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6 その令嬢、少女を想う

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その日は、今の季節にしては肌寒く。
私は、主を失った部屋の片隅で椅子に腰掛け、ぼんやりと考え事をしていた。
これで上手くいくのだろうか。これで良かったのだろうか。他に手はなかったのだろうか…。
その役目は私でも良かったはずだ。むしろ、私の方が適任であったかもしれない。あんな獣のような男の元に嫁ぐのであれば、多少のわがままや感情そのままの発言ができた方がよいのではないか。その点については非常に得意だという自負がある。
後悔しているとは思わない、でも後悔としか呼びようのない、すっきりとしない気分。
コンコン。不意に扉がノックされた。振り返ると、立っていたのは使用人のマリアンヌだった。
「ミリアお嬢様、お時間です」
彼女はうやうやしくお辞儀をしたまま、私に移動を促す。
「わかったわ」
ため息まじりに返事をしてから私は姉の部屋を出た。

教養とは、結局のところ何のために身につけるのか。恥ずかしくない所作とは、誰の目線を気にしたものなのか。
私たちに必要なのは、気品ではなく機会なのではないかと考える。富や家柄を備えた誰かの元に行き、富や家柄を次の誰かにつなぐ。
ああ、その機会を得るための気品ということか。もっとも、そうね、これは大事よねと共感できるのは食事のマナーくらいだわ。
「お嬢様」
マリアンヌがひんやりした視線を向けてくる。集中できていないのがお見通しなのだろう。私の、私たちの幼い頃からの教育係。適当な話題で切り替えなくては。
「ねえマリアンヌ」
「はい」
「寂しいわね」
「ええ。寂しく、しかしながら、何と誇らしいことでございましょう」
「誇らしい…富が? 家柄が?」
「あのお心が、で、ございます」
「そう。私は、寂しいだけだわ」
「そのようなことをおっしゃらずに。すぐにお会いする機会もございましょう」
「それは…そうだけど…」
今日のマナーのお勉強は、その機会とやらを見越してのものだ。マリアンヌは続ける。
「この度のパーティーは次期大公様のご帰還に合わせて行われるとうかがいました。その折には両家揃っての盛大な宴とともに、我らがランバート家の美しき姉妹令嬢が、多くの注目を集めることでございましょう。そうですわ、その時にはお嬢様にとっての輝かしきご縁が始まる日になるやもしれません」
「あぁ…そうね…」
思いっきり気のない返事をしてしまった。
そんな私の態度にマリアンヌは眉をひそめ、続いてため息をついてから、今日はここまでにいたしましょう、と手を叩いた。

何となく庭に出て、花を眺める。咲き誇る薔薇の美しさもよくわかるけど、私は何気なく咲いている白詰草も好き。
そういえば、昔お姉様にティアラをプレゼントしたことがあったっけ。
お姉様。エレナ。
お姉様が大公家との婚約を進めると言った時、私はどうしたらよいのかわからなかった。
ガゼルフライデといえば確かにこのあたりで指折りの規模の領主であり、その後ろ盾を得られたなら、ランバート侯爵家は安泰とまでは言わないまでも、大きな不安を抱えることは減るだろう。
お父様の今朝のご様子は落ち着いておられたけれど、お医者様の見立てでは…。
ダメだわ、どんどん暗い気持ちになっちゃう。
「ミリア!」
「え…アーサー!」
門の方から声をかけてくれたのはレギウス家のアーサーだった。赤茶色の髪に白い肌。昔から変わらない細身の体型に、整った顔立ち…私とお姉様の大切な幼馴染。お姉様とアーサーは歳が一緒で、私は少し離れているけれど。
「こんにちは、今日は何かご用?」
「キミの様子が気になってね。その、エレナが行ってしまって寂しいんじゃないかって」
「そうだったの。ありがとうアーサー。そうね、寂しいわ。でもすぐにパーティーでお会いできるもの、どんなドレスを選ばれるのか楽しみだわ!」
「そうか、確かにそうだね」
「私より、あなたの方が寂しいんじゃない?」
「ああ、いや…。でも、これはエレナが決めたことだからね。古くから縁のあるレギウス家としては、エレナの決断をしっかり支えていかなくちゃね」
そう言ってアーサーは笑う。
でも私は知っている。お姉様はアーサーを。アーサーはお姉様を。きっと想いあっていたのだろうと。
付け加えるなら、私もまた、この人に対する想いがあるということを。
私は、知っていた。

そして。
エレナが婚約を破棄して大公家を飛び出したと聞かされたのは、アーサーと会った翌日のことだった。
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