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終業式が終わるといつもより早く教室から生徒たちがいなくなる。
「初詣でな!」
大輝は早々と旭葵たちに別れを告げると教室を出て行った。クリスマスを一緒に過ごせない代わり、大晦日の夜から元旦の朝にかけてみんなで近所の神社に初詣に行くのが毎年の恒例だった。
「じゃあ、良いクリスマスを」
湊も軽い足取りで教室を出て行く。なんだかクリスチャンの湊が言うと本場の挨拶っぽく感じる。
「旭葵、明日ちゃんと迷わずに来れるかな。心配だよ」
さりげなく抱きついてこようとする隼人を旭葵は押しやる。最近の隼人は以前に増してスキンシップが多い。
「大丈夫だって、6時に新宿東口のアルタ前だろ」
本当は明日の24日、朝から隼人と一緒に東京に行く予定だったのが、行きは別々になった。
昨日からよもぎがひどい下痢をしていて動物病院に連れて行ったところ、今年流行っている猫風邪に感染しているらしく、明日の午前中も診察に連れて行かなければいけなくなったのだ。
「俺、ちょっと部室に寄って帰るからじゃあな」
湊や大輝と違って明日も会うというのに名残惜しそうにしている隼人に旭葵は手を振った。
チャランゴをケースに入れると、それを持って旭葵は部室を出た。
すでに校舎に人気(ひとけ)はほとんどなく、空気が3度くらい一気に下がったように感じた。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると刺すような北風が吹きつけた。今年、お婆さんが編んでくれたマフラーを鼻先までずり上げる。
まだ、渡してないけど一生とお揃いだった。毎冬、一生の首元が寒そうだと、お婆さんは旭葵だけでなく一生にもマフラーを編んでくれたのだった。
旭葵は若草色、一生は群青色だった。丁寧に2人とも刺繍で名前入りだ。
旭葵は今まで一生がマフラーをしているところを1度も見たことがない。きっと首に何かを巻くのが好きじゃないんだと思う。
そんなこともあって、渡さないと思いながらも、なかなかタイミングが掴めないでいた。
門のところで部室のカギをかけ忘れたことに気づいた。面倒だが、引き返す。
今度はしっかりとカギをかけ、再び1階に降りようとした時、下から「鈴」と声が聞こえてきて、とっさに旭葵は身を翻し階段を数段上った。
「明日のイヴは桐島先輩とラブラブデートなんでしょう。どこ行くの? つか、明日もしかして先輩に捧げちゃうのぉ?」
なんで自分はこうもタイミング悪く、いつもこんな場面に出くわしてしまうのだろう。そしてまた、知りたくないのに聞き耳を立ててしまう自分がいる。下に降りていく声を追って旭葵も音を立てないよう階段を降りる。
「明日はねぇ、アシカガの森のイルミネーションを見に行くの」
アシカガの森とはここからバスで30分ほどのところにある国営公園で、クリスマス時期は他県からの人流を狙って数年前からイルミネーションに力を入れている。
最初の年に一生と2人で見に行った。想像していたより大掛かりで、その幻想的な美しさに2人とも圧倒されたが、人混みにも圧倒され、それ以来行っていない。
あの時、一生は旭葵とはぐれないように、ずっと旭葵の手を握っていた。今年、一生の手に繋がれるのは激カワちゃんの手なのだ。
「それでそれで? イルミネーションの後は?」
「先輩がその気なら、私はいつでも心の準備はできてるよ」
つんざくような奇声に思わず旭葵は耳を塞いだ。
「だよね、だよね、だよね~。初めての相手が桐島先輩だなんてこの幸せ者めが、このっ、このっ」
激カワちゃんの友人が激カワちゃんを突いている姿が目に浮かぶ。
「あ! 桐島先輩!」
「鈴」
一生の声が階段をまた1段降りようとしていた旭葵の足をすくませた。
激カワちゃんの友人と一生の簡単な挨拶。2人が友人に別れを告げ、連れ立って帰って行くのを聞きながら、旭葵はそのまま階段に座り込んだ。
明日の2人の予定を知ってしまうと想像はよりリアルになる。
予定以外にも分かったことがあった。まだ2人は一線を越えてない。
けど、それももう時間の問題だ。イヴの夜、一生の家には誰もいない。一生の家に何度も行ったことのある激カワちゃん。ロマンチックなイヴのデートの最後、何もないわけがない。
「やっぱ明日、隼人の誘いに乗って正解だったな」
吐いた言葉が階段を転がっていった。旭葵は両膝に力なく顔をうずめた。
立ち上がろうにも立ち上がれなかった。旭葵を律していたものが、波にさらわれる砂の城のように脆く崩れて去っていく。
誰でもいい、誰か壊れた自分の輪郭をもう1度形作って、ここから立ち上がらせてくれ。
誰でもいい、誰でもいいんだ。
