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九章 私はいったい……

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 パラリンピックが始まった。ついこの間も都心の空を突き進む雄姿を撮影しようとしていた父はまたもや都心に向けて車を走らせては写真を撮りに行き、それを執拗に見せてきた。前回よりはまあまあクオリティーが上がってはいたもののやはりテレビ中継で見るそれとは程遠い出来栄えだった。さすがに面と向かってそんなことは到底言えるはずもなく、「まあまあね」とか言って適当にやり過ごしていたが、それでも父は納得がいかないようだった。私に会った瞬間すきを狙っては自分が撮ったブルーインパルスの写真を取り出し「ほら百合絵、これなんかどうだ?」「こっちはよく撮れてるだろ?」とかしつこく訊いてくるのだった。本当にウザったい以外の感想が全くと言っていいほど湧かなかった。
 そしてそんなくだらないやり取りを続けること一週間、気づけば学校の夏期進学講座もこの日最終日を迎えていた。予備校の夏期講習の方はあと数日残ってはいたもののこれが終われば少しは肩の荷が下りる。そんなことを考え安心しきっていた私はこの日は少しだけ真面目に学校の机に向かっていた。
 とはいうもののこの時間は数日前に実施した化学の確認テストの答案返却と解説、それほど緊張して受けるようなものでもなかった。本当はテスト本番のときにその意気込みを持つべきだったと思うところはあったけど、すでに後の祭りだった。

「西谷ーっ」
「はいっ」

 先生に呼ばれ答案用紙を受け取りに行く。それを見た瞬間、自分の中で少しだけだけど何かがこみあげてくるのを感じた。

 やったーっ。

 私にしては上出来の八十五点。こんな点数の答案は得意な物理でも見たことがなかった。いつもいつも点数を見ては絶望していた私は、どこか遠くのかなたに消えてしまっていた。喜びを隠せないまま席へ向かうと私はそのまま座り込み舞い戻ってきた幸運の答案用紙をやさしくなでた。

「おっ? よかったのか?」後ろから秦野が小さく呼びかけた。
「えへへっ、まあね~」
 さっと後ろを向いてにっこりと返した。こんな私が点数自慢だなんてめったにできないことだろう。今のうちに思う存分楽しんじゃおう。

「ほほっ? すごいじゃねーか」
「えへへっ。これまでの高校生活の最高記録よ、秦野くんは?」
「トホホッ、全然ダメだ。西谷の足元にも及ばねーぜ」

 そう言いながら乱雑に答案用紙を放り投げた秦野。右上には赤文字で六十二と書かれていた。

「ま~、でもただの確認テストなんだし、本番までにどうにかすればいいんじゃない。あっ、そうだ。まずはそれ、読む本から変えてみるっていうのはどう?」
 秦野の机に置いてある『鉄道ピクトリアル』とか書いてある本を指さして私は得意げに言った。

「まずは習慣づけが大切よ。鉄道の本じゃなくて英語の単語帳とかそういうの読んでみたら?」

 昔の自分が聞いたら「おい、おまえ! それブーメラン直撃だろ!」とか言われてしまうような恥ずかしくなるようなことを口走ってしまった。しかし今の私は違っていた。良くも悪くもこの勉強漬けの夏休みのおかげで、教科書や問題集などの勉強関連の本を開くことに対する苦手意識が少し消え去っていたのである。そんな私は今や、電車での移動中などの隙間時間には英語の単語帳を開いたり、スマートフォンで学習アプリを攻略していたりしていた。よくもここまで意識改革ができたなと恥ずかしながら私自身を尊敬してしまうほどだった。

「ニヒッ、ありがとよ西谷。でも俺にとってはなー、こいつは命の次に大切なもんなんだぜ。鉄道なんてもんは常日頃進化し続ける。だから俺様の鉄道の知識は常日頃から最新の情報にアップグレードする必要があるんだ。受験なんてもんは二の次だ。悪いがこれだけは譲れね~ぜ」
「あっ、そうなの。んー……、なら別にいいけど」
「ニヒヒッ、悪く思うなよ。けどな西谷、今の言葉には感謝してるからな。いつかは絶対恩返しして差し上げるぜい!」
「あーはいはい、じゃっ、期待して待ってるわよっ」
 
 すっかり調子に乗ってしまった私は、不覚にも後ろの席の秦野と話し込んでしまったのだった。


「西谷」
「はい」

 この時間もまた答案用紙を受け取りに行く。今度は国語の古文だ、このままの調子で次の答案もと思ってはいたものの、やはり現実は甘くはなかった。先ほど八十五点をたたき出した化学とは裏腹に今度は五十六点。数週間にわたって講座で教わってきたのにもかかわらずこんな点数。やっぱり国語はいつまでたっても今一つ。しかも現代文ならまだわかるけど、古文とか漢文とかの類は本当に意味不明だった。

 まあいいや、さっきの化学があるし。こんな教科捨て捨て。

 進学講座の全授業を終えた今となっても、今回の古文のように今一つなままの教科はたくさんあった。漢文とか英語とか、やっぱり現代日本語以外の言語処理は私にとって無理難題だということをつくづく気づかされた日々となった。だけどその一方で順調に好成績をとることができた教科もあった。元々得意な方だった物理化学は当然のことながら、当初はちんぷんかんぷんな分野が多かった数学もまあまあの伸びを記録することができた。
 何か忘れている教科があるような……、まあそんなことを考えるのは体に悪い。なかったことにしておこう。

 あーっ! ひひひっ~、また落ち込んでやんの。こっちは化学はバッチリだったもんねーっ!
 右斜め前のとある女子を見ながら、また私は腹の中で笑っていた。

 あーあ、昨日に引き続き今日まで。ははは、また頭掻いてやんの。

 ただ、この夏季進学講座の最後の最後に私は一つだけ大発見をしたのであった。早矢香だった。そう、私たちB組の中で一二を争う運動神経の持ち主の溝口早矢香。体育の時間や体育祭では神々しいスーパースターのように見えたあの彼女がなんと、私や秦野が夏休み中さんざん勉強していたこの教室にいたのである。もう少し早く気づいていれば……。

 ということは彼女も……理系の物理化学選択で……(以下略)。

 右斜め前へ視線を飛ばし続ける。頬杖をついて机の上の答案用紙を眺めて呆然としていたかと思いきや、それをくしゃくしゃと雑に小さくたたみこみながら頭を搔きむしる早矢香。

 へぇ~っ。早矢香って案外、私よりバカなのかもね~。

 あれほどまでに輝いていた彼女の意外な弱点について判明したということもあって、私は何かと満足したような気分を味わっていた。
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