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第3章 城壁都市ウォール
意思と行動が合致したようです
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「そんな⋯⋯画面の向こうの僕は!あそこには僕の意思が入っていない!」
僕は、初めて対峙する男性の姿をしたセライの肩を強く揺さぶる。
「は、ハハッ!奪う⋯⋯その力、その生命。リズを奪った分は貴様からも奪う、殺す。ハハハハハッッ!!」
画面の向こうでは、目を大きく見開き、グレインの分厚い鎧を右手で破壊した僕が乾いた声で笑い声をあげる。
──そうだ。
こんなことをしても、リズは返ってこない。
だけど、確かに。
リズを殺したドルトンを殺したいと思ったのは事実だ。
「マスター。画面に映るマスターには、間違いなくマスターの意思が宿っている」
「確かに⋯⋯リズを殺したあいつを殺したいと僕は思った!だけど──!!」
肩に載せられた僕の手をセライはゆっくりと掴む。
「そう、マスターは確かに『選択』したんだ。必ずあの魔族を殺すことを『実行』するために。ここにマスターの一部がいるということは、マスターの良心や罪悪感。それらは、敵を殺すために不要だとマスター自身が判断した。だから『略奪者』である僕が生まれた。僕は、マスターという『脚本家』が『選択』したことを最適化して実行に移す『監督』だ。ここにいるマスターは、敵を倒すためには不要な要素だとマスター自身が切り捨てたんだよ」
画面の向こうで、腹を貫かれたグレインが吐血する。
「む、むうっ!」
腹を貫かれたまま握りしめた戦斧を、グレインは僕の脳天を目掛けて渾身の力で振り下ろす。
──ガキンッ!
戦斧は確実に僕の頭頂部を捉えたはずだ。
しかし、その刃は僕の皮膚を破ることさえできない。
パキ、パキキッ⋯⋯
僕の足元から白が広がる。
染みのように広がる崩壊は、植物や大地から等しくその生命を吸い取っていた。
「こんなことをしたら、セラ様やフーシェ達だって!」
僕はセライから手を振りほどくと、映し出されるスクリーンに向かって走り出す。
「お願いだ!止めてくれ!!」
僕は画面の向こう側の、およそ僕とは思えない人物に向かって声を張り上げる。
「無駄だよ。『良心や罪悪感』のマスターがここにいるということは、意思と行動が合致すれば、心が保たないとマスター自身が判断したんだ。ここにいるマスターは、この劇場にいることで心が壊れないように逃げ込んだ『良心や罪悪感』。そして、『実行』することは、あっちのマスターに託したんだ」
止まらない崩壊を見ることしかできない僕は、無意味と分かりつつもスクリーンを叩き続ける。
そんな、それならば──
ここにいる僕は、『保身』に逃げた僕なのか?
「そうだよ。マスター、だから画面の向こうのマスターは、奪い尽くすまで止まらない」
背後から僕に声をかけるセライの声は、決して僕を非難するような口調ではない。淡々と事実だけを告げる声は、僕にとって何よりも辛かった。
「そんな──それなら、僕は自分で自分を見殺しにしているようなものじゃないか」
画面の向こうでは、グレインが握りしめていた戦斧を力なく落としてしまう。
百獣の王のような威厳に満ち溢れていた顔も、今は血の気が引いたように青ざめていた。
「マスター。自分を責めないで、これは普通の防衛機構なんだ」
まるで幼子を諭すようにセライが背後に近づいてくる。
「マスター、殺意が行動と一致することは普通のことかい?マスターは日本で誰かを殺したい、殴りたいと思ったら直ぐに行動に移した?」
そんなことあるもんか。
確かに腹立つことや、人生において殴ってやりたいと思ったこともある。
「だけど殴らなかった、人を殺さなかった」
「当たり前だよ!」
──そうだ、当たり前だ。
人を殺すことなんて、前世でするはずがない。
そこまで僕は心に言い聞かせて、僕は自分の過ちに気付いた。
後ろを振り返ると、僕の心を知っているセライが無言で頷いた。
