葉じゃ説明できない

二十、不本意な友人たち

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 前半は国の情勢の詳細なので、ご興味のある方だけどうぞ。


『もし迷惑じゃなければ、イアンと一緒にお邪魔したい』
 ダンからそんな手紙が届いたのは、休暇も折り返した頃だった。

 この世界の文明は色々と混ざっている。情報収集のメインはラジオだけど電話は一般には流通しておらず、一部の軍事利用のみだ。
 スポーツ科学は進んでいるけど、娯楽は観劇やラジオ放送ばかりで肝心のスポーツは余り発達していない。こちらもやはり率先して活用されるのは軍部でだ。
 今日届いた手紙も、この雪の中わざわざ急ぎで届けてくれた電報のようなものだ。
 なのに、モクトスタ同士ではある程度なら離れていても会話ができるのだから、モカトの威力は恐ろしい。諸外国がそのためだけに戦争を起こそうとするのも頷けるというものだ。

 その代表格が西の大国セイダルだ。

 イアンの入園と同時期にセイダルについてもできる限り調べた。
 常に威圧的なセイダルに対して、ニュドニアはかなりの時間と労力をかけて説得しようとしたようだ。数的に明らかな戦力差がある状態で望んで戦争などしないだろう。
 優先的輸出権の施行。
 最新型モクトスタの寄贈。
 モクトスタ技術者の斡旋。
 等々。

 様々な優遇措置を取ったのにも関わらず、先方の要望は一点のみ。
 モカトの採掘権の移譲。
 そんなことをすれば国が傾き、いずれは吸収されるのは目に見えている。
 だからこそ時間をかけて交渉に交渉を重ねて、何度も先方に赴き機嫌を取って持ち上げて、それでも結局今の関係性になっている。
 食料の輸出量は制限されて、出入国も難しくなった。
 一部の富裕層が買い占めを行ったことにより様々な物の物価が上がった。
 市民は食べる物に困り始め不穏な空気が漂い始めている。
 こんな大きな力、僕一人でどうにかできるわけがない。セイダルの動きを止めるのは無理だと悟った。

 じゃあせめて僕を殺す予定のアーチー・カメルの動向だけでも押さえておきたいと調べさせれば、傭兵出身の根無し草で、基本は金でしか動かない快楽主義の男。
 の、はずだった。
 何があったのかは分からないけど、そんな男が二年も前にセイダルの一人の将軍に忠誠を誓っていた。
 その将軍は二期で頻繁に出てくる名前だったから重要なキャラクターだ。ならばすぐに退位したりなどもしない。
 アーチーを説得して戦争から遠ざけるのも限りなく難しい。

 結局僕ができるのは、自分が強くなることだけだった。


 話が逸れた。
 イアンとダンがフィッツパトリック家に来たいと言っている。
 手紙をもらった以上、返事はしないといけない。
 断ろうとしたけど……。その、なんだ。結果的に断れなかった。
 もうこのパターンは飽きたって? 僕だって飽きてきているよ。でも仕方ないだろ。
 案の定、ブライトルに見つかって圧力をかけられたんだよ!

「せっかくの長期休暇だ。友人と過ごすのも必要な時間だろう?」
「僕は彼らを友人だとは思ってない」
「楽しそうに話していてよく言うよ。とにかく、返事はオーケー一択だ」
「それは命令か?」
「命令して欲しいのか?」
「はぁ……。分かったよ」

 こんな経緯があって、三日後には二人がやって来ていた。

「よく来たね、寒かっただろう? さあ、暖炉のある部屋でゲームでもしよう」

 ブライトルが率先して出迎えて、イアンの背中に手を添える。
 ここは僕の家なんだけどな?
 そもそも僕そっちのけで先に行くその態度が、その顔が、随分と嬉しそうで納得いかない。
 まるで僕と一緒に過ごすことに飽きてきたかのような喜びようだ。
 少しは楽しそうにしているように見えたのに――素の状態で話をするわけでもないのに――そんなにイアンと話がしたかったんだろうか。

「フィッツパトリック、いきなり悪かったな」
「いい。殿下の指示だ」
「殿下は本当にイアンがお気に入りだよな」
「……お前はいいのか? ダン・オライリ」
「いいって?」
「イアン・ブロンテと一番仲がいいのはお前だろう」
「そのつもりだけど、それがどうかしたか?」
「いや、だから、その……」

 僕は何を言っているんだ。自分の質問の真意が分からず、しかも質問に質問を返されて動揺してしまった。

「あんたも、変わったよな……」
「僕は変わってなど」
「……ダンでいい」
「は、あ?」
「名前で呼べよ。もう、俺ら友達だろ」
「と、ちが、うだろう……」
「毎日一緒に昼食を取って、休みの日に自宅に遊びに行く。イアンに勉強教えたりもしたよな。これって、もう充分友達だろ?」
「と、もだ、ち……」

 前世でも友達とは余り縁がなかった。今世では縁はあっても、それどころじゃなかった。
 そんな僕に、友達。

「あー! ずるいよ! ダン! エドマンド君! 俺も! 俺もイアンって呼んでよ! それで、君のこともエドマンドって呼んでも、いいかな……?」

 イアンが耳ざとくこちらの会話に気付いて、また大きな瞳で見てくる。こいつ、分かってやっているんじゃないか?
 疑わしい気持ちになったけど、それよりも名前のことだ。
 ダメだ。そんなことは絶対したらダメだ。
 気持ちを強く持つ努力をした。僕だっていい加減分かっているんだ。この関係が周りからどう映っているかなんて。
 でもここで友達だと認めてしまったら、きっと僕は彼らのことをすごく好きになってしまう。好きだと認めてしまう。
 それは、それはとても悲しい――。

「ほら、呼んでみて! イアン!」
「呼ばない」
「ダメかな? エドマンド君」
「ぅ、お前、その顔は卑怯だ」
「うん、でも、ブライトル殿下がこうしろって言うし……」

 勢いよくブライトルに顔を向ける。彼は少し意地の悪い顔をしている。

「もし嫌なら無理にとは言わないよ。でも、でもね、エドマンド君は僕たちのこと、きっと嫌いじゃないんじゃないかと思って……」

 言葉に詰まってしまった。どうせバレているなら、これ以上我を貫く意味はないんじゃないか?
 絶対に逸らしません! って言いたそうな大きな目と見つめ合う。広い廊下は暖房が弱くて少し寒い。いつまでもこんなところにいたって何も変わらない。

「――イア、ン……」

 僕はポツリと口を開いた。

「うん! ありがとう! エドマンド!」
「お! じゃあ、次は俺だな! さあ、どうぞ」
「呼ばないからな?」
「なんだよ、いいだろ? 昼食を一緒に取る中なんだから! ダンだよ。ほら、どうぞ」

 大きなため息を付いた。最近色んな所でため息をついている気がする。

「ダン……。これでいいか?」
「ああ。よろしく、エドマンド」
「いいね。友情だ。じゃあ、私のことはブライトルだ。さあ、どうぞ」
「そんなことできるわけがないでしょう!」

 ブライトルの一言には、三人揃ってツッコミを入れてしまった。
 イアンとダンがお腹を抱えて笑っている。
 ブライトルが眩しい物を見るかのような顔をしている。
 僕は、僕はきっと口角が薄っすら上がっている。
 僕らが不本意ながらも友人と呼べる関係になってしまったのだと、認めるしかない瞬間だった。
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