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 それから事故の詳細やどんな検査をしただとか、どれくらい入院するのかとか、そんな話をして時間を過ごす。

「あれ~、おっかしいなあ」

 鞄の中に手を突っ込んだ湊がつぶやいた。

「妹から預かったやつ持って来たはずなんだけどなぁ。ごめん、学校に忘れちゃったみたいだ」

 大輝が「なになに?」と興味を示す。

「文化祭で旭葵の演奏を撮影したやつ、フルバージョンで」

 今度は隼人も反応した。

「え、マジ? それ俺も欲しい。ポンチョ姿の旭葵、めっちゃ可愛かった。な、一生、俺ももらっていいだろ」

「……」

 一生は再び顔を曇らせた。

「あ、ダメ?」

「いや……」

 一生は口ごもる。

「変なことには使わないからさ」

 大輝が「なんだよその変なことって、旭葵が聞いたらまたぶん殴られるぞ」と、速攻横槍を入れ、湊は苦笑いを浮かべる。

「それなんだけど……」

 一生は困った顔をしてポリポリと頭をかいた。

「旭葵って誰?」

 湊、大輝、隼人の3人は同時に停止した。瞬きをするのも忘れたように一生を凝視したまま動かない。凍りついた3人を前に一生はしどろもどろになる。

「ええっ……と、俺の知り……合い……とか?」

「おいおいおい、一生、俺たちをからかってんのか」

「大輝」

 湊は静かに、でもピシャリと大輝を制した。

「一生、旭葵が誰か分からないのか?」

 湊の真剣な眼差しは、一生のちょっとした表情の変化をも見逃すまいとしているようだった。

 一生は応える代わりに、首を傾げるようにうなずいた。

「マジかよ……」

 隼人が天井を仰ぎ、ため息のような息を吐く。

「俺、そいつと仲が良かったのか?」

 一生の問いに3人はなんとも言えない泣きそうな顔をした。

「仲が良いもなにも……」

 そこで言葉を失ってしまった大輝の後を湊が引き継ぐ。

「旭葵は僕や大輝と同じように一生の幼なじみで、そしてそれだけじゃない、旭葵は一生の親友だよ」

「親友……」

 一生は湊の言葉を繰り返した。長い沈黙が横たわる。

「あ、旭葵の写真見たら思い出せるんじゃね?」

 大輝はスマホで旭葵の写真を探し始めた。湊も自分のスマホを取り出した。

「俺のはこの前旭葵に全部消されちゃったんだよな。文化祭の旭葵も何もかも」

 隼人は一旦は取り出したスマホをポケットに戻した。

「こうやってみると意外と写真ってないもんだな。特に旭葵は写真に撮られるのを嫌うからな。湊、そっちあるか?」

 大輝はスマホから顔を上げた。

「これ新しいスマホでさ、写真のデータ移行に失敗したんだよ。旭葵の写真は何枚かあったんだけど、新しいのになってからは……」

 湊は諦めたようにスマホを持った手を膝に落とした。

「ない……」

「つか、一生のスマホに旭葵の写真やらメッセージのやり取りやらいろいろあるだろ」

 隼人がパチンと指を鳴らせ、大輝と湊も一生に注目する。

「それが……」

 一生のスマホは事故で一生共々吹っ飛ばされ、未だに見つかっていないとのことだった。

 再びその場が沈黙に支配されそうになる。

「まあまあまあ、写真なんかより本人に会うのが一番だし、その前に思い出すだろ。だって俺や湊、ましてや夏前に転校してきた隼人のことまで覚えてて、一生が旭葵を忘れるはずないだろ。それより病院食って美味い? どんなのが出んの?」

 大輝はその場を取り繕うように、わざと明るい声を出し、話題を変えた。大輝なりに気を使ったのだろう。

 それから面会時間が許されている時間まで3人は旭葵の話題が出ないよう細心の注意を払いながら過ごした。

「じゃ、明後日学校でな」

 ベッドの一生に3人は手を振り病室を出る。エレベーターホールまでの廊下を3人は無言で歩いた。

「大輝君に湊君、それに隼人君」

 一生のお母さんがナースステーションから出てきた。

「一生のお母さん、一生が旭葵のことを……」

 湊がすがるような声を出した。

「やっぱりダメだったのね」

 一生のお母さんは失望を隠そうとしたが上手くいかず、困ったような笑顔を浮かべた。

「そうなの、一生は旭葵君の記憶だけがないみたいなの。大輝君や湊君と会って話しても思い出せなかったのね……」

「誰か1人だけのことを忘れるなんて、そんなことあるんですか?」

 訊いたのは隼人だった。

「現代医学でも分からないことはまだまだたくさんあるのよ。心理的なものが関係している可能性もあるし。ねぇ、一生って最近、旭葵君と喧嘩でもしてたのかしら」

 3人は顔を見合わせた。

「喧嘩っていう喧嘩はしてなかったとは思いますけど……。ただ、今日、旭葵が僕たちと一緒にお見舞いに来なかったのはちょっと変かなと」

 湊は大輝と隼人に意見を求めるように視線を送る。

「うん、俺もそれ絶対おかしいと思った」

 大輝が大きくうなずく。隼人は腕組みをして何か考えているようだった。

「それがね……」

 一生のお母さんは何か言おうとして口を閉じた。

「やっぱりいいわ。これは旭葵君に直接伝えた方がいいと思うから。それに検査ではどこにも異常がないの。たぶん一時的なものだと思うから、あまり周りも深刻にならない方がかえって一生にはいいかも知れない。もしかすると明日の朝には思い出してるなんてこともありえるしね」

 さっき大輝が言ったことと似たような希望的推測だったが、看護師のお母さんが言うとなんだか信憑性がある。

 3人は一生のお母さんに別れを告げるとエレベーターに乗り込んだ。ガタンと大きく振動して点滅する数字が落ちていく。

「なぁ、旭葵になんて言う?」

 大輝は顎を上げ、目で数字を追いながら呟いた。

「それだよなぁ」

 それだけ言うと隼人は黙った。

 結局3人は答えを見つけられないまま、その日は別れた。

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