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11 その少女、機をうかがう

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どういうこと。理解ができない。なぜ。どうして。
わずか数日前の突然の出来事で、私の頭の中は真っ白になった。
そして思わぬ出会いに恵まれて、想像もしなかった時間を過ごし始めた。
真っ白な頭の中に、知らない色が少しずつ入ってきて…同時に、塞がったと感じていた視界が開けてきた。
その、矢先。
ああ、神様はおっしゃるのね、目を背けるな、と。
「エレナ、大丈夫か」
「…ええ」
あの日、確かに私は婚約の破棄を宣言された。なのに、その相手が「私に婚約を破棄された」と言っているらしい。
そんなこと…。
「ええと、お嬢様とお呼びすればよいんですかね」
恐る恐るという態度で行商人が私の顔色をうかがってくる。無理もないわね、噂の中心にいる貴族の女が突然目の前に現れたのだもの。
「あの、行商人様、そんなにかしこまらないでくださいな。ごめんなさい、その、私が当事者ということになるのだけれど、うかがかった内容を想像すらしていなくて」
無意識に視線を落とす。言葉も弱々しい。ああ、マリアンヌが見たらきっと「背筋を伸ばしなさい」と叱ってくるでしょう。ここに彼女はいないけれど。
でも…。
「エレナ」
そう、肩に手を置いてくれる人はいるわ。
「リッド」
「驚いたな。本当に驚いたよ、なあ?」
リッドは私の目を見て、苦笑しているのか困っているのか、眉をひそめてふふっと笑った。つられて私も少し笑ってしまう。そうね、「笑うしかない」というものよね。
「うふふ、参ってしまうわ。一度大公家にお邪魔して直接お話をうかがいたいくらい」
「たしかにな」
「あ、あの、わたしゃ噂で聞いただけでございますので、そんな込み入った事情がおありだなんて、その…」
「お気になさらないで、ね。お話をうかがえて嬉しい。おかげで思わぬ事実を知ることができたもの」
ああ、そうだな、と言ってリッドは軽く咳ばらいをした。
「貴重な情報をありがとう。で、言いかけたもう一つってのは何だい?」
「え、ええ?」
「さっき言いかけたろ、大公家に関する話はないかって聞いた時に」
「ああ、はいはい。いやね、次期大公が間もなく凱旋されるって話で」
「へえ、そりゃめでたい。たしか、次期大公と言えば…」
「東の帝国との小競り合いに駆り出されたのが2カ月前でしたかね。長引くんじゃないかと言われてましたが、うちの国の領主様達はよっぽど腕に覚えのある方ばかりなんでしょう、早々に戦果を挙げて、何組かは一度領地に帰られるって話でして」
「はは、頼もしいやら恐ろしいやら」
「それで、大公家のロバート殿下率いる軍が、そろそろこのカントスに着く頃合いなんですよ」
「…」
「…リッド?」
「うん? ああ、いや」
リッドは町の外れの方に視線をやり、すぐに行商人に向き直る。
「そろそろってことは、今日?」
「ええ、夕方には。すでに、大公様の軍のスカウトがそこの礼拝堂に到着されてますよ」
「そうか。よし、ありがとう」
凱旋…。そうだ、そのためにパーティーは…。

行商人のお店を後にしてから、私たちは街外れの小高い丘の一角で座りこみ、一息ついていた。
「どうやら面倒なことになってるな」
「ええ、そうみたい」
「あれ、そんなに慌ててないな」
「ふふ、そうね。こんなことも、もう2度目だから。ひどい裏切りも一度経験してしまうと、案外平気になっちゃうのかしら」
「そう…かな? 俺は経験したくない話だなぁ」
「もちろんこんな思いしなくて済むならそれがいいわ。でも経験しちゃったもの。婚約は破棄されて、それを私の仕業にされた。これが現実みたい」
「やれやれ…」
リッドがごろんと寝ころび、空を仰ぐ。相変わらずの曇天が余計に私の気持ちを重くしていた。
「どうするかな…。エレナも、このままじゃ嫌だろ?」
「ええ。…それでね」
「うん」
「次期大公の凱旋を待ち伏せしようと思うの」
「…おお?」
「思い出したことがあるのだけど、私とデイビットの結婚のお披露目パーティーは、次期大公ロバート殿下が戻られてから行うというお話だったの」
「そうか。まあ、戦に出てたんじゃ仕方ないのかな」
「でもね、言い方は悪いかもしれないけれど、ロバート殿下がいらっしゃらなくてもパーティーくらい開けたと思うの」
「はは、パーティーくらいって!」
「ふふっ、ちょっと簡単に言い過ぎたかしら。それで、いつ戻られるかわからない方の出席を優先してパーティーの日取りが曖昧なままだなんて、不思議な話だと思わない?」
「そうだな」
「ここからは、もう可能性の話でしかないのだけれど、デイビットが私との婚約を破棄すること、ロバート殿下もご存知だったのではないかしら。だから、パーティーの日取りは自分が凱旋し次第だなんて曖昧にしておいた」
「ううん…そう、か」
「いずれにしろ、ロバート殿下は今回のことをご存知だと思うの。それで」
「それで、この町で待ち伏せして問い詰めてみたい、と」
「もう、そんな人聞きの悪い言い方!」
「はは、ごめんごめん。でも、そうだな、これは願ってもない機会だよな」
よし、とリッドが身体を起こして立ち上がる。
「じゃあ待ってみますか、次期大公の凱旋を!」
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