「そうだよマスター。いくら転生しても、マスターの精神は前世の物を引き継いでいる。『殺したいから殺す』と『殺したい程憎いが殺す訳にはいかない』は決して相容れない。そのアイデンティティを無理に捻じ曲げると、マスターの心は完全に壊れてしまう」
そうか。
だから僕は『選択』したんだ。
明確な殺意が、確実に実行されることを僕は望んだ。
画面の向こうで僕が見せる狂気の笑みは、まるでそうしないと、自分が壊れてしまうことを分かった上で見せる笑顔だった。
「──僕をあそこに戻してくれ」
僕は懇願するようにセライに向き直る。
「グレイン!」
画面の向こう側でドルトンが叫び、咄嗟にその巨体を掴むと僕から無理矢理引き離した。
──ドサッ
そこでドルトンは気付いた。
僕からグレインを引き離す途中で、グレインの下半身がついてこなかったことに。
「グレイン!嘘でしょう!?」
最早、ドルトンの顔には初めに見せていた余裕は微塵もない。
絶対的な信頼を寄せて駆けつけさせたはずの仲間が一方的にやられたのだ。
画面の向こう側に映る、上半身だけとなったグレインの顔は最早風化していた。
砂細工の様になったグレインの身体がサラサラと崩れ落ちる。
「ま、『魔王』⋯⋯」
その言葉がジェイクの口から発せられる。
そして、その言葉は画面の向こうの僕にとっての導火線だった。
ドルトンに向けていた踵を、僕は一瞬ジェイクの方へと向けようとしたが、直ぐに思いとどまり、再びドルトンの方へと歩みを進める。
「ジェイク⋯⋯そこの魔族の次は、ハハハハッ!貴様から奪ってやる!リズから奪った尊厳も、生命も!貴様さえ来なければ、リズは死ぬことはなかった!」
血走った瞳は、先ずは確実にドルトンを殺すために見開かれている。
「頼むよ⋯⋯」
劇場から出ることができない僕は無力だ。
僕は目の前のセライに頼むことしかできない。
「マスター、僕はマスターの一部だ。だから、僕はここからマスターを出すことはできない」
セライは崩れ落ちる僕に、しゃがみ込み視線を合わせる。
その赤々と燃えるような瞳の中には、迷子になったかのような僕の姿が映し出されていた。
「ここは、マスターの世界。僕はこの劇場でマスターの意思で描いた『脚本』を『実行』するための『監督』でしかない。だから、出口がないということは、マスターがまだ『選択』をしていないんだ」
『選択』
その、言葉の意味が重みを持って僕の心にのしかかる。
僕は心の奥底で思っていた。魔物は人ではない、だから殺しても良いと。だから、これまでもドラゴンやクラーケンを倒すことに躊躇いがなかった。
それは、生きるためには動物を食しても良い。身の安全の為に害獣は人に殺されても良いと考える前世の基準と同じだった。
だけどその思考こそが、他の生命を『奪う』ことの基準を、僕は前世で無意識の内に『選択』していたのだ。
生きるということは、他者を食らうこと。即ちその生命を『略奪』すること。
そこに正当化させる理由は何もない。
奪われる側から見れば、僕だって誰かにとっての『略奪者』なのだから。
ならば僕は『肯定』しなければならない。
自分が『略奪者』であることを。その責任を押し付けてしまった姿が、画面の向こう側の僕なのだと。
そう心に念じる。
スクリーンの向こう側では、僕を中心とした崩壊は最早、リズの亡骸近くまで迫ってきていた。
画面越しに見えるセラ様は、リズの亡骸から一歩も逃げようとはしない。
まるで何かを守るかのように、手をギュッと握っている。
「ユズキさん!ユズキさん!!正気に戻って!──本当にリズさんが消えてしまう!」
その声は、確かに画面の向こう側の僕。
そして、劇場に残された僕にも聞こえた。
悲痛なセラ様の叫びは、劇場の音響によって増幅されたかのように僕の身体を揺さぶった。
その、言葉の真意を僕は掴みかねる。
でも、確かめる為には僕は戻らなくてはいけない。
そのためには──
『マスター、選択したんだね(ですね)』
「──ハッ!?」
頭を上げると、さっきまで少年の姿だったはずのセライの姿が2重に見えた。
中性的だった顔は、女性の様にも見える。
青い髪、透き通る様なブルーサファイアの様な瞳。
どこか、セラ様を彷彿させる姿が重なり、僕は目を擦った。
──!?
