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二十七章 ああっ!

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「おはよっ! ちょっとうちのクラスに来ない?」
「えっ、いいの?」

 この日も学校が始まった。かったるい授業に面倒くさい勉強や課題の数々。そんないくつもの苦行が今日も私を襲い掛かってくる。だけどそんなことは今の私にとってはもうどうでもよかった。そばにいてくれる。それだけで私はとても幸せだった。嬉しい気持ちを抑えながらやさしく手をつなぎ、私たちは2-Bのプレートが付いたの新しい教室へと向かった。

「あーあ、おまえまたボッチかー。やっぱ性格がなー……」
「うるせーこの野郎! てめえみたいなキモヲタに言われる筋合いねーんだよ!」
「おー、怖い怖い。これだからアンチ小田急は……」
「関係ねーだろ! このクソが!」

 琴乃の怒鳴り声だ。今日も激しくバトルしている。やっぱり琴乃と秦野は何かと縁があるのかもしれない。隣同士の席で口ゲンカする二人を窓越しに眺めながら、そんなことを考えていた。
「あっ、ここね、B組」
「うん!」
 そして私は、勢いよくドアを開けた。

「おはようー!」
「お、お邪魔します……」

 その瞬間、一瞬だけ時が止まったような気がしたけど、すぐにまたいつものB組に戻った。
「おはよー、あっ……」
「なーんだ西谷か……、ん?」
「えっ、お友達?」
「あーっ! 久しぶりーっ!」
 あちこちで聞こえてくるクラスメイト達のざわめき。普段よりもみんなの反応が少しだけいいみたいだけど……、まあ、だいだいいつも通りの朝が始まった。

「だからよー! てめーはいつもいつもうるせぇんだよ! 何でいちいち絡んでくるかねー⁉」
「おはよっ、琴姉ー。今日も元気ねぇ~」
「おうっ、百合絵か、ちょうどいいとこに来た。ちょっとこのクソ野郎を…………。うっ!」
「えっ?」
「………お、おまえ……、そ、そいつは……、どういうことだ……」
「えっ? ちょっとー、そんな言い方ないでしょ、萌花ちゃんよ。琴姉だって知ってるでしょ」
「なっ! だ……、だからなぜ……おまえ一緒に手なんか……」
「えっ、決まってるじゃない。だって私の『彼女』だもん。ねー」
「えっ! う、うん……。あっ……、さ……、寒川さんっ! この前はしつこいなんて言っちゃってごめんなさい。ま、まさか西谷さんのお友達だとは思わなくて……あんな失礼なこと……」
「気にしない気にしない、琴姉優しいから。そんなこと気にしてないって」私は嬉しさのあまり笑顔が絶えなかったけど、隣の萌花はもじもじしているみたいだ。まだ少し恥ずかしがっているのかもしれない。まあ、そのうち慣れてくれるるでしょ。
「あ……、百合……」
「ということで琴姉、萌花ちゃんのこと、よろしくね」目を丸くしてガクガク震える琴乃をよそに、私たち二人は笑顔を交わした。
「おーい、ボッチでアンチの寒川さーん、どうしたんですかー?」青ざめた琴乃の顔の前に手をチラチラさせながら、秦野はにやけ顔でからかっていた。
「こらっ、秦野! ボッチだなんて、琴姉にそんなこと言っちゃダメでしょ!」
「はははーっ、そりゃそうだなー、悪い悪い」
 もう! 秦野ったら……。それにしても琴姉……、本当にどうしたんだろう。
 さっきまであれほど威勢よく怒鳴り狂っていたというのに……。まるで死人のように無表情で固まってしまった琴乃を前に、私は困惑するばかりだった。
「ま……まさか……、そこまで……」

 ガラガラッ!
「おーい、おはよーっ」
「ん? あっ! 真妃ちゃん!」

琴乃が何か呟いたような気がしたその時、教室の入り口に真妃が立っていた。まさか、ウチらの教室まで来てくれるなんて。
 真妃とはまた別々のクラスになってしまった。しかもこれまでも休み時間に互いの教室まで行き来することなどほとんどなかった。また家庭科部でしか会えないのだろう。そう思っていた私は突然の真妃の訪問に驚き、嬉しがらずにはいられなかった。
「真妃ちゃ~ん!」
 嬉しさのあまり駆け出してしまう。手を広げ、私は真妃のもとへ……。

「あっ……、百合ちゃんおはよっ」
 スカッ!

