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三章 最強のパートナー

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「あ~、ごめ~ん。待った?」
「ううん、平気平気。じゃあ今度は昨日の古文のとこ教えてくれない?」
「うん」
 この日の昼ももちろん勉強会。私と萌花はお弁当を食べながらひと時の雑談を楽しんだ後、宇治拾遺物語の世界に浸っていた。一人ではよくわからなかった古文の物語も、彼女と一緒ならまるでそこら辺のラノベを読んでいるかのように楽しむことができた。意気揚々の私たちだったが、効きなれたあの声が私たちを呼び止めた。

「お~い、百合絵~」
「あっ、寒川さん」
「あ~も~。何なのよ今度は?」
 出たよ観察魔、寒川琴乃。中休みに続いて昼休みまで……。今日は非常にタイミングが悪い。今度は何用なのだ?

「何?」
「いや、五時間目体育だからさっさと切り上げた方がいいんじゃないかと思って」
「あっそ、分かってるわよそんなこと。……で、他には」
「う~ん、ないな。じゃっ」
 そう言い残して、体操着袋を背中に背負った琴乃は教室を後にした。

「まったく……」
「西谷さん、次体育なんでしょ? そろそろ切り上げましょうよ」
「え~っ……まっ、仕方ないか……。ごめんね」
 私たちは急いで荷物をまとめ、席を立った。とっさに萌花は意外なことを口にした。
「ねえ西谷さん、今度は寒川さんも勉強会に入れてあげない?」
「えっ? なんで? いいよいいよ、琴姉なんて。どんだけ成績いいと思ってんのよ。ますます差が開いちゃうわ。それに、この前も集中したいから勉強中は一人にさせてくれとか言ってたし」
「そう……」
「も~っ、そんな考え込まないの。元気出して、ねっ。じゃっ、また放課後」
「うん、またね」
 本当に萌花は優しい子だ。あんなやつのことなんかどうでもいいのに。浮かない顔をした萌花の両肩に手を添えて励ますと、体操着袋を抱え込み急いで教室を後にした。


 シュパッ!
「それっ!」

「西谷さん!」
 スカッ!
「あ~あ」

 体育の時間。私はラケットを振り、シャトルをとらえようと必死になっていた。C組と合同の三年選択体育。集団プレーが面倒だった私は自分のペースで気楽に楽しめそうなバトミントンを選んだものの、その期待は見事に打ち砕かれていた。まあ、バレーやバスケのような多人数のチームプレイがあるわけではないのでまだいいのだけれど……、相手が悪かった。

「ちょっと! なんで今の打ち返せないのよ!」
「だって……」
「言い訳無用! 少しは練習しなさいよ! ったく」
 ダブルスでの試合中、私はまた早矢香に怒られていた。彼女の名は溝口早矢香。私のB組の中でも一位二位を争うほど運動神経抜群の女子だ。今日も私は彼女の足を引っ張り、激高させてしまったのだった。それでも彼女と二人だけならまだよしとしよう。だけどギャラリーも最悪だった。

「あらっ、今日も怒られちゃってる」
「しょうがないよ。西谷さんだもん」
 遠巻きに聞こえてくる私への陰口。しかも、何度も聞いたあの嫌味ったらしい声で。ネットの向こう側からは、ホームルーム委員の辰巳由美とその友達の柳瀬愛華がおしゃべりをしながら、時折冷たい視線をこちらへ飛ばしていた。

 なんで、よりによってあいつらが。あ~マジで最悪。

「チーム対抗戦ではこんなへましないように……って、人の話聞いてる⁉」
「あっ! は……はい」

 嫌すぎて上の空だった私に早矢香の鋭い声が突き刺さる。運動音痴なのは仕方ないとか、運動会でもないのにそんなにムキになるなとか、それだけ文句言うなら手取り足取り指導してくれとか、私なりにもいろいろ言いたいことはあったのだが、そのようなことは一切言わせないような威圧感が漂っていた。

 ああ……ほんと、誰か助けて~。

 琴乃は創作ダンスを選択しているのでここにはいない。そして、萌花はもちろん、真妃や綾子もクラスが違うのでいるはずがなかった。

「ほら、由美たちももっとスマッシュ効かせられるわよ。打ち返す目標を意識して。さっ再開するわよ」
「は~い」
 早矢香の掛け声で辰巳たちは定位置についた。やや疲れているように見えたのだけど文句の一つも言わずに。
 どんなに成績優秀でクラスの長であるホームルーム委員でさえこんなにすんなり言うことを聞かせてしまうとは、さすが早矢香の姉貴分な性格は伊達ではないことを改めて実感した。
「あ、あのさ、早矢香って……」
「どうでもいいけど、あたいの足引っ張るのだけはやめてよね」
「……」

