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涙の光
しおりを挟むある日の深夜、鬼磯目のドッグ。
資材搬入用の巨大な水密扉に備わった小型の扉が開き、通路から溢れた照明の灯りが薄暗いドッグの片隅に流れ込む。
チャプチャプと小波の音が響く中、懐中電灯を持ってドッグの見回りにやって来た隊員は、使用されていない係船柱に腰かけて、飲みかけの缶コーヒーをコンと床に置いた。
鬼磯目の潜望鏡が僅かに伸びて静かに動き、その隊員を注意した。
·ダメですよアキサここは飲食禁止です!またおサボりですか?
「マーティア、起こしちゃったか?ごめん」
·パワーセーブ状態という意味でしたら、現時点では比較的先程より起きています。
「まぁいいじゃん?夜なんだし、まったりしなよ?」
環巣は缶コーヒーを飲み干して缶をポケットに隠した。
·フフ···証拠を隠滅しても言い訳になってません!
潜望鏡の先端が僅かにカシュカシュと首を横に振るように動く。
「じゃあ、夢の邪魔しちゃったかな?」
·不要記憶のソートを同時チェックした際の奇妙な“アレ„という意味でしたら···
「泣いてたぞ?」
·!···そ、そうでしたか?なんだろう?トーク機能の誤作動かな?、ご、ごめんなさい!改善項目に加えます!
「いや、いいんだ···個人的には、悪くない···」
·あー!、女の子の泣き声がイイなんて最低ですね?
「···あぁ、俺は最低なんだ」
·?!?!······
優しげに遠い目をする環巣。暗がりに環巣のその表情を確認したマーティアの回路に“夢„とはまた違うものが瞬く。
「似てるんだ···雰囲気が···昔趣味で拾ってた海の音に···」
·!
「聞こえてた頃は頑張れたんだがなぁ?最近どうも···」
·私もオジサマの身の上話は悪くないデスヨ?色々参考になります!
「オジサマって言うな!これでもまだ二十代に間違われるんだぞ?」
·その幸運を維持するタメにも!夜更かしは美容の大敵です!アキサ!
「美容?あ!化粧水付けるの忘れてた!」
環巣はそそくさと恥ずかしそうに通路の光に向かい戻って行く。
待って!もっとお話がしたい!
アキサ!そばに居て?
マーティアは本心を隠し、定型の冗談をスピーカーから流す。
·ってー!、アンチエイジングしてるからじゃないですかー!
「ハハハ!おやすみー」
環巣は笑いながら水平に開いた手を左右に振る。頭をエア撫でするような仕草。マーティアは自身の感情パラメーターが平坦になり、またもや知らない瞬きを回路に観測した。
それが“安心感„だという事を、マーティアはまだ知らない。
扉が閉まり、通路の灯りの供給が絶たれる。ドッグは計器類等の薄明かりが主張を再開した。
翌日の夕方、国防隊対アノ帝国専用関東中央指揮所。
それは定番の未確認航行物体出現の報から始まった。
モニターを見つめるオペレーターが次々に司令長の男性隊員、洗毬に報告を上げていく······
「S県沖の目標、潜航型子機輸送母艦型、コードネーム、クロエドゥマと推定」
「哨戒機から報告、小型の随伴、現段階において見受けられず」
「目標より二海里中、研修タンカー「紺望」が航行中!」
「目的はそれか?どれだけ感情のエネルギーが欲しい?···敵は単独だったな?」
「···はい」
「“奴„か···?」
オペレーター全員が洗毬の方に一度振り向く。洗毬は少し考えて出撃の采配を示す。
「重深隊出動!及び様増基地、裂破の航空支援待機を要請!」
S県沖。
研修タンカーとクロエドゥマの間に割って入るように到着した重深隊。先行した鬼磯目は機体を縦にうねらせると海面に艦首を突き出し、S字に鎌首をもたげてクロエドゥマを威嚇する素振りを見せる。鬼磯目が姿勢を保つ海中からは、推進機の泡波がゴボゴボと沸き立っていた。
クロヴァウタンのようなアクプタン艦載機口を艦首に備えたクロエドゥマは、下方の嘴を海面下に沈め、速度を緩める事無く悠然と進行して来る。
「あの特徴的なバルバスバウの船首波!やはり!」
だいしろのブリッジで胡桃下が呟く。過去に現れたクロエドゥマ型と比べ、それとは異なる特徴を胡桃下が見逃さなかったのも束の間。クロエドゥマの艦体天面から細長い長方形の板が垂直に四枚伸びていく。まるで紙テープで鯨の潮吹きを再現したような芸当だとほぼ全ての隊員が思っていると、紙テープは四方に倒れ十字にゆっくりと開き、ヘリのローターの様相を呈していく。
「!」
「飛ぶ?!···マーティア!行け!魚雷一番二番発射!タイミングは任せる!」
·了解!アキサ!
環巣の指示で海上に立てていた鎌首を僅かに引き、ドプンと軽やかに海中にダイブする鬼磯目。
クロエドゥマがローターブレードを開き終わる頃、鬼磯目の魚雷二発がクロエドゥマの直前で爆発し、立て続けに水柱が上がる。爆流に揺らいだ船体が上下し、クロエドゥマの艦載機口の下面が露になる。
·ナッ···!?
「?!」
クロエドゥマの艦載機口には、嘴に挟まれるように巨大な黒い戦闘機が咥えられていた。
「やはりファンガーズタイプだったか!」
胡桃下の確信にブリッジの束瀬が続ける。
「今回は倒せればいいんですが···?、しかし何故直前で魚雷が爆発したんでしょう?···所で艦長、敵に先制が許されているのは敵の過去の行いが悪過ぎたというのを小耳に挟んだのですが本当でしょうか?」
「······」
胡桃下は答えなかった。
「 ···」
束瀬はバレないように鼻の奥で笑った。
クロエドゥマが咥えた戦闘機。エゴザーガのコックピットに座る青年。アルオスゴロノ帝国の戦士、ハグスファンがゆっくりと目を開きボソッと何か呟く。
「行くぞビィブァ!あいつらに目に物見せてやる!俺を選らばなかった奴らに···」
ォローー···
クロエドゥマの内部から何者かのか細いうなり声が返事をした。
その頃、五雄宅近くの公園で三点三角形に集まり、百連フリスビーを誰彼構わずに適当に投げまくる修行をしていた宇留、現、五雄は、宇留を呼ぶSPの国防隊員に遊びを止められた。事情を聞いた宇留は隊員に頷き答える。
「!わかりました!」
一方、現も何かの雰囲気を感じ取る。
(!?、コティアーシュ姉ちゃん?)
唐突な非日常に少年二人の目が煌めいた。
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