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第4章 魔導都市レーヴァテイン

一人で頑張るしかないようです

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「凄い⋯⋯」

 私はあてがわれた部屋の装飾に触れると、その精巧さに驚いた。
 よく日差しが差し込むこの部屋は、ゴフルが気に入った女性に与える部屋だと執事が話してくれた。
 ただ、大抵の女性はゴフルの魔法によって自らの意思を封じ込められるため、ほとんど操り人形のようなものなのだが。

 私は先程目にしたゴフルの事を思い出してゾワッと悪寒がこみ上げてきた。
 これでも、見た目で判断しないつもりだけど。
 だがあの容姿は、自らの健康に対する意識を放棄したうえで出来上がったとしか思えないような姿だよ。

 そう考えると豪華絢爛な室内も、少しでも自分の権威を表すことで容姿のイメージを打ち消したいと願う、ゴフルの意地のようなものが感じ取られてならない。

 ──ギイッ

 扉が開く音がする。

 執事や使用人であればノックくらいするだろう。
 そのような作法もなく入ってくるということは、この館の主がやってきたことに他ならない。
 私は気合を入れるため、下腹部に力を込めた。

「ユズちゃーん」

 甘ったるい声、まるで飴玉を転がすように上機嫌な様子でゴフルが室内に入ってきた。

 あー、もう無理。

 きっと、世のほぼ全ての女性がこのような印象を抱くだろう。
 まぁ、私も今は女だ。
 これが、生理的に無理という気持ちなのかもしれない。

 ちなみに男だったら、なんだこいつ。関わらないでおこう。
 と、思ったに違いない。

 見た目はまぁ、豚獣人といったところか。
 それはいい。
 だが、弛緩した贅肉が蓄えられた身体。
 ひんやりとする屋敷内のはずなのに、額に湧き上がる脂汗はどこから生まれているのだろう。

 身長は160cmくらいで、私より少し目線は高いが、その体重は軽く見積っても200キロ程はありそうだ。
 小走りに近寄ってくる姿は、豚が持ち合わせている愛嬌さは毛ほどもなく、最早狂気が具現化したような姿だ。

「は、はいっ!」

 ヤバっ、思わず後ずさっちゃう。

 反射的に足が一歩後ろに下がってしまったが、私はそれをとびきりの笑顔を作ってごまかした。


「ん、ん~っ。やっと、あの商人との話が終わったよぉ」

 私に対して、デレデレの様子であるのに、商売のことに対する情熱は鈍ることはないようだ。
 瞳の奥に、抜け目ない光が宿っている気がした。

「それは、それは。お疲れ様でした、ゴフル様」

 私は気遣うように頭を下げる。
 ここは、素直にしておいた方が良いだろう。

「んー。ユズちゃんは、僕が近付いてもそんなに嫌がったりしなくて、僕は嬉しいなぁ」

 いや、内心はそのユズちゃん呼びはやめてって思ってるよ。
 でも、リズから事細かにあんたの見た目や性格に対する情報をもらってたんだ。
 多少の心構えはありますよ。
 でも、確かにこれは前情報なくこの屋敷に連れてこられた女性としては、逃げたくなるのも当然だろう。

「ユズちゃんは見た目だけじゃなく、心も綺麗なんだねぇ」

 ゴフルは、まるで舐める様に私に視線を送りながら、私の周りを一周するとズイと近寄ってきた。

 駄目、汗臭さを誤魔化すための香水だろうけど、体臭と混ざってとんでもないことになってるから!

 私のレベルでも打ち消されないということは、毒ではないんだろうけど──。こんなの最早兵器だよ。

 玉ねぎ切ったら涙が出るじゃないけど、異臭の刺激臭で思わず涙が出そうになる。

「こ、光栄です」

 最早笑顔は引きつっているかもしれない。
 だけど、ここでアレを使う訳にはいかない。

『いい?なるべくその魔法札を使うのはギリギリまで待つのよ。できれば貞操が危険になるレベル。それなら仕方ないけど、使わなくても潜入できるのなら、それに越したことはないわ』

 リズにかけられた言葉が思い出される。
 胸元に隠し持つ、渡されたお守りの魔法札を使いたくてしょうがないが、今はまだ使うべき所ではないはず。

「うん、本当にユズちゃんはいい子だ。あの男も良い女の子を献上してくれたものだ。まぁ、商売の方は僕が勝たせてもらうけどねぇ」

 小刻みに身体を揺らしながらゴフルは笑う。

「あ、あの。こんな凄いお屋敷初めて見ました!それだけゴフル様は商才に長けていらっしゃるんですね」

 ここは、この男のプライドを褒めておこう。
 こんな見栄に拘った屋敷を建てたんだ。
 商売のことを褒められて悪い気はしないだろう。
 これで、私のことより商売自慢に話が流れたら、私の貞操も少し安全になるかしら。