ただ1人、一生以外だったら。
「初詣でな!」
大輝は早々と旭葵たちに別れを告げると教室を出て行った。クリスマスを一緒に過ごせない代わり、大晦日の夜から元旦の朝にかけてみんなで近所の神社に初詣に行くのが毎年の恒例だった。
「じゃあ、良いクリスマスを」
湊も軽い足取りで教室を出て行く。なんだかクリスチャンの湊が言うと本場の挨拶っぽく感じる。
「旭葵、明日ちゃんと迷わずに来れるかな。心配だよ」
さりげなく抱きついてこようとする隼人を旭葵は押しやる。最近の隼人は以前に増してスキンシップが多い。
「大丈夫だって、6時に新宿東口のアルタ前だろ」
本当は明日の24日、朝から隼人と一緒に東京に行く予定だったのが、行きは別々になった。
昨日からよもぎがひどい下痢をしていて動物病院に連れて行ったところ、今年流行っている猫風邪に感染しているらしく、明日の午前中も診察に連れて行かなければいけなくなったのだ。
「俺、ちょっと部室に寄って帰るからじゃあな」
湊や大輝と違って明日も会うというのに名残惜しそうにしている隼人に旭葵は手を振った。
チャランゴをケースに入れると、それを持って旭葵は部室を出た。
すでに校舎に人気(ひとけ)はほとんどなく、空気が3度くらい一気に下がったように感じた。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると刺すような北風が吹きつけた。今年、お婆さんが編んでくれたマフラーを鼻先までずり上げる。
まだ、渡してないけど一生とお揃いだった。毎冬、一生の首元が寒そうだと、お婆さんは旭葵だけでなく一生にもマフラーを編んでくれたのだった。
旭葵は若草色、一生は群青色だった。丁寧に2人とも刺繍で名前入りだ。
旭葵は今まで一生がマフラーをしているところを1度も見たことがない。きっと首に何かを巻くのが好きじゃないんだと思う。
そんなこともあって、渡さないと思いながらも、なかなかタイミングが掴めないでいた。
門のところで部室のカギをかけ忘れたことに気づいた。面倒だが、引き返す。
今度はしっかりとカギをかけ、再び1階に降りようとした時、下から「鈴」と声が聞こえてきて、とっさに旭葵は身を翻し階段を数段上った。
「明日のイヴは桐島先輩とラブラブデートなんでしょう。どこ行くの? つか、明日もしかして先輩に捧げちゃうのぉ?」
なんで自分はこうもタイミング悪く、いつもこんな場面に出くわしてしまうのだろう。そしてまた、知りたくないのに聞き耳を立ててしまう自分がいる。下に降りていく声を追って旭葵も音を立てないよう階段を降りる。
「明日はねぇ、アシカガの森のイルミネーションを見に行くの」
アシカガの森とはここからバスで30分ほどのところにある国営公園で、クリスマス時期は他県からの人流を狙って数年前からイルミネーションに力を入れている。
最初の年に一生と2人で見に行った。想像していたより大掛かりで、その幻想的な美しさに2人とも圧倒されたが、人混みにも圧倒され、それ以来行っていない。
あの時、一生は旭葵とはぐれないように、ずっと旭葵の手を握っていた。今年、一生の手に繋がれるのは激カワちゃんの手なのだ。
「それでそれで? イルミネーションの後は?」
「先輩がその気なら、私はいつでも心の準備はできてるよ」
つんざくような奇声に思わず旭葵は耳を塞いだ。
「だよね、だよね、だよね~。初めての相手が桐島先輩だなんてこの幸せ者めが、このっ、このっ」
激カワちゃんの友人が激カワちゃんを突いている姿が目に浮かぶ。
「あ! 桐島先輩!」
「鈴」
一生の声が階段をまた1段降りようとしていた旭葵の足をすくませた。
激カワちゃんの友人と一生の簡単な挨拶。2人が友人に別れを告げ、連れ立って帰って行くのを聞きながら、旭葵はそのまま階段に座り込んだ。
明日の2人の予定を知ってしまうと想像はよりリアルになる。
予定以外にも分かったことがあった。まだ2人は一線を越えてない。
けど、それももう時間の問題だ。イヴの夜、一生の家には誰もいない。一生の家に何度も行ったことのある激カワちゃん。ロマンチックなイヴのデートの最後、何もないわけがない。
「やっぱ明日、隼人の誘いに乗って正解だったな」
吐いた言葉が階段を転がっていった。旭葵は両膝に力なく顔をうずめた。
立ち上がろうにも立ち上がれなかった。旭葵を律していたものが、波にさらわれる砂の城のように脆く崩れて去っていく。
誰でもいい、誰か壊れた自分の輪郭をもう1度形作って、ここから立ち上がらせてくれ。
誰でもいい、誰でもいいんだ。
ただ1人、一生以外だったら。
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