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第2章 交易都市トナミカ

魔王さまはお節介なようです

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「ユズキさん!『追尾矢ホーミングアロー』準備OKです!」

 目の前のイスカが魔力の矢を弓に番つがえると、その白い矢が魔力によって形作られた。
 イスカのレベルが上がったことで使えるようになった新スキル『追尾矢ホーミングアロー』だ。

「へぇ、様になってるわね」

 リズがイスカに声をかける。
 素直に、イスカの構えに感嘆しているのか、その声は軽い驚きに満ちていた。

「へへっ、本当は職業は魔法剣士なんですけどね⋯⋯」

 確かに⋯⋯。ただ、思いの外イスカの弓の性能が高すぎて、遠距離攻撃といえば、もっぱらイスカの仕事となっていた。

「よし、じゃあ『能力値譲渡』で、命中率を高めるよ。攻撃力は十分にあるから、あと一つの強化は敏捷率に振っておこう。使うことは多分ないけどね。あと、『魔力譲渡』を行うから、攻撃力よりも早く敵に届くようにできるかな?」

 僕の質問にイスカは頷く。

「はい、やってみます!」

 よし、準備は整った。

「いくよ、『譲渡アサイメント!』」

 僕がスキルを発動すると、かざした右手から青い光がイスカを貫く。

「うっ、くふっ」

 譲渡された力によって、イスカが軽く身悶えた。

「貴方達、凄い力がイスカに流れ込んでいるのは分かるけど──なんかやましいことをしてるみたいよ」

 うっ、このスキルに僕の下心はないから、そんなことを言われても困ってしまう。

「いきます!!」

 眼を見開き、力を込めたイスカが叫ぶ。
 天高く弓をかかげると、イスカは魔法力によって形作られた矢を解き放った。

「『追尾矢ホーミングアロー!!』」

 イスカの指先が放たれると同時に、収束された魔法の矢が天高く舞い上がる。
 矢は、凄まじい速さで一直線に魚人族フィッシャーマンが群がる船へと向かうと、船の上空で地上に降り注ぐ隕石群のように分かたれた。

「命中しています!」

 イスカが声を張り上げる。
 ここからでは詳細は確認できないが、船の周りに微かに水柱が上がっていることが確認できた。

「凄い⋯⋯、船に被害を出すことなく正確に魚人族フィッシャーマンだけを貫いているわ」

 リズが驚きの声をあげる。
 同じ感覚を共有しているイスカも、その手応えを感じているようだ。

「討伐数32。⋯⋯全滅よ。貴方達、ワイバーンの時もイスカがやったの?」

「あれは、ユズキさんに強化されたエラリアのギルドパーティーの人がほとんどやっつけて、私はワイバーンの亜種だけですよ」

「ん。折角細切れにできたのに、ほとんど経験値が入らなかった。残念」

 僕達の話を聞いていたのか、木の下からフーシェの声が聞こえた。

「ワイバーンの亜種を細切れねぇ⋯⋯、貴方が人族の最前線に立っていたら、魔族なんて簡単に滅んでしまうでしょうね」

 リズは呆れ顔で答えたが、すぐに姿勢を正すと僕の前に跪いた。

「ユズキ、民を助けてくれたことに心からの敬意を評します。この場にユズキとその仲間がいなければ、我が民は海の藻屑となっていたでしょう。このお礼は必ず⋯⋯」

 そこまで言うと、リズは押し黙ってしまった。

「そんな──!困っている人がいたら助けたいと思っただけだし、お礼なんて──」

 そこまで口を開いて、僕はハタと気づいた。
 そうだ、僕はまた自分の価値観で物事を推し量ってしまっていた。

 リズは、レーベンを統治している『魔王』だ。
 その立場ある者として、住人を助けた者に対する礼を行うことは当然であり、この場合僕は礼儀として、彼女が差し出す礼を受け取らなければならないのか。

「ユズキ──ごめんなさい。本来なら貴方にレーベンの統治者として礼をしなくては行けないのだけど、今の私には貴方に差し出せる物がないの。『魔王』と言っても、お父様の人形のような物。飾りだけの魔王なのよ」

 そう言うと、リズは一歩僕に近づく。
 フワリとリズの甘い香りが漂ってくる。

「今回、レーヴァテインからトナミカに長距離転移をしたことは、お父様に知られてしまったわ。──きっと、私は戻ったらお父様に罰せられる。そうしたら、本当に貴方にお礼ができなくなってしまうの」

 お飾りの玉座か。

 僕のいた世界にも、歴史を紐解けばあったことだ。
 だけど、国のためにと思って動いたことが、実の父親から罰せられるというのは悲しすぎるのではないか。

「──そうしたらさ、リズはレーベンに戻りたいんだろ?」

 僕の問いにリズは頷く。

「だったら、僕達をレーヴァテインまで案内してくれないかな?それを以てお礼をしてもらったってことでいいんじゃないかな?」

「ふむ。そうなると私程度の案内では、役不足も甚だしいですなぁ」

 木の下から、今度は寂しそうなローガンの声が聞こえてきた。

 ローガン、ごめん!でも、リズにお願いできることはこれくらいしかなかったんだ。

 僕の話に、リズは目を丸くする。
 その後、リズはイスカをチラと見て、続けて下で待機しているフーシェを見た。

「皆がユズキを好きになっていく理由が分かったわ」

「どういうこと?」

 僕の不思議そうな顔を見たのか、リズは吹き出してしまった。

「貴方が、とんでもなくお人好しってことよ!そして⋯⋯そんな貴方のことを私も好きになったってことよ」

 そう言うと、リズは眩しいくらいの笑みを弾けさせると、まるで妖精のように軽やかに木の上でくるりと舞った。

「あー」

 小さくイスカさんが、頭に手をやって下を向くの⋯⋯とても怖いのですけど。

 こう面と向かって「好き」と伝えてくれることは、顔が真っ赤になるほど恥ずかしいのだが、素直に嬉しかった。
 気持ちを、すぐに口で伝えることができる強さがリズにはあるのだ。