 おっと、効果はてきめんみたい。

「おおっ!分かるぅ?僕はドミナントとレーベンの輸送市場を独占してるからねぇ!あのレーヴァテイン城にも何度も出入りしているんだよぉ」

 瞳をキラキラさせるゴフル。
 余りの興奮に、更に私に近寄ってくる。
 よし、足を後ろに下げなかった私は偉い!
 私は自分で自分を褒めてあげた。

「流石です!──あんなに立派なお城に何度も出入りされているなんて。凄いです──レーヴァテインのお城の中は、私の過ごしてきた生活からは想像できない程の別世界なんでしょうね」

 私は勇気を振り絞って、両手でゴフルの手を取った。
 モサッという感触が私の華奢な手に伝わる。
 ゴフルの手の甲に生えた固い毛が、私の背筋をゾワッとさせたが、そこは元は同じ男。大丈夫、耐えられる!

 その仕草にしどろもどろになったのはゴフルだ。
 まさか女性の方から手を握ってくるとは思わなかったのだろう。

「オ、オホンッ。そ、そんなに気になるなら、この僕が見せてあげようか?」

 来たっ!
 私は内心ガッツポーズをする。
 プライドの高いゴフルのことだ。気になる素振りをすれば私に自分の凄さを分からせるために、レーヴァテイン城に連れて行ってやると言い出すに違いなかった。
 その読みが当たって私はホッとする。

「でも──、今まで会ってきた女の子達は、僕を見ると顔を真っ青にして逃げようとした。でも、ユズちゃんは少し嫌がっているように思えるけど、僕から逃げようとはしない。──何か隠してるってことはないよね?」

 私の握った手の先に、ゴフルの瞳が怪しく光った。
 その視線は、まるで相手を値踏みするかのような商人の目だ。

 ま、マズイ!
 怖がった方が正解だったの!?
 思わず冷汗が流れそうになる。

「い、嫌がってるのはその香水の香りが、私の苦手な臭いだったからです。も、申し訳ありません──。わ、私には他の娘達が逃げた理由が分かりません⋯⋯」

 覚悟を決めるしかない。
 ごめん、リズ。おしとやかにこの場を逃げ切るのは無理だよ。

「逃げた理由だって!?それは嘘にしちゃあ少し僕を馬鹿にしすぎじゃないかい?ユズちゃん。ユズちゃんは、僕の顔や身体を見ても平気なのかい?」

 なんだ、自覚してるならなんとかしなよ。

「わ、私は!ゴフル様の価値は、その中身であると信じております。ですが、初めてお会いした私にゴフル様の内面は見えません。ただ、見た目については恐れ多くも言わせて頂きますと、そのお身体ははっきり言って健康を蝕みます。これからお仕えする身としては、本当にゴフル様のことが心配なのです」

 これで見た目に反して、ゴフルの中身が崇高であれば良いのだが、薬づけで女性を侍らせている時点で、ろくでもないことは間違いない。
 怒って手を上げてくるかな⋯⋯?
 私は身構える。

 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

「ユズちゃん──!本当に僕のことをそう思ってくれているのかい?今まで僕に、そんなことを言ってくれる女の子はいなかった!君は、なんて気高い女性なんだ!」

「あ、ありがとうございます──」

「ユズちゃんは、見た目だけでなくその精神も美しい。あぁ⋯⋯こんな女の子を献上してくれた、あのロームという男には感謝しなくては」

 一人夢でも見るように、ゴフルはクルクルと回る。
 見た目に反して動きが機敏だ。

「これはとびきりの歓待をしなくてはいけないねぇ。よし、食事の準備だよ!今日はユズちゃんが我が家の一員となった記念すべき日だ!とびきりの夕食にしよう」

 そう言い放つと、ゴフルはご機嫌そうに軽くステップを踏みながら部屋の外へと向かっていく。
 そして、扉の前でクルリと私の方へと向き直る。

「あ、そうそう。僕は明日、レーヴァテイン城に行くんだ。僕の機嫌を損ねなければ、一緒に連れて行ってあげるよぉ」

 そう言うと、ゴフルは私の返答は待たずに、踵を返すと室外へと出ていってしまった。

──バフッ

重い音を立てて扉が閉まる。

あぁ、もうキツイ⋯⋯
私はフラフラとソファーに座ると、まだ鼻の奥に残るゴフルの悪臭を思い返して顔をしかめた。







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