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2 その少女、追放される
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「姉様ー!」
…呼んでる。
妹が私を呼んでいる。
振り返ると、ミリアが庭の草場を指差していた。
柔らかい栗色の髪、深い青色の瞳。姉妹なんだもの、私だって特徴はたいして変わらないのに、あなたは小さいころから皆に好まれる可愛らしさを持っていた。お母様譲りの大きな瞳がそう思わせるのだろうか。
ミリアはとても嬉しそうにはしゃぎながら手招きする。
何だろう?と誘われるまま近づいてみると、そこには美しく咲いたたくさんの白詰草がそよ風に揺られていた。
「姉様、これあげる。お花で編んだティアラよ」
「わあキレイ! ありがとうミリア」
「どういたしまして! ふふふっ」
その時の私は本当に嬉しくて、1人の姉として、あなたを守りたいと思ったの。ミリア。
ガタンっ!!
馬車が石を弾いたようだ。ガンとした振動で目が覚める。
ああ私、夢を見ていた。懐かしい記憶、色褪せない…。
物思いに耽る間もなく、馬車はゆっくりと歩みを止めた。どうやら目的地に到着したようだ。
狭苦しい馬車の扉を御者がガチャリと乱暴に開き、一言「降りろ」とだけ告げる。
言われるがままカバンを持ち馬車を降りると、そこは小高い丘のようだった。
時刻は夕暮れ、日が傾き地平線に差し掛かろうかというところ。少し肌寒さを感じさせる強い風が、草をサワサワと鳴らせている。
「ここまでだ。このまま少々歩けば屋敷に着く」
そう言って御者はこちらを振り返ることもなく、来た道に馬車を走らせていった。
ふう…。ため息すら重い。
カバンを抱え直し、目的の屋敷へ。
数刻前にずいぶんと派手に…そう、思い返せばまるで見世物の演劇のような展開で、私ことエレナ・ランバートは婚姻を盛大に破棄され、着の身着のままここまで運ばれた。
ああ、もうランバート侯爵家の者でもないのだった。もはや何者でもない、一人のエレナ。独りの。
そんな私が向かっている(向かわされている)先は、大公家の別宅の一つだ。「その辺で野垂れ死んでも俺様は一向に構わないがな」とはデイビットの弁だが、どうやらそれでは困る輩もいるらしい。その別宅で静かに過ごしてそのまま消えろということなのか、とにかく私はそこに向かうしかないのだった。
街の区画5つ分ほどの距離を歩いたころだろうか、平原のはずの丘に唐突に太い幹の巨木が何本も現れた。
先ほどから吹き続けている強風がザワザワと枝を揺らす。その向こうに、うっすらと明かりが見えた。
ああ、あそこに建物があるのだな。
特に嬉しさを感じることもなく、そのため歩調も一切変えることなく、私は木々が形作った天然のトンネルを進み、やがて玄関に辿り着いた。
「なんて古めかしい…」
改めて建物を見上げると、ずいぶんとボロ屋だ。ランバートの屋敷もそれなりに年季が入っていると感じてはいたが、ここはまさに老朽化という言葉が相応しい、いつか嵐の夜に倒壊するのではないかと感じさせる出で立ちだった。
「なんだか、とんでもない場所に追いやられたわね。ゴーストでも住んでいるのかしら」
苦笑もそこそこに、再びため息をつきトビラをノック。先ほど明かりが見えたのだから、誰かが住んでいるはずだ。
2回、3回と繰り返すと、ガチャリと錠前が外れた。
ギシシシと音を立てながら扉が開き、現れたのは若い男だった。
想像していなかった相手に、毛先から爪先までジロジロと見てしまう。高身長に、この地方では珍しい黒髪。ボロボロのシャツに薄汚れた長ズボンと靴。しかし口元というか目元のあたりまでローブか何かで隠している。
そんなものを巻いているせいだ、男は少々くぐもった聞き取りづらい声で、
「ああアンタか、あのクズに捨てられた没落令嬢ってのは」
と、明け透けに言い放ったのだった。
…呼んでる。
妹が私を呼んでいる。
振り返ると、ミリアが庭の草場を指差していた。
柔らかい栗色の髪、深い青色の瞳。姉妹なんだもの、私だって特徴はたいして変わらないのに、あなたは小さいころから皆に好まれる可愛らしさを持っていた。お母様譲りの大きな瞳がそう思わせるのだろうか。
ミリアはとても嬉しそうにはしゃぎながら手招きする。
何だろう?と誘われるまま近づいてみると、そこには美しく咲いたたくさんの白詰草がそよ風に揺られていた。
「姉様、これあげる。お花で編んだティアラよ」
「わあキレイ! ありがとうミリア」
「どういたしまして! ふふふっ」
その時の私は本当に嬉しくて、1人の姉として、あなたを守りたいと思ったの。ミリア。
ガタンっ!!