 シュパンッ!
 軽快な音を立て、シャトルが宙を舞う。彼女の目はもはやその一点だけをとらえていた。

 謎の虚無感にとらわれた私は、ただ彼女のサーブを見ては立ちすくむことしかできなかった。


「萌ちゃ~ん」
「西谷さ~ん」
「……んんっ」
「……はあっ。今日もお疲れ様」
 至福の時。今日も六時間分の苦行と孤独を乗り越え、私は萌花の胸の中にいた。ふくよかな胸にこの上なくもちもちした感触、そして何とも言えないフレグランスの甘い香りに包まれながら、私は癒しの世界へと旅立っていた。

「はぁ~っ。で、今日はどうする。予備校あるんだっけ?」何とか現実世界へ帰ってこれた私は問いかけた。
「ううん、ないよ。あっ、今日はあそこ行かない? この前食べ損ねちゃったケーキ屋さん。あたしどうしてもあの期間限定のフルーツロールケーキが気になっちゃって」
「あ、いいねいいね! 行こうよ!」

 今日も私は萌花とデート。部活動がほとんどなくなってしまった今、真妃たちとは会う機会が減ってしまっていた。しかも真妃も真妃で休み時間や帰りの時は彼氏の秦野と行動を共にしていることが多く、私が真妃のクラス――D組へ会いに行っても彼女と運よく会えることはほどんどなかった。

 ということもあって、私は毎日毎日萌花に依存しっぱなしの生活を送っていたのだったが、時折隙を突かれることもあった。

「よっ、今日は七秒だ。相変わらず濃厚だこと」
「あっ! 何なのよ突然」

 お馴染みの観察魔、琴乃の登場だ。今日もまたいつもの手帳を片手にニヤニヤしながら私たちの方を見ていた。

「あっ、寒川さん」
「ねえねえ萌ちゃん、琴姉ったら酷いんだよ~、また私たちの邪魔して……。さっきだってああやって私たちが抱き合った時間カウントしてるんだからね」
「あらっ! まああっ!」
 萌花の丸っこいたれ目はさらに丸くなり、頬が紅潮していく。やはり恥ずかしがっているようだった。
「う~ん……」
「ねっ、最低でしょ。だからもう琴姉なんて構わなくても……」
「あっ、も……もしかして、寒川さんも……」
 萌花は恥ずかしがりながらもそう言うと、琴乃に向かって両手を広げ、まるで誘っているようだった。彼女のふくよかな胸がプルンと揺れ動く。

「えっ!?」
「……」

「もう、萌ちゃん変に……いや、恥ずかしがっちゃうから、琴姉も変な絡み方しないでくれない」
 萌花から少し離れ、私は無表情の琴乃に注意した。
「悪い悪い。今度からはほどほどにしておくわ」
 少々冷や汗をかいたような琴乃はそう言うと、窓の外を眺めた。
「まあでも、今のうちだしな……見れるときには見ておきたかったんだが」
「ちょっと! 見世物じゃないんだからね! 観察とか言っていちいちメモするのももうやめてくれない!」
 琴乃の言葉に憤った私は声を荒げた。思った通り、普段は応援しているとかなんとか言ってるけど、本心ではただ楽しむための見世物として見ていたようだ。今の彼女の言葉ではっきりした。本当にひどい琴乃だ。
「……まあいい、わかった。もう百合絵たちの観察はやめにするわ、もう十分データは取れたし……不快な思いにさせちゃってごめんな」
「そうよ、それでいいのよ。わかればよろしい」

 気が済んだ私は、早速普段通りのテンションに戻った。
「あっ、で、どう、一緒に帰る?」
「いや、結構。どうせ今日もどっか食い物屋行くんだろ? せいぜい二人だけの時間を楽しんで来い。それになぜだか知らないが少しだけ寒気もするしな……。まっ、私は先に帰るとするわ」
「ふ~ん……、わかった。じゃあね~」
 彼女を見送った私は萌花の方へ再び視線を送った。
「ごめんね~」
「あっ、寒川さん帰っちゃうんだ」
「うん、何か体調悪いんだって」
「えっ!大丈夫なの? ちょっとあたしが見てあげてもよかったのに……」
「あっ、大丈夫大丈夫。琴姉勉強のし過ぎで寝不足で疲れちゃってるのよ、どうせ明日にはコロッと治ってるって。さっ、早く行こっ。ロールケーキ、私も食べたいな~っ」
「う、うん」

 平気平気、琴姉にそんな心配ご無用。……というかそんなことしたら余計体調崩しちゃうかもねー。
 体調不良の原因が萌花にあるかもしれないなんてとても言えるはずがなかった。慌てて私は放課後の話題に話を戻し、彼女の手を取って昇降口へと向かった。
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