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19 その令嬢、前を向く
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お姉様の騒ぎを聞いてから3日が過ぎた。
エレナはまだ戻らない。
朝目覚めたら、お昼に庭を散歩していたら、日が沈むまで夕暮れを見つめていたら…「ただいま」の一言が聞こえてくるのではないかと期待していたのだけど。もちろん、今も期待しているのだけど。
よく考えたら変な話。こんな騒動が起きず、予定通りお姉様が大公家に嫁いでいたなら。そうなれば、当然フラフラと戻ってくることはないのだから、私だって毎日その姿を探すことはないはずだ。
それとも、ふと姿を探してしまうのだろうか。
…かもしれない。お姉様離れできないのかな、私は。
結局のところ、時間の経過は寂しさや不安すら少しずつ砕いてしまう。あんなに心に重くのしかかっていた黒い気持ちを、少しずつ、少しずつ。
そんな心に従って、今度は前向きな考えが浮かぶようになったのだ。その結果、
「お姉様を探しに行きましょう! 大丈夫、私なら必ず見つけられる!」
これは昨日の私の発言。何の根拠もない思いでもって馬車を手配しようとしたを、マリアンヌはじめ侍女たちが必死に止めにかかった。
あれ、側から見たらなかなか面白い光景だったんじゃないかしら。自分のことなのに、その滑稽さに思い出し笑いをしてしまう。
ただ、止めないで! 姉様が! などと叫んだのが良くなかった。お父様に気付かれたのだ。
部屋に呼び出され、ベッドに横たわるお父様に現状を伝えることになった。
ご病気で体調が優れないところ、上の娘は婚約を破棄し行方不明、下の娘は侍女の制止を振り切ろうと必死…それはもう、強い衝撃を感じられたことと思うのだけど。
お父様は私の手を取り、優しく微笑み、一言おっしゃった。
「大丈夫だ。お前の信じるとおり、エレナはきっと無事だ。だから、この家で待とう」
そこで、私は泣いた。
とうとう泣いてしまった。
せめてお父様にはご心配をおかけしないようにと思っていたのに。でも起きてしまったことは仕方がない。
どうにかしたい、けど、どうにもできない。どうにもできないからといって、日々、何もしないわけにはいかない。私はランバート家令嬢ミリアなのだから。
今日はおとなしくマリアンヌの言うことを聞いて過ごそう…そう考えていると、嬉しい来訪があった。テベリ伯父様がセナーの街から戻られたのだ。
「伯父様!」
先日と同じように、来賓室の扉を開けて部屋に飛び込む。
すると伯父はいつもの笑顔で対応してくれた。
「いやあ、すまんすまん! ずいぶんと時間がかかってしまった!」
「お帰りなさい、突然のことだったのに、ありがとうございます」
「はは、そんなに畏まることはないぞミリアよ。しかしまあ、いざ大公家に出向くと、何やらいろいろな話を聞くことになってな! 執務として忙しくなるのは良いことではあるが」
そうしてにこやかな表情を見せてくれた伯父様だったけど、お話の内容は、残念ながら笑顔で聞くことはできなかった。
「結論から言おう。まず、問題のデイビット殿下にお会いすることは叶わなかった。あいにく趣味の狩りに出られていて、屋敷に戻る時間も告げていないとのことだったのでな。いやはや、もともと多くの執務を担当されているわけではないはずだ、お屋敷で暇を持て余しているのではないかとタカを括っていた。まあ事実、時間はあったのだろうが」
やれやれ、と伯父様が深くため息をつく。
「そう、ですか…。あの、エレナの行方の手がかりは?」
不安な気持ちを抑えて、私は会話を前に進める。
「うむ、結婚の儀に参列した役人に話を聞くことができたのだが、どうやら婚約破棄を宣言した後、自身が手配した馬車に乗ってセナーから去ったというのだ」
「…」
「用意周到に、そこまでの準備をしていたということは…エレナはもともと、本気で結婚する気などなかったのかもしれんなあ」
「そんな…」
「それから、ガゼルフライデ大公にもお会いした」
「現大公…デイビット殿下のお父様ね」
「うむ。大公も特にお忙しい方だ。戦地にロバート殿下が向かわれるなど、なかなか不安な状況でもある。結局、婚礼の儀にも参加はされていなかったそうでなあ。まあ、すべてはロバート殿下が戻られてからきっちりと進める予定であったらしい。そういう意味では、エレナの行動をお見せすることを避けられたのは良かったのかもしれんな。あのデイビット殿下を相手に、一体どんな啖呵を切ったのか」
伯父が困り顔で無理やりに笑顔を作ろうとする中、私もつられて苦笑する。
「まあ、先日の繰り返しになるが、とにかく本人に会ってみないとわからんな。早く戻ってこいとエステリアも怒っとるんじゃないか? ははははっ」
「お母様も…。そうね、きっとそう。すごく、すごく怒ってらっしゃると思うわ! それに、とても、心配して…」
「おお、おお、気を落とさないでおくれミリア。エレナの無事を祈ろう」
はい、と小さく返事をする私に、伯父は「実はもう一つ話があってな」と切り出した。
「別の? ええと、エレナのことじゃなくて?」
うむ、と頷き、伯父は今までとは違った、どこか淡々とした口調で私に告げた。