目を開くと、そこには先程まで僕と話していた少年姿のセライと、その隣には一人の少女が立っていた。
「マスター、『選択』によって消したはずの私を必要としてくれたのですね」
その言葉遣い、声色。その全てが今まで僕をサポートしてくれていたセライの声そのものだった。
「私は『譲渡士』としての、この劇場の『監督』でした。『脚本家』であるマスターが不要と判断したら、『監督』は席を離れなければいけないはずでした」
いつの間にか、真っ暗だった劇場に明かりが灯る。
その明るさは、まるでエンドロールが終わった観客を現実へと返すための照明の光に似ていた。
「ちょっと待って。『譲渡士』が来たのに僕も消えていないぞ」
少年姿のセライが困惑したように自分の身体を触る。
その姿を見て、少女の姿のセライがクスリと笑う。
「それは、そうですよ。かつて『魔王』が手放した貴方を、マスターは一緒に連れて行くと『選択』したのですから」
少女のセライがスッと人差し指を、僕の後ろへと指し示す。
そこには、今までなかった扉が突如現れていた。
「ほんとマスターは無茶苦茶だな」
少年のセライが困惑したように頭を掻いた。
「マスター。私達、スキル『最適化』によって、『譲渡士』と『略奪者』は2つの職業として存在することが確立されました」
そう言うと、少女のセライがそっと僕の手を握る。
「マスター、奪うことも分け与えることもできる。それが『人』の強さです。だけど、どちらも辛いことがあるでしょう。そんな時は私達を頼って下さい。この劇場も『外』へと繋がりました、マスターが連れ出して下されば、この能力マスターの為に使いましょう」
その言葉に、少年の姿をしたセライが頬を少し膨らませる。
「そんなこと言って、マスターは僕を連れては行かないだろ?だって僕は『略奪者』なんだ」
その、言葉を聞いた少女姿のセライがそっと僕の手を離すと、ニッコリと僕に向かって微笑む。
その笑顔を見て僕は、少女姿のセライが言おうとしていることに気がついた。
思考が少年に伝わる前に、僕は軽く下を向き拗ねるような仕草をしていたセライの手を取った。
すると、みるみる内に少年姿のセライの顔が真っ赤に染まる。
「行くよ!セライ!君の力が必要だ!」
「えっ!?えええっ!?本気かよマスター!!」
僕は握った手を離さない。
それどころか、益々力を込めると『出口』へ向かって駆け出した。
「行ってらっしゃいマスター。行ってらっしゃい、もう一人の私」
僕の後ろからセライの声が聞こえる。
そう、僕には『略奪者』の力が必要だ。
他でもない、僕が『選択』したのだ。
僕達は転がるように『出口』に飛び込んだ。
光が暗所に馴染んでいた瞳を貫き、真っ白な世界に飛び出した僕達は浮遊感に包まれる。
白い光の中で溶け合うような感覚。
僕は自分の姿を認識できない。だけど直ぐに僕の中に熱い熱の様な物が入ってくる。
「リズを傷つけたジェイクを許さない」
「リズを殺したドルトンを殺したい」
「そして、何もできなかった僕自身を僕は許せない」
それは、誰もが持っているであろう負の感情。
感情の起伏に差はあれど、完全には否定できない『人』の業だ。
それがきっと『略奪者』としての感情なのだろう。
しかし、それを今の僕は否定することはしない。
きっと、その感情を持った上で『選択』をすることが大事なんだ。
「だから今の僕は『略奪者』でいい」
瞳が開かれる。
霞んでいた視界が一気に晴れ上がる。
少しだけいつもより視線が低い。
鏡はないけど、自分のことだから僕は自分の身体の変化を理解した。
赤々とした髪と燃えるような瞳。
ジェイクやドルトンへと向かって放たれる、心に渦巻く怒りや殺意は消えることはない。
今や僕の姿は、『劇場』で出会った『略奪者』である少年の姿と同化していた。
僕は『魔法袋』から新たな剣を抜き放つと、グレインの末路に呆然としているドルトンに向かって剣先を向ける。
「ドルトン、俺は絶対にお前を許さない」
最早、意思と行動は合致していた。
