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第一章 したいこともできないこんな世の中じゃ
四、元・ラスボスとの対峙
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接待お茶会を終えて帰宅すると、屋敷中がやけにソワソワとしていた。
この光景には覚えがある。久しぶりに祖父が戻ってくるのだ。
祖父は本当に忙しい人で、軍部の仕事でほとんど家にいない。
昨日だって唯一の孫の誕生日に「おめでとう」の一言どころか顔を見せもしない。
プレゼント代わりに与えてもらったのは、モクトスタのフライングとやたら目をぎらつかせた兵士だけだった。
そう言えば、あの兵士が遠慮なく僕に勝ったのは、僕程度でも勝てば話のネタくらいにはなるからだろう。総帥閣下の孫に勝ったとなっては場が盛り上がるに違いない。
とにかく、物心ついた頃からこんな状態だったから、祖父以外に家族のいないエドマンドは常に孤独だった。
少しでもこちらを向いて欲しくて、期待に応えるために必死だった。
そのせいで感情に乏しい性格に育つのだけど、今となっては祖父への興味も薄くなってしまった。
だって、今の僕には大切にしてくれた昔の家族の記憶がちゃんとあるから。
それでエドマンドが感じた孤独が癒えるのかと言うと、それは少し違うのかもしれないけど、今は彼と僕は同じ存在だから、きっと間違いじゃないと思いたい。
自室に戻って準備を整える。
忙しい中帰ってきたのは、十中八九昨日の失態に関する話をするためだ。
本当にわざわざお疲れ様と言ってやりたい。たかだか内々の模擬戦で負けた程度のために興味がないのだろう相手と話をしに来るのだから。
「エドマンド様、閣下がお及びです」
呼びに来た侍従の声がいつにも増して固い。あの人の機嫌一つで職を失うかもしれないんだから当然だ。
「とんだブラック企業の社長だよ」
誰も聞いていないのをいいことに皮肉を言う。
さあ、お爺様はどう出てくるか。
いっそラスボスとも言えるはずの相手なのに、舞台の初日公演のような高揚感が襲った。
執務室に入ると、こちらに見向きもせずに書類をさばく六十代くらいの男性が豪奢な椅子に座っていた。
くすんだブロンドヘアはエドマンドと同じだけど、それ以外は余り似ていない。能面のような顔はいつも何を考えているのか分からない。
僕の表情筋が乏しくなったのは周囲にしかめっ面しかいなかったからだ。
「お呼びでしょうか、お爺様」
気付いているのに一言も発さない相手に、頭を下げたまま仕方なく要件を聞く。
「負けは許さないと言い付けていたな」
重い。
静かな声に、心臓が嫌な速さで脈打ち始めた。
覚悟はしていたのに、人には条件反射ってものがあったのを忘れてた。
それでも表面上は決して動じない。僕はエドマンドなのだから。
「承知しております」
「どうするつもりだ」
「二週間後、勝ちます」
「ふざけているのか?」
「十日後に」
「……次はない」
「申し訳ありませんでした」
「下がれ」
「はい、失礼いたします」
一度も目線を合わせることなく退出する。
本当は勝ち誇った笑みを浮かべてみたいところだったけど、当然無表情でやり過ごす。
普段使っていない筋肉だから、まともに動かなかったというのも理由の一つだ。
勝った。
ルールがないなら勝ったと感じたときが勝ちだ。
いつもであればもう一言、二言くらい突き放すような言葉がある。それがなかった。
つまり、今の受け答えが祖父に対しての最適解だったということだ。攻略成功したということだ。
攻略のために僕が考えた方法は二つ。
『期限』と『責任』の内容を明確にしただけだ。様々なアルバイト経験から培った世間のルールだ。
いくら優秀でも十三歳では考え付かなかった。特に僕は経験に乏しいところがあるし、こればかりは実務経験がないと難しいのかもしれない。
これで後はひたすらモクトスタのトレーニングをするだけだ。
少し不安もあるけど、エドマンドのポテンシャルなら十日もあればなんとかなる。
二年後にはエース・オブ・モクトスタと呼ばれるほどの才能を持っているのだから。
「言ってみろ」
そんな浮かれ気分の中、一度自室に戻って着替えを手伝わせながら僕は聞いた。
お爺様の執務室を出てからというもの、侍従が何か言いたそうにしていたのだ。
「……エドマンド様?」
珍しくうろたえているようなので、さらに背中を押す。
「許す。言ってみろ」
「……ありがとうございます。もし許されるなら、トレーニング後にでも紅茶と茶菓子などはいかがかと思った次第です」
どうしたんだろう?