「……! えっ⁉」

 真妃は軽く挨拶をすると私の横を駆け抜けていった。思いきり抱き締めようとした腕は空振りし、自分のスカスカな胸へと戻ってきた。
「あっ……、なっ⁉」
「宏ちゃ~ん。会いたかったよ~っ!」
「おう! 俺もだぜ! 相変わらず元気そうだな~、ははははーっ」
 声の主に驚いた私はすかさず後ろを振り向いた。
「えっ‼ ななっ⁉」
 異様な光景に私は一瞬、現実を理解することができなくなってしまった。なんと、真妃があの秦野とにこにこしながらおしゃべりしているではないか。
「も~、宏ちゃんって面白いのね」
「はははっ、ありがとよ~。けどな~、真妃ちゃんの黄金くるくるヘアーには及ばないぜ」
「んもぉ~っ、うふふふふ……」
「はぁっ⁉ ええーっ⁉」
 な、なぜ真妃が……、しかもあの鉄ヲタの秦野と……。互いに触れ合いながら時折無邪気な笑顔を見せる二人、私は開いた口がふさがらなかった。
「ま……、ま、ま、ま、ま、真妃ちゃん⁉ いったいどうしちゃった……」
「え~っ、百合ちゃんこそどうしたの~? うちは普通よ~」
「えっ! 真妃ちゃん、普通って……、そ、そんなわけ……」
「はははっ、悪いな西谷ー。俺たち実は、付き合ってんだぜー。まあまだ二ヶ月ちょっとだけどなー」
「ちょっとぉ~、そんな大声で言わないでよ~、も~っ」
「はは~っ、膨れちゃって……。でも、真妃ちゃんはこれがかわいいんだよ~。なっ!」
「きゃっ!」
「あがっ! な……」私はお芝居でも見ているのだろうか。あんなに鉄道一筋だった秦野が女子のことをかわいいとか言いながらほっぺたツンツンしている……。しかもその相手が私の大親友、ドジっ子食いしん坊の真妃。もう何が起こっているのかがわからない。

「ちょっと西谷さん!」
「あっ! あーごめんごめん……」隣の萌花からの声で我に返った。
「も~、西谷さん、どうしちゃったの? ……もしかして、あたしのこと嫌いになっちゃったの⁉」
「えっ! そ、そんなわけないじゃーん。真妃ちゃんは同じ部活の友達。……心配しないで、萌花ちゃんはかけがえのない彼女なんだから」
「ほんとに?」
「うん! もちろんよ!」
「わぁ~っ! ありがとう!」
「うん!」
 目の前の萌花は私の手を握りしめて目をウルウルさせていた。
「ああ、かわいい……。そして、この何とも言えないもちもち感……」
 そう、私にだって彼女がいるんだ。真妃や秦野にだって彼氏や彼女くらいいても当然じゃない。きっと二人も大人の階段を上り始めたのだろう。
「ねえ、ちなみに……、どっちから?」
 平常心を取り戻した私は興味本位で真妃たちに問いかけた。
「えっ……、百合ちゃん……」
「はは~っ、同時だよ同時。なんかもう気づいたら好きになってたっつーか……。まっ、俺たちもともとそういう運命なんだよ。なっ!」
「もぉ~っ、何言ってるのよ~。恥ずかしいじゃ~ん」
「ふぅ~ん……、そうなんだ~」
 気づいたら好きになってた、か……。恋愛マンガのような面白い告白エピソードを期待していたのだけど、まあしょうがないか。それにしても、真妃もとうとう彼氏持ちになってしまった。そういえば昔、彼氏ほしいけど私には無理~、とか言ってたっけ……。そうだ。真妃もとうとう願いがかなったんだ。真妃は私の大切な友達。友達の願いがかなったんだから、素直に喜んであげなくちゃ。
 心に決めた私は両手で真妃の手を握りしめた。
「おめでとう! 真妃ちゃん! やっと念願の彼氏ゲットできたじゃん!」
「百合ちゃん……。うん! ありがとう、百合ちゃん!」
 真妃は幸せそうに言うと、再び秦野の方を向いておしゃべりを始めた。真妃が彼氏持ちになったのは同じ家庭科部員、そしてドジっ子友達として正直嬉しかった。けれどもなぜだろうか、少しだけ寂しさもあった。今までの私と仲良しの真妃はもうどこかへ行ってしまった。秦野にべったりの真妃の後ろ姿を見て、私はそんな気がしてならなかった。
「西谷さん!」
「えっ、あ、あーごめんごめん……」
「もう! 西谷さんったら……何考えてたのかしら?」
「あ……、う、ううん、何でもない」
「ふ~ん……、もうっ!」
 右手に感じるもちもちとした感触とぬくもり……。やばいやばい、また余計な心配かけさせちゃった。

 私には、萌花がいるんだ!

 慌ててその手に力を入れた。
「あっ、ねえ? 寒川さん大丈夫?」
「ん……? あっ!」すっかり忘れていた。琴乃は自分の席で顔を伏せ、突っ伏したまま姿勢のまま微動だにしなかった。
「ちょっと~、琴姉~、もうすぐ一時間目始まっちゃうよ~」
 肩や背中をゆすってみた。けど、やっぱり微動だにしなかった。
 もしかして、死んでる? いや、さすがにそれはないか……。
「琴姉……」
「寒川さん、きっと勉強のし過ぎで疲れてんのよ。そっとしといてあげましょうよ。……あっ! もうこんな時間! 西谷さん、一時間目って確か……」
「世界史?」
「そう! あっ、移動教室だわっ! 西谷さん、早く行きましょ!」
「う、うん!」
 互いに確認しあうように指をさし見つめあった私と萌花は、急いで持ち物をそろえると、二人一緒に教室を飛び出した。


 こうして、私の新しい高校二年生の学校生活は幕を開けたのだった。

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