こいつはここで殺さなければいけない。
純粋な殺意を胸に、僕はドルトンに向かって走り出した。
僕は、初めて対峙する男性の姿をしたセライの肩を強く揺さぶる。
「は、ハハッ!奪う⋯⋯その力、その生命。リズを奪った分は貴様からも奪う、殺す。ハハハハハッッ!!」
画面の向こうでは、目を大きく見開き、グレインの分厚い鎧を右手で破壊した僕が乾いた声で笑い声をあげる。
──そうだ。
こんなことをしても、リズは返ってこない。
だけど、確かに。
リズを殺したドルトンを殺したいと思ったのは事実だ。
「マスター。画面に映るマスターには、間違いなくマスターの意思が宿っている」
「確かに⋯⋯リズを殺したあいつを殺したいと僕は思った!だけど──!!」
肩に載せられた僕の手をセライはゆっくりと掴む。
「そう、マスターは確かに『選択』したんだ。必ずあの魔族を殺すことを『実行』するために。ここにマスターの一部がいるということは、マスターの良心や罪悪感。それらは、敵を殺すために不要だとマスター自身が判断した。だから『略奪者』である僕が生まれた。僕は、マスターという『脚本家』が『選択』したことを最適化して実行に移す『監督』だ。ここにいるマスターは、敵を倒すためには不要な要素だとマスター自身が切り捨てたんだよ」
画面の向こうで、腹を貫かれたグレインが吐血する。
「む、むうっ!」
腹を貫かれたまま握りしめた戦斧を、グレインは僕の脳天を目掛けて渾身の力で振り下ろす。
──ガキンッ!
戦斧は確実に僕の頭頂部を捉えたはずだ。
しかし、その刃は僕の皮膚を破ることさえできない。
パキ、パキキッ⋯⋯
僕の足元から白が広がる。
染みのように広がる崩壊は、植物や大地から等しくその生命を吸い取っていた。
「こんなことをしたら、セラ様やフーシェ達だって!」
僕はセライから手を振りほどくと、映し出されるスクリーンに向かって走り出す。
「お願いだ!止めてくれ!!」
僕は画面の向こう側の、およそ僕とは思えない人物に向かって声を張り上げる。
「無駄だよ。『良心や罪悪感』のマスターがここにいるということは、意思と行動が合致すれば、心が保たないとマスター自身が判断したんだ。ここにいるマスターは、この劇場にいることで心が壊れないように逃げ込んだ『良心や罪悪感』。そして、『実行』することは、あっちのマスターに託したんだ」
止まらない崩壊を見ることしかできない僕は、無意味と分かりつつもスクリーンを叩き続ける。
そんな、それならば──
ここにいる僕は、『保身』に逃げた僕なのか?
「そうだよ。マスター、だから画面の向こうのマスターは、奪い尽くすまで止まらない」
背後から僕に声をかけるセライの声は、決して僕を非難するような口調ではない。淡々と事実だけを告げる声は、僕にとって何よりも辛かった。
「そんな──それなら、僕は自分で自分を見殺しにしているようなものじゃないか」
画面の向こうでは、グレインが握りしめていた戦斧を力なく落としてしまう。
百獣の王のような威厳に満ち溢れていた顔も、今は血の気が引いたように青ざめていた。
「マスター。自分を責めないで、これは普通の防衛機構なんだ」
まるで幼子を諭すようにセライが背後に近づいてくる。
「マスター、殺意が行動と一致することは普通のことかい?マスターは日本で誰かを殺したい、殴りたいと思ったら直ぐに行動に移した?」
そんなことあるもんか。
確かに腹立つことや、人生において殴ってやりたいと思ったこともある。
「だけど殴らなかった、人を殺さなかった」
「当たり前だよ!」
──そうだ、当たり前だ。
人を殺すことなんて、前世でするはずがない。
そこまで僕は心に言い聞かせて、僕は自分の過ちに気付いた。
後ろを振り返ると、僕の心を知っているセライが無言で頷いた。
「そうだよマスター。いくら転生しても、マスターの精神は前世の物を引き継いでいる。『殺したいから殺す』と『殺したい程憎いが殺す訳にはいかない』は決して相容れない。そのアイデンティティを無理に捻じ曲げると、マスターの心は完全に壊れてしまう」