普段自分から意見を言うことなどはない。愚直に職務を実行するだけだった。
ジッと侍従を見る。頭を下げる様子はいつもと変わりない。
これは、もしかしなくても気を遣ってくれているのか? お爺様と対峙した勇敢さを称えてくれているのか?
「必要ない」
「はい。出過ぎた真似をいたしました」
「今日はお爺様も夕食を?」
「はい。ご一緒される予定です」
「なら、夕食後だ」
「はい……え、エドマンド様……?」
「お前が言ったのだろう。夕食後にしろ」
呆気に取られた顔をしている。侍従失格だな。
何だか満足した。
僕は着替え終えて意気揚々と庭に出るとトレーニングを始めた。
そしてモクトスタの扱いに慣れた一時間後に、自分の失態に気付いて青ざめた。
お爺様に一矢報いたことで昂っていた。
さっきの侍従への言動は完全にミスだ。
いや、稀ではあるけど機嫌のいいエドマンドなら間違っていない行動だ。僕の中のエドマンドはあの行動を否定しない。
僕はちゃんとエドマンドを演じているし、彼の人生を生きている。
じゃあ何が違うのかと言うと、多分前の僕だったら侍従の気持ち自体に気づかなかったはずなんだ。
これが人生。
これが現実。
練習なしのぶっつけ本番。オールアドリブ。一人芝居。
人生を生きる難しさに直面した最初の瞬間だった。
この光景には覚えがある。久しぶりに祖父が戻ってくるのだ。
祖父は本当に忙しい人で、軍部の仕事でほとんど家にいない。
昨日だって唯一の孫の誕生日に「おめでとう」の一言どころか顔を見せもしない。
プレゼント代わりに与えてもらったのは、モクトスタのフライングとやたら目をぎらつかせた兵士だけだった。
そう言えば、あの兵士が遠慮なく僕に勝ったのは、僕程度でも勝てば話のネタくらいにはなるからだろう。総帥閣下の孫に勝ったとなっては場が盛り上がるに違いない。
とにかく、物心ついた頃からこんな状態だったから、祖父以外に家族のいないエドマンドは常に孤独だった。
少しでもこちらを向いて欲しくて、期待に応えるために必死だった。
そのせいで感情に乏しい性格に育つのだけど、今となっては祖父への興味も薄くなってしまった。
だって、今の僕には大切にしてくれた昔の家族の記憶がちゃんとあるから。
それでエドマンドが感じた孤独が癒えるのかと言うと、それは少し違うのかもしれないけど、今は彼と僕は同じ存在だから、きっと間違いじゃないと思いたい。
自室に戻って準備を整える。
忙しい中帰ってきたのは、十中八九昨日の失態に関する話をするためだ。
本当にわざわざお疲れ様と言ってやりたい。たかだか内々の模擬戦で負けた程度のために興味がないのだろう相手と話をしに来るのだから。
「エドマンド様、閣下がお及びです」
呼びに来た侍従の声がいつにも増して固い。あの人の機嫌一つで職を失うかもしれないんだから当然だ。
「とんだブラック企業の社長だよ」
誰も聞いていないのをいいことに皮肉を言う。
さあ、お爺様はどう出てくるか。
いっそラスボスとも言えるはずの相手なのに、舞台の初日公演のような高揚感が襲った。
執務室に入ると、こちらに見向きもせずに書類をさばく六十代くらいの男性が豪奢な椅子に座っていた。
くすんだブロンドヘアはエドマンドと同じだけど、それ以外は余り似ていない。能面のような顔はいつも何を考えているのか分からない。
僕の表情筋が乏しくなったのは周囲にしかめっ面しかいなかったからだ。
「お呼びでしょうか、お爺様」
気付いているのに一言も発さない相手に、頭を下げたまま仕方なく要件を聞く。
