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第3話 昔からの友達と焼き魚をいただきます 前編

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まだまだ風は冷たいけれど、日が照らす時間が少しずつ延びてきた2月下旬。カレンダーを見るともう3月はすぐそこだ。
他の月よりも2日3日少ないだけなのに、毎年のように2月は短いなあと感じてしまうのは何故なのだろう。
同時に思い浮かんだのは、私はもうすぐ3回生になるんだな、という漠然としたイメージだった。それも、希望を抱くというよりは、不安を撫で回すような。
うちの大学は3回生からゼミを決めなきゃいけないし、同時に行きたい業界の先輩に聞き取りとかインターンとか、卒業後の話も出てくるし…うーん、考えることが増える…。
そして私は21歳になる。20歳になった時は嬉しかったし、待ちに待った飲酒デビューができて感無量だったのだけど。

「21歳って、なんか凄いオトナ感」

女子高生時代など、すでに古の記憶となりつつあるなあ。
独り言のついでに頬杖をつき、ため息を一つ。カウンターには飲みかけのビールジョッキ。こうしてみると、すでにオトナになったんだな。
そんな物思いに耽る私の思考を蹴破るように、男の人の、低く、唸るような声がした。

「おいテメエ、今何つった」

あーあ、スイッチ入っちゃったなコレは。
その言葉は私の独り言に向けられたわけではない。彼の隣に座る別の男性に言い放たれたものだ。

午後7時を少し過ぎたころ、相変わらずの食堂かがみの店内が、一瞬にして険悪な空気に染まっていった。

「まったく、お前の耳は飾りか? だから、コンビニのおにぎりはツナが最高であり到達点だと言っている」
「何だとコラァっ!! ふざけたことぬかしてんじゃねえぞモヤシがぁっ!!」
「やれやれ、早速外見の批判か。おにぎりの具という本題に触れもしない発言は、すでに反論ですらないからな。よく考えてから発言しろ、この脳筋め」
「脳筋とは何だ脳筋とは! 脳みそが筋肉なわけねえだろ!」
「おお、その程度の知識はあるんだな。安心したよ」
「おちょくるのもいい加減にしろや!!」

叫び声の主が立ち上がった勢いで、イスがガタンというけたたましい音を立てて倒れた。

立ち上がったその人…タケくんこと猿渡猛行(さるわたりたけゆき)くんは怒りで顔を真っ赤にして、もともと真っ赤な髪を振り乱しながら話し相手であるケンちゃん、つまり犬童健介(いぬどうけんすけ)くんに今にも掴みかかりそうな勢いで迫っている。

浅黒い肌に筋肉質の身体、太い眉毛がトレードマークのタケくんが声を荒げているが、そんな彼の威圧ぶりをまったく意に介することなく、ケンちゃんはサラッサラの黒髪をサッとかき上げてから、冷ややかな視線をタケくんに返した。もともと切れ長の目が、さらに鋭さを増している。
タケくんがモヤシと表現したように、ケンちゃんはスラリと細い。そのため、今お店で起きている状況は明らかにガラの悪い人が気弱そうな人に絡んでいるという図式なわけで。
ちょっと通報したくなる。
さて、今日はどうなるかなー? とうとう殴り合いになっちゃうのかなー?
はい、私こと高木由良はただいま心の中で実況に徹しています。カウンターでビール片手に、しらすと春菊の和物をつまみながら。

「いいか健介。おにぎりは、鮭だ。鮭こそ最強なんだよ!」
「最強だと? 妙な評価の仕方だな猛行。料理に強いも弱いもあるものか」
「そんな話はしてねえよ!」
「そんな評価をしただろう」

鼻息の荒いタケくんの顔を見ようともせず、ケンちゃんは軽くため息をついてから、気を取り直すようにお酒を一口。日本酒飲んでる姿がめちゃくちゃ似合っている。

「表出ろや健介。今日はもう、いろいろ白黒はっきりさせようじゃねえか」
「お断りだ」
「おいおい、逃げんのかよ」
「お前相手にか? よくできた冗談だな、おもしろいよ」
「テメッ…!」

タケくんがケンちゃんの肩をガッシリと掴もうとする。ヤバい、これはダメなヤツ!

「わー! ちょっと! ちょっとストップ!! 本当にケンカするつもり!?」

私はとうとう声を張り上げ二人に近づいた。本当に殴り合いになってはダメだ。

「あぁ? って、由良じゃねえか」
「こんばんわ、由良。いつから来てた?」
「いつから来てた?じゃないよ! 30分以上前から近くに座ってたの気付いてなかった? 二人とも、なんかゲームの話で盛り上がってたけど」
「おー! へへへ、そうなんだよ。やっぱ格ゲーは最高だなって話をだな」
「同感だ。一瞬の操作ミスもなくし研ぎ澄ますことで、さらなる高みに昇ることができる体験は何物にも変え難い」
「あ、そう…」

急にニコニコしちゃって、毎度何なの、このコンビ。
二人はともにこの商店街近くの出身で生まれた時からの幼馴染だ。基本的にはとても仲が良いのだけれど、その反動なのか意見が合わなかった時のケンカも凄まじい。
私が二人と出会ったのは小学生の時で、祖父の家に帰省していた時に近くの公園かどこかで出会ったのだろう、いつの間にかお盆や正月は親戚だけでなく二人に会うのも当たり前になっていた。

「まあ座れよ、一緒に呑もうぜ」
「はーい」

倒れたイスを戻し、タケくんが隣の座席を勧めてきたので移動することにする。
あ、ちゃんと断りを入れないと。

「覚さんすいません、席、移動してもいいですか?」

声を掛けるが、やはり返事はない。
どこかに行ってしまったわけではなく、覚さんはちゃんとそこにいて、今日もおいしい料理を作ってくれている。しかしその視線がこちらに向くことはない。
何故なら覚さんは今、七輪で魚を焼いているからだ。
昔、「焼き魚を調理する時は目が離せないんです」と覚さんは申し訳なさそうに説明してくれたことがあったけど、まさかここまで集中するだなんて、初めて見た時は本当に驚いた。
覚さんはさっきから瞬きしてないんじゃないの、っていうくらい真剣な表情で焼き魚と七輪の火加減を注意深く見つめている。
そのかわりに存在しているのは、焼きたての魚が振り撒く食欲をそそる匂いだった。
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