そうか。
だから僕は『選択』したんだ。
明確な殺意が、確実に実行されることを僕は望んだ。
画面の向こうで僕が見せる狂気の笑みは、まるでそうしないと、自分が壊れてしまうことを分かった上で見せる笑顔だった。
「──僕をあそこに戻してくれ」
僕は懇願するようにセライに向き直る。
「グレイン!」
画面の向こう側でドルトンが叫び、咄嗟にその巨体を掴むと僕から無理矢理引き離した。
──ドサッ
そこでドルトンは気付いた。
僕からグレインを引き離す途中で、グレインの下半身がついてこなかったことに。
「グレイン!嘘でしょう!?」
最早、ドルトンの顔には初めに見せていた余裕は微塵もない。
絶対的な信頼を寄せて駆けつけさせたはずの仲間が一方的にやられたのだ。
画面の向こう側に映る、上半身だけとなったグレインの顔は最早風化していた。
砂細工の様になったグレインの身体がサラサラと崩れ落ちる。
「ま、『魔王』⋯⋯」
その言葉がジェイクの口から発せられる。
そして、その言葉は画面の向こうの僕にとっての導火線だった。
ドルトンに向けていた踵を、僕は一瞬ジェイクの方へと向けようとしたが、直ぐに思いとどまり、再びドルトンの方へと歩みを進める。
「ジェイク⋯⋯そこの魔族の次は、ハハハハッ!貴様から奪ってやる!リズから奪った尊厳も、生命も!貴様さえ来なければ、リズは死ぬことはなかった!」
血走った瞳は、先ずは確実にドルトンを殺すために見開かれている。
「頼むよ⋯⋯」
劇場から出ることができない僕は無力だ。
僕は目の前のセライに頼むことしかできない。
「マスター、僕はマスターの一部だ。だから、僕はここからマスターを出すことはできない」
セライは崩れ落ちる僕に、しゃがみ込み視線を合わせる。
その赤々と燃えるような瞳の中には、迷子になったかのような僕の姿が映し出されていた。
「ここは、マスターの世界。僕はこの劇場でマスターの意思で描いた『脚本』を『実行』するための『監督』でしかない。だから、出口がないということは、マスターがまだ『選択』をしていないんだ」
『選択』
その、言葉の意味が重みを持って僕の心にのしかかる。
僕は心の奥底で思っていた。魔物は人ではない、だから殺しても良いと。だから、これまでもドラゴンやクラーケンを倒すことに躊躇いがなかった。
それは、生きるためには動物を食しても良い。身の安全の為に害獣は人に殺されても良いと考える前世の基準と同じだった。
だけどその思考こそが、他の生命を『奪う』ことの基準を、僕は前世で無意識の内に『選択』していたのだ。
生きるということは、他者を食らうこと。即ちその生命を『略奪』すること。
そこに正当化させる理由は何もない。
奪われる側から見れば、僕だって誰かにとっての『略奪者』なのだから。
ならば僕は『肯定』しなければならない。
自分が『略奪者』であることを。その責任を押し付けてしまった姿が、画面の向こう側の僕なのだと。
そう心に念じる。
スクリーンの向こう側では、僕を中心とした崩壊は最早、リズの亡骸近くまで迫ってきていた。
画面越しに見えるセラ様は、リズの亡骸から一歩も逃げようとはしない。
まるで何かを守るかのように、手をギュッと握っている。
「ユズキさん!ユズキさん!!正気に戻って!──本当にリズさんが消えてしまう!」
その声は、確かに画面の向こう側の僕。
そして、劇場に残された僕にも聞こえた。
悲痛なセラ様の叫びは、劇場の音響によって増幅されたかのように僕の身体を揺さぶった。
その、言葉の真意を僕は掴みかねる。
でも、確かめる為には僕は戻らなくてはいけない。
そのためには──
『マスター、選択したんだね(ですね)』
「──ハッ!?」
頭を上げると、さっきまで少年の姿だったはずのセライの姿が2重に見えた。
中性的だった顔は、女性の様にも見える。
青い髪、透き通る様なブルーサファイアの様な瞳。
どこか、セラ様を彷彿させる姿が重なり、僕は目を擦った。
──!?
