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 レース後、観客たちに混じって表彰式を眺めた。その場では3位以下は名も無い選手に過ぎなかった。表彰台は遠く、その真ん中はあまりにも高過ぎた。

 一生は当然のように、まるでその場所は自分のためにあるかのように、堂々とそこに立っていた。そしてトロフィーを持った手を高々と空に掲げた。

 長く封印していた隼人の記憶が蘇る。

 そうだあの時、一生は何かに向かって叫んだ。なんて叫んだんだったか。もう答えはすぐそこまで来ている。

 コーチが横で誰かに囁いていた。

『今年も出るかな、あのラブコール』

 夏の太陽がトロフィーに反射して光っていた。

 そうだ、一生はこう叫んだ。

『アサ!』

 太陽の光が1本の矢のように隼人の頭の先から中央を貫いた。

 ばらばらに存在していた記憶と記憶が今、繋がる。

 少年の夏の日、あの少女と会ったのはどこでだったか。太陽が上るにつれてどこからともなく集まって来た人たち、車の中から見た横断幕。

『トライアスロン・ジュニア大会』

 白いバンダナの美少女は、その存在を露とも疑われることなく隼人の中で生き続けた。あの少女は少女であると。

たなびく白いバンダナ、あれは少女のものであったと。

 隼人は壮大に噴き出した。腹を抱えて笑いを爆発させた。激カワちゃんだけでなく他の客も驚いて隼人を遠巻きに見ている。可笑し過ぎて目に涙が滲んだ。

 人の潜在意識は全ての物事を写真で撮ったように記憶しているという。今、隼人の記憶の目が開く。

 あれはバンダナじゃない。あれはハチマキだ。そしてハチマキに書かれていた文字は、

 必勝。

 隼人は壊れたように笑い続けた。自分の愚かさを笑わずにはおられなかった。

 あの少女は少女じゃない。似ている? 

 当然だ。

 だってあれは、あの少女は、旭葵だ。

 ずっと忘れられなかった初恋の少女。自分がこんなに旭葵に惹かれるのは、旭葵があの少女に似ているからじゃないかと思ったこともある。

 旭葵に惹かれて当然だ、旭葵があの少女本人なのだから。

 最高級の歓喜と失望が同時に隼人に襲いかかる。こんなに嬉しくてこんなに絶望したのは生まれて初めてだった。まるで炎の氷を噛み砕いているような気分だった。
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