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第二章 友情なんて簡単な言葉じゃ説明できない

十五、推しを生で見た感動

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 報告は上がっていたし写し絵も見ていたけど、この目で見るのは初めてだ。
 感動で胸から湧き上がるものがある。
 なるほど、これが推しを見たときの感情なのかもしれない。

「グロリアスの……?」

 表面上は驚いた素振りを見せた。最近、少し表情筋が動くようになった気がする。

「はい。偶然、彼はグロリアスの一番を起動しました」
「僕と変わらない歳に見えますが……」
「はい、エドと同じ歳です」
「そうですか」

 話している間も僕たちの視線はイアンに集中している。
 彼はまだ荒削りながらも、対峙している兵士に見事な打ち込みを入れている。主人公なだけあってポテンシャルが高い。

「ただの少年に見えますね。センスは悪くないようですが」
「エド! イアンはすごいのですよ! 剣を握ってまだひと月も経っていないのに、もう一般兵に引けを取らない動きをしているのです!」 

 フルーリア王女が頬をバラ色に染めて、イアンがいかにすごいかを力強くアピールする。
 褒めたつもりはなかったのだけど、恋する乙女には関係なかったようだ。

「確かに動きがいいですよね。相手の動きを読むだけの余裕もあるようです」

 本心ではないだろうけど、ブライトルもイアンを褒める。
 横目で彼の顔を見ると、僕に見せる意地の悪い目をしていた。王女殿下がイアンばかり見ているからか、随分余裕があるようだ。
 手合わせしていた兵士が下がると今度は奥から精悍な男が現れた。あれはニュドニア国軍第三師団の師団長だ。イアンの最初の師匠となる人。

「あれは……」
「第三師団長ですね。彼もイアンを買ってくれています」
「本当に優秀なのですね」

 フルーリア王女には悪いけど、返事が多少おざなりになってしまっているのは許して欲しい。つい意識が前のめりになる。こんな所で二人の手合わせを見られるとは思っていなかった。
 これは多分二人の二回目の手合わせだ。一回目は描写されていたけど、二回目は話に上がっていただけで詳しく何があったか分からない。でも師団長がイアンを自分の子供のように可愛がるきっかけになる瞬間だった。
 できる限り見落としがないように中庭を見下ろす。
 モクトスタは装備していない。無い状態での動きを見るためだろう。
 始まったと同時にイアンが飛び上がり、真っすぐ振り下ろした剣を師団長が軽く横に弾く。でも、イアンは諦めずに全身の筋肉を使って空中で体勢を整えた。

「へぇ!」

 流石のブライトルも感心したのか楽しそうな声を上げる。
 イアンは、さっきと同じような軌道で剣を振り下ろした。せっかく立て直したのに、また捻りの少ない真っすぐな攻撃をしようとしている。
 それじゃあ師団長には敵わないだろう。この場の全員がそう思った。
 その瞬間、イアンは剣を手放した!

「えっ!」

 王女殿下の口から声が漏れる。
 僕もブライトルもバルコニーに半歩近づいた。
 イアンは振り下ろした勢いを両手に込めて、師団長の肩を思い切り押す。まるで跳び箱の要領で巨体を越えると、剣を弾こうとした師団長の体が前につんのめった。
 そのままバランスを崩した襟首を掴んで、重力に従って落ちるままに師団長の体を引きずり倒した。
 ダァン!
 地面にぶつかる大きな音と共に、師団長は大の字で空を仰いでいた。

「彼、すごいね」

 声が出たのはブライトルだけだ。
 フルーリア王女は頬を染めて両手で口元を覆っているし、僕は僕で表情に出さないようにするので精一杯だったからだ。
 すごい。
 その一言だ。あの場であれだけの判断ができる才能。やっぱり彼は主人公だ!

 食い入るようにイアンを見つめていると、不意に横から視線を感じて顔を上げた。
 王女殿下はイアン以外目に入っていない。見ているのはブライトルだった。
 無表情で僕を見ていた。王女殿下もいるのに取り繕わないなんて珍しい。

「ブライトル殿下?」
「ん? ああ、随分熱心に見つめているなと思ってね」

 満面の笑みだ。今となっては裏があるとしか思えない見事な笑み。
 何か言いたかったのかもしれない。僕には関係ないけど。

 イアンは師団長に頭を力強く撫でられている。
 そこまで見ると、フルーリア王女が背筋を整えて僕らへ振り返った。

「エド、イアンは来週から学園へ通います」
「噂になっています。彼のことだったのですね」
「彼のことを、よろしくお願いいたします」

 小さな両手を胸の前で強く握ってジッと見つめられる。これは、相手が王女殿下じゃなくても断れない。
 安心させるためにできるだけ表情を柔らかくする努力をした。深く腰を折る。

「承知いたしました。フルーリア王女殿下」
「ありがとうございます。エドマンド」
「微力ながら、私もお手伝いしますよ。フルーリア王女殿下」
「ブライトル殿下……。よろしいのですか?」
「お気になさらず。これでグロリアスの研究が進みますね」
「ふふ、そうですね。では、お二人とも。未来の英雄のため、どうぞお力をお貸しください」
「承知いたしました」

 ブライトルと二人、声を揃える。

「ありがとうございました!」

 中庭からはイアンの元気な声が聞こえる。訓練が終わったのだろう。こちらを見上げて王女殿下に明るく微笑みかけている。
 後ろに立つ僕らに軽く頭を下げると、師団長と共にその場を後にする。
 暫くの間、彼は家族と一緒に王城の使用人エリアで生活するそうだ。
 見上げた空は日が落ちかけて、明るさを増す月の隣で一番星が光っていた。
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