目を開くと、そこには先程まで僕と話していた少年姿のセライと、その隣には一人の少女が立っていた。
「マスター、『選択』によって消したはずの私を必要としてくれたのですね」
その言葉遣い、声色。その全てが今まで僕をサポートしてくれていたセライの声そのものだった。
「私は『譲渡士』としての、この劇場の『監督』でした。『脚本家』であるマスターが不要と判断したら、『監督』は席を離れなければいけないはずでした」
いつの間にか、真っ暗だった劇場に明かりが灯る。
その明るさは、まるでエンドロールが終わった観客を現実へと返すための照明の光に似ていた。
「ちょっと待って。『譲渡士』が来たのに僕も消えていないぞ」
少年姿のセライが困惑したように自分の身体を触る。
その姿を見て、少女の姿のセライがクスリと笑う。
「それは、そうですよ。かつて『魔王』が手放した貴方を、マスターは一緒に連れて行くと『選択』したのですから」
少女のセライがスッと人差し指を、僕の後ろへと指し示す。
そこには、今までなかった扉が突如現れていた。
「ほんとマスターは無茶苦茶だな」
少年のセライが困惑したように頭を掻いた。
「マスター。私達、スキル『最適化』によって、『譲渡士』と『略奪者』は2つの職業として存在することが確立されました」
そう言うと、少女のセライがそっと僕の手を握る。
「マスター、奪うことも分け与えることもできる。それが『人』の強さです。だけど、どちらも辛いことがあるでしょう。そんな時は私達を頼って下さい。この劇場も『外』へと繋がりました、マスターが連れ出して下されば、この能力マスターの為に使いましょう」
その言葉に、少年の姿をしたセライが頬を少し膨らませる。
「そんなこと言って、マスターは僕を連れては行かないだろ?だって僕は『略奪者』なんだ」
その、言葉を聞いた少女姿のセライがそっと僕の手を離すと、ニッコリと僕に向かって微笑む。
その笑顔を見て僕は、少女姿のセライが言おうとしていることに気がついた。
思考が少年に伝わる前に、僕は軽く下を向き拗ねるような仕草をしていたセライの手を取った。
すると、みるみる内に少年姿のセライの顔が真っ赤に染まる。
「行くよ!セライ!君の力が必要だ!」
「えっ!?えええっ!?本気かよマスター!!」
僕は握った手を離さない。
それどころか、益々力を込めると『出口』へ向かって駆け出した。
「行ってらっしゃいマスター。行ってらっしゃい、もう一人の私」
僕の後ろからセライの声が聞こえる。
そう、僕には『略奪者』の力が必要だ。
他でもない、僕が『選択』したのだ。
僕達は転がるように『出口』に飛び込んだ。
光が暗所に馴染んでいた瞳を貫き、真っ白な世界に飛び出した僕達は浮遊感に包まれる。
白い光の中で溶け合うような感覚。
僕は自分の姿を認識できない。だけど直ぐに僕の中に熱い熱の様な物が入ってくる。
「リズを傷つけたジェイクを許さない」
「リズを殺したドルトンを殺したい」
「そして、何もできなかった僕自身を僕は許せない」
それは、誰もが持っているであろう負の感情。
感情の起伏に差はあれど、完全には否定できない『人』の業だ。
それがきっと『略奪者』としての感情なのだろう。
しかし、それを今の僕は否定することはしない。
きっと、その感情を持った上で『選択』をすることが大事なんだ。
「だから今の僕は『略奪者』でいい」
瞳が開かれる。
霞んでいた視界が一気に晴れ上がる。
少しだけいつもより視線が低い。
鏡はないけど、自分のことだから僕は自分の身体の変化を理解した。
赤々とした髪と燃えるような瞳。
ジェイクやドルトンへと向かって放たれる、心に渦巻く怒りや殺意は消えることはない。
今や僕の姿は、『劇場』で出会った『略奪者』である少年の姿と同化していた。
僕は『魔法袋』から新たな剣を抜き放つと、グレインの末路に呆然としているドルトンに向かって剣先を向ける。
「ドルトン、俺は絶対にお前を許さない」
最早、意思と行動は合致していた。
こいつはここで殺さなければいけない。
純粋な殺意を胸に、僕はドルトンに向かって走り出した。
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