「ミリア、そなたに、レギウス家・アーサーとの婚約を勧めたい」
エレナはまだ戻らない。
朝目覚めたら、お昼に庭を散歩していたら、日が沈むまで夕暮れを見つめていたら…「ただいま」の一言が聞こえてくるのではないかと期待していたのだけど。もちろん、今も期待しているのだけど。
よく考えたら変な話。こんな騒動が起きず、予定通りお姉様が大公家に嫁いでいたなら。そうなれば、当然フラフラと戻ってくることはないのだから、私だって毎日その姿を探すことはないはずだ。
それとも、ふと姿を探してしまうのだろうか。
…かもしれない。お姉様離れできないのかな、私は。
結局のところ、時間の経過は寂しさや不安すら少しずつ砕いてしまう。あんなに心に重くのしかかっていた黒い気持ちを、少しずつ、少しずつ。
そんな心に従って、今度は前向きな考えが浮かぶようになったのだ。その結果、
「お姉様を探しに行きましょう! 大丈夫、私なら必ず見つけられる!」
これは昨日の私の発言。何の根拠もない思いでもって馬車を手配しようとしたを、マリアンヌはじめ侍女たちが必死に止めにかかった。
あれ、側から見たらなかなか面白い光景だったんじゃないかしら。自分のことなのに、その滑稽さに思い出し笑いをしてしまう。
ただ、止めないで! 姉様が! などと叫んだのが良くなかった。お父様に気付かれたのだ。
部屋に呼び出され、ベッドに横たわるお父様に現状を伝えることになった。
ご病気で体調が優れないところ、上の娘は婚約を破棄し行方不明、下の娘は侍女の制止を振り切ろうと必死…それはもう、強い衝撃を感じられたことと思うのだけど。
お父様は私の手を取り、優しく微笑み、一言おっしゃった。
「大丈夫だ。お前の信じるとおり、エレナはきっと無事だ。だから、この家で待とう」
そこで、私は泣いた。
とうとう泣いてしまった。
せめてお父様にはご心配をおかけしないようにと思っていたのに。でも起きてしまったことは仕方がない。
どうにかしたい、けど、どうにもできない。どうにもできないからといって、日々、何もしないわけにはいかない。私はランバート家令嬢ミリアなのだから。
今日はおとなしくマリアンヌの言うことを聞いて過ごそう…そう考えていると、嬉しい来訪があった。テベリ伯父様がセナーの街から戻られたのだ。
「伯父様!」
先日と同じように、来賓室の扉を開けて部屋に飛び込む。
すると伯父はいつもの笑顔で対応してくれた。
「いやあ、すまんすまん! ずいぶんと時間がかかってしまった!」
「お帰りなさい、突然のことだったのに、ありがとうございます」
「はは、そんなに畏まることはないぞミリアよ。しかしまあ、いざ大公家に出向くと、何やらいろいろな話を聞くことになってな! 執務として忙しくなるのは良いことではあるが」
そうしてにこやかな表情を見せてくれた伯父様だったけど、お話の内容は、残念ながら笑顔で聞くことはできなかった。
「結論から言おう。まず、問題のデイビット殿下にお会いすることは叶わなかった。あいにく趣味の狩りに出られていて、屋敷に戻る時間も告げていないとのことだったのでな。いやはや、もともと多くの執務を担当されているわけではないはずだ、お屋敷で暇を持て余しているのではないかとタカを括っていた。まあ事実、時間はあったのだろうが」
やれやれ、と伯父様が深くため息をつく。
「そう、ですか…。あの、エレナの行方の手がかりは?」
不安な気持ちを抑えて、私は会話を前に進める。
「うむ、結婚の儀に参列した役人に話を聞くことができたのだが、どうやら婚約破棄を宣言した後、自身が手配した馬車に乗ってセナーから去ったというのだ」
「…」
「用意周到に、そこまでの準備をしていたということは…エレナはもともと、本気で結婚する気などなかったのかもしれんなあ」
「そんな…」
「それから、ガゼルフライデ大公にもお会いした」
「現大公…デイビット殿下のお父様ね」
「うむ。大公も特にお忙しい方だ。戦地にロバート殿下が向かわれるなど、なかなか不安な状況でもある。結局、婚礼の儀にも参加はされていなかったそうでなあ。まあ、すべてはロバート殿下が戻られてからきっちりと進める予定であったらしい。そういう意味では、エレナの行動をお見せすることを避けられたのは良かったのかもしれんな。あのデイビット殿下を相手に、一体どんな啖呵を切ったのか」
伯父が困り顔で無理やりに笑顔を作ろうとする中、私もつられて苦笑する。
「まあ、先日の繰り返しになるが、とにかく本人に会ってみないとわからんな。早く戻ってこいとエステリアも怒っとるんじゃないか? ははははっ」
「お母様も…。そうね、きっとそう。すごく、すごく怒ってらっしゃると思うわ! それに、とても、心配して…」
「おお、おお、気を落とさないでおくれミリア。エレナの無事を祈ろう」
はい、と小さく返事をする私に、伯父は「実はもう一つ話があってな」と切り出した。
「別の? ええと、エレナのことじゃなくて?」
うむ、と頷き、伯父は今までとは違った、どこか淡々とした口調で私に告げた。
「ミリア、そなたに、レギウス家・アーサーとの婚約を勧めたい」
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