「負けは許さないと言い付けていたな」
重い。
静かな声に、心臓が嫌な速さで脈打ち始めた。
覚悟はしていたのに、人には条件反射ってものがあったのを忘れてた。
それでも表面上は決して動じない。僕はエドマンドなのだから。
「承知しております」
「どうするつもりだ」
「二週間後、勝ちます」
「ふざけているのか?」
「十日後に」
「……次はない」
「申し訳ありませんでした」
「下がれ」
「はい、失礼いたします」
一度も目線を合わせることなく退出する。
本当は勝ち誇った笑みを浮かべてみたいところだったけど、当然無表情でやり過ごす。
普段使っていない筋肉だから、まともに動かなかったというのも理由の一つだ。
勝った。
ルールがないなら勝ったと感じたときが勝ちだ。
いつもであればもう一言、二言くらい突き放すような言葉がある。それがなかった。
つまり、今の受け答えが祖父に対しての最適解だったということだ。攻略成功したということだ。
攻略のために僕が考えた方法は二つ。
『期限』と『責任』の内容を明確にしただけだ。様々なアルバイト経験から培った世間のルールだ。
いくら優秀でも十三歳では考え付かなかった。特に僕は経験に乏しいところがあるし、こればかりは実務経験がないと難しいのかもしれない。
これで後はひたすらモクトスタのトレーニングをするだけだ。
少し不安もあるけど、エドマンドのポテンシャルなら十日もあればなんとかなる。
二年後にはエース・オブ・モクトスタと呼ばれるほどの才能を持っているのだから。
「言ってみろ」
そんな浮かれ気分の中、一度自室に戻って着替えを手伝わせながら僕は聞いた。
お爺様の執務室を出てからというもの、侍従が何か言いたそうにしていたのだ。
「……エドマンド様?」
珍しくうろたえているようなので、さらに背中を押す。
「許す。言ってみろ」
「……ありがとうございます。もし許されるなら、トレーニング後にでも紅茶と茶菓子などはいかがかと思った次第です」
どうしたんだろう?
普段自分から意見を言うことなどはない。愚直に職務を実行するだけだった。
ジッと侍従を見る。頭を下げる様子はいつもと変わりない。
これは、もしかしなくても気を遣ってくれているのか? お爺様と対峙した勇敢さを称えてくれているのか?
「必要ない」
「はい。出過ぎた真似をいたしました」
「今日はお爺様も夕食を?」
「はい。ご一緒される予定です」
「なら、夕食後だ」
「はい……え、エドマンド様……?」
「お前が言ったのだろう。夕食後にしろ」
呆気に取られた顔をしている。侍従失格だな。
何だか満足した。
僕は着替え終えて意気揚々と庭に出るとトレーニングを始めた。
そしてモクトスタの扱いに慣れた一時間後に、自分の失態に気付いて青ざめた。
お爺様に一矢報いたことで昂っていた。
さっきの侍従への言動は完全にミスだ。
いや、稀ではあるけど機嫌のいいエドマンドなら間違っていない行動だ。僕の中のエドマンドはあの行動を否定しない。
僕はちゃんとエドマンドを演じているし、彼の人生を生きている。
じゃあ何が違うのかと言うと、多分前の僕だったら侍従の気持ち自体に気づかなかったはずなんだ。
これが人生。
これが現実。
練習なしのぶっつけ本番。オールアドリブ。一人芝居。
人生を生きる難しさに直面した最初の瞬間だった。
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