「あ、ありがとう。リズ──」

 僕が言葉を続けようとする前に、僕の唇はリズの人差し指によって封じられることになってしまった。
 フフッと、リズは微笑むとこう言うのだ。

「私は、言いたいことを言っただけ。でも、それで不安になっている子がいるから──ね?」

 リズは少し悪戯な笑みを浮かべると、次の瞬間、巨大木の枝からまるで遊具で遊んでいるかのように軽やかなステップで、地面へ向かって飛び降りてしまった。

 え?そんな町民の格好で?スカート長くない?と、傍から見た人は思うかもしれない。

 だけど、それは認識阻害の魔法にかかった人から見たリズの姿だ。
 本当の、僕だけが見えるリズの姿は、うーん。それなりに露出が高いのは『魔王』という名の人が着る服としてテンプレなのだろうか?
 黒と赤を基調としたスリットドレスは、動きやすさを考慮したためかかなり際どい格好だった。こんな服で昨夜水に濡れたまま着ていたならば、風邪を引くことは免れないだろう。

 そして、そんな彼女が去ったお陰で僕とイスカは、木の枝に二人。残されることとなった。

 ──サアッ

 枝葉の隙間を流れる風が、イスカの髪をかきあげた。
 そんな風の悪戯に、少し乱れる髪を左手で抑える姿を見た僕は思わず見とれてしまう。

 幻想の出来事のように綺麗で、そして美しいと思ってしまう。

「イスカ、僕はいつだってイスカのことが好きだよ」

 最近は、フーシェも同じ部屋に泊まっているため、イスカと二人きりになることはなかった。

 ──言いたいことを言う、か。
 言葉にしないと伝わらないこと。
 言葉にすることで伝えられることがあるなら、それはとても素敵なことなんだと、僕はリズの言葉によって気付かされた。

 僕が、このタイミングで言うとはイスカも思っていなかったのだろう。
 思わず、顔を真っ赤にして立ち上がる。
 やや、下向きに垂れた耳は、恥ずかしさのためだろう。その耳の先はほんのりとピンクに染まっている。

「その⋯⋯やっぱり不安にならないって言うと、嘘になるかもしれません。だって、ユズキさんは優しいから」

 イスカはそう言うと、一歩僕に近づく。
 そして、キョロキョロと周りと枝によって下から見えないことを確認したイスカが、ついと顔をあげるとこう囁いた。

「ユズキさんは優しいから、皆が好きになるのは分かります。でも、ユズキさんのことを1番好きって気持ちは世界の誰にも負けません。──ユズキさん、私も大好きです!」

 イスカは言い終わると同時に、顔まで赤く染まるのを見られたくないのか、僕に飛びつくように背伸びをすると、その小さな唇で僕の唇を塞いでしまった。
 いつもより長く触れ合った唇が僅かに開くと、僕の唇が開くように、果実のように甘く小さなイスカの舌が、僕の唇と触れ合った。
 僕が受け入れるのを待っているかのようなイスカの気持ちが伝わってくる。

 ──僕がお人好しなら、リズはとってもお節介じゃないか。

 悪戯な笑みを浮かべて、場を譲った『魔王』さまに、僕は心の中で感謝する。
 僕はイスカの後ろに手を回し抱き寄せる。唇を開くと、嬉しそうにイスカの耳がピクンと跳ねた。

 一瞬のようで、永遠のような甘い時間。
 流れる風が、枝葉を揺らす音楽は僕達を祝福してくれるようだ。



「ん。そろそろ行く」
「これ、フーシェ様。空気は読むものですよ」

「ふふっ、ユズキー!!みんな待ってるわよー!」

 下から舞い上がる風にのって、みんなの声が聞こえてくる。
 ほんと、僕達のパーティーはいい人ばかりだ。

 最後に、少し名残り惜しくなった僕は、少し強い力でイスカを抱き寄せる。

「んっ」

 とろんとしたイスカの濡れたような瞳に、改めてドキドキしてしまうのは不可抗力だ。

 そっと、僕とイスカは身を離す。

「──ッ!わ、私!先に待ってますから!」

 恥ずかしさに耐えられなくなったのか、まるで言葉を置き去りにするかのように、イスカは僕の前から消えてしまった。

『敏捷に振り分けたスキルが、最後に役立ちましたね』

 少し笑いをこらえるようなセラ様AIの声に、僕も思わず笑ってしまう。
 さぁ、僕も下に降りなければ。
 海へ視線を転じれば、僕達が護った船はゆっくりとトナミカに入港するために進路をとっていた。
 そんな、少しずつ大きくなる船の姿が見えて、僕の心は嬉しくなるのだった。
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