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 病室に入ると、目ざとく旭葵に気づいたお婆さんが手を振ってきた。昨日の別人だったお婆さんとは別人のいつもの旭葵のお婆さんに戻っていて、旭葵は心底ほっとする。

「全く人騒がせな婆さんだよ。せっかくのイヴが台無しになっちゃったじゃないかよ」

 嬉しくて心にも思っていない憎まれ口をたていてしまう。

「東京に行かんかったんか?」

「当たり前だろ、あんな状態の婆さん置いて行けるかよ」

「昨日は何してた?」

「一生が家に来てくれて、2人でカップ麺食べて、それから……」

「なんじゃ、いつものイヴを過ごしとるやないか」

「いや、本当は一生だって他に用事があったんだって」

 あの後、一生はしばらくして家に帰っていった。廊下で電話していた相手はたぶん激カワちゃんだ。

 老人会の人たちがクリスマスケーキを持ってお見舞いに来たので、旭葵は「また夕方来るから」と、病室を後にした。

 1階に降りると隼人に湊、それに大輝の3人が受付でお婆さんの病室番号を尋ねているところだった。

「旭葵なんだよぉ、隼人から聞いてびっくりしたよ、俺たちにもすぐに連絡しろよ、もう水臭いなぁ」

 大輝にガシッと肩を組まれ、横で湊もそうだ、そうだと言わんばかりにうなずいている。3人に老人会の人たちがお見舞いに来ていると伝えると、

「そっかぁ、じゃあ僕たちは遠慮しとこうか」

 湊が大輝と隼人に視線を送ると2人は素直に同意した。せっかくだからと町のファストフード店に寄ることになった。

 旭葵と湊は飲み物、隼人と大輝はハンバーガーとポテトのセットを注文した。

「旭葵、ポテトでもつまむ?」

 隼人がコーラーを啜る旭葵に尋ねる。

「いや、俺、腹いっぱい。朝からチャーハン山盛り食べたから」

 今朝、一生が冷蔵庫の残り物で作ってくれたのだった。旭葵が全く料理をしないことを知っている湊と大輝は少し不思議そうな顔をする。

「へぇ、旭葵って料理するんだ」

「いや、一生が作ってくれて……」

 3人は素早く目配せを交わした。

「昨日の夜から一生が来てくれてたんだ」

「夜っていつ? 俺が電話した時にはもういたのか?」

「うん、いた。7時頃かな、一生が来たの」

「一生って昨日は彼女とデートのはずだったよな」

「そうなんけど、早めに切り上げてくれたみたいで」

 隼人は目の前の食べ物には手をつけず、考え込むように腕を組んだ。それに対して大輝はハンバーガーにポテトを挟むと豪快にかぶりついた。

「やっぱり、一生は一生だね」

 アイスティーを飲む湊の口元が微笑んでいる。

「だな」

 大輝は短く返事をすると、ゴクリと口の中の物を飲み込んだ。


「今年の初詣は一生どうすんのかな。一生何かそのことについて言ってたか?」

 大輝が旭葵に尋ねる。

「いや、そういうことについては別に何も」

 そこへちょうど一生から湊に電話がかかってきた。

「一生、いいところに電話くれたよ。今、大輝たちとみんなで初詣の話してたんだけど、一生今年はどうする? 俺たちと行く? それとも彼女と? あとみんなで行くって手もあるけど……、うん、いいよ」

 湊は旭葵たちに向かって「今、彼女に聞いてみるって」と、早口に伝えた。

 みんなで行くことになったら嫌だな。

 旭葵は密かにそう思った。

 トマト鍋を食べた時のような2人を目の前で見るのはもう嫌だ。

 もしみんなで行くことになったら、何かいい言い訳を考えて行くの止めようかな。

 そんなことを考え、自分は心が狭いなと落ちる。

 この先、ずっとそうやって一生と激カワちゃんを避け続けるのか? 2人が別れても、一生はその後に他の女の子と付き合うだろう。

 将来結婚だってする。それを見るのが嫌なんて言っていたら、これから先、一生と一緒にいることなんてできない。

 それはつまり、一生の友人をやめるということだ。それが嫌なら、一生の恋愛を祝福してやれるようにならないと。

 でも……。

 飲み物の入ったコップを持つ手に力が入る。

 どっちも嫌だ。

 一生の返事待ちで、しばらく口を閉ざしていた湊の声で旭葵は弾かれる。

「え? そっか、うん、分かった。あ、いいよ全然気にしなくて。今までずっと一緒だったんだからさ、じゃあな」

 湊は電話を切るとスマホをしまった。

「初詣は彼女と行くって」

 ほっとして、0.5 秒遅れて胸の内側が濁る。

「それで旭葵、一生がさっきから旭葵に連絡してたらしいんだけど」

 見ると旭葵のスマホはバッテリー切れになっていた。

「忘れてったマフラー、今年中に取りに行きたいって」

 今朝、一生が帰った後、旭葵は台所にキャメル色のマフラーが落ちているのを見つけた。

 すぐに一生を追いかけたが、一生の姿はもう道にはなかった。家に戻って電話をしたが通話中だったので、マフラーを忘れたことを告げる短いメッセージを送っておいた。

 手の平に、今朝のマフラーの感触がまだ残っているようで旭葵はシャツで手を拭った。

 肌触りのいいマフラーが旭葵の心にチクチクした。



 


 湊たちと別れて家に帰ると、旭葵はすぐにマフラーを持って一生の家に行った。一生のお母さんが仕事でいないのは朝、病院で会ったから知っていた。

 家中に人の気配があるような気もしたし、ないような気もした。

 2階の一生の部屋の窓を見上げる。が、すぐに玄関のノブにマフラーを入れた紙袋をかけると、旭葵はその場を足速に立ち去った。

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