馬車が石を弾いたようだ。ガンとした振動で目が覚める。
ああ私、夢を見ていた。懐かしい記憶、色褪せない…。
物思いに耽る間もなく、馬車はゆっくりと歩みを止めた。どうやら目的地に到着したようだ。
狭苦しい馬車の扉を御者がガチャリと乱暴に開き、一言「降りろ」とだけ告げる。
言われるがままカバンを持ち馬車を降りると、そこは小高い丘のようだった。
時刻は夕暮れ、日が傾き地平線に差し掛かろうかというところ。少し肌寒さを感じさせる強い風が、草をサワサワと鳴らせている。
「ここまでだ。このまま少々歩けば屋敷に着く」
そう言って御者はこちらを振り返ることもなく、来た道に馬車を走らせていった。
ふう…。ため息すら重い。
カバンを抱え直し、目的の屋敷へ。
数刻前にずいぶんと派手に…そう、思い返せばまるで見世物の演劇のような展開で、私ことエレナ・ランバートは婚姻を盛大に破棄され、着の身着のままここまで運ばれた。
ああ、もうランバート侯爵家の者でもないのだった。もはや何者でもない、一人のエレナ。独りの。
そんな私が向かっている(向かわされている)先は、大公家の別宅の一つだ。「その辺で野垂れ死んでも俺様は一向に構わないがな」とはデイビットの弁だが、どうやらそれでは困る輩もいるらしい。その別宅で静かに過ごしてそのまま消えろということなのか、とにかく私はそこに向かうしかないのだった。
街の区画5つ分ほどの距離を歩いたころだろうか、平原のはずの丘に唐突に太い幹の巨木が何本も現れた。
先ほどから吹き続けている強風がザワザワと枝を揺らす。その向こうに、うっすらと明かりが見えた。
ああ、あそこに建物があるのだな。
特に嬉しさを感じることもなく、そのため歩調も一切変えることなく、私は木々が形作った天然のトンネルを進み、やがて玄関に辿り着いた。
「なんて古めかしい…」
改めて建物を見上げると、ずいぶんとボロ屋だ。ランバートの屋敷もそれなりに年季が入っていると感じてはいたが、ここはまさに老朽化という言葉が相応しい、いつか嵐の夜に倒壊するのではないかと感じさせる出で立ちだった。
「なんだか、とんでもない場所に追いやられたわね。ゴーストでも住んでいるのかしら」
苦笑もそこそこに、再びため息をつきトビラをノック。先ほど明かりが見えたのだから、誰かが住んでいるはずだ。
2回、3回と繰り返すと、ガチャリと錠前が外れた。
ギシシシと音を立てながら扉が開き、現れたのは若い男だった。
想像していなかった相手に、毛先から爪先までジロジロと見てしまう。高身長に、この地方では珍しい黒髪。ボロボロのシャツに薄汚れた長ズボンと靴。しかし口元というか目元のあたりまでローブか何かで隠している。
そんなものを巻いているせいだ、男は少々くぐもった聞き取りづらい声で、
「ああアンタか、あのクズに捨てられた没落令嬢ってのは」
と、明け透けに言い放ったのだった。
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