献身聖女が癒したものは

朝雨

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第八話

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「はあ、困ったな…」

リゲルがカインスから命令を受けて1週間が経った。

図書室の奥の隅、未整理だった資料を広げながらため息をつく。

「資料って言っても、何のためのものか判読できない通達書とか、よくわからない会報の切り抜きとか…ここから手がかり探せって言われても無理だよ…」

眉毛を八の字に曲げながら突っ伏し、頬を机に貼り付けると冷んやりと心地が良い。
ほんの少し冷めた脳を、リゲルは再び回転させる。

この図書室に来て以来、整理整頓は欠かさず行なってきたし、目立つ装丁のものはきちんと目を通してきた。その中で魔女と結界の話を目にした記憶はない。

(魔女か…聖女じゃなく。
癒しの力がどんなものかは、この国に来る前から何度も聞いた。実際にあの光景を目にするまでは半信半疑ではあったけどさ。ホントに治っちゃうんだもんなあ…それってどういう理屈?
…まあいいや、それより魔女さん。今までそんな人が国にいたっていうなら、聖女さんと同じくらい、いろんな逸話が残ってると思うんだけどな…。)

「だいたいこの資料って何のためのものなんだろ。もしかして本気でただの趣味とか暇つぶしの結果なんじゃ…王様に聞いてみたいけど、最近お姿を見かけないし」

いつの間にか言葉が口から出ていた。
ハッと気づき、口を閉じ、ついでに目も閉じて眉間に皺を寄せたあと、脱力。
肝心の情報は見つかっておらず、焦りが募るばかりだった。

そうしてだんだんと気が重くなってきた午後。
ガチャリと扉が開く音がして、リゲルは思わず身を縮めた。

きっとカインス様が催促にやってきたに違いない。

どうしよう、何も答えられない…このまま隠れていようか。
いやいや、それじゃ仕事を怠けているようじゃないか?
うう、ツラい…。

しかし次の瞬間聞こえてきたのはあの威圧的な声ではなかった。

「リゲルさん」
「そ、ソフィアさん!」

振り向くと、そこにいたのはソフィアだった。
脇に本を抱えてたたずんでいる。

「あぁー、良かったあぁぁ…」

その姿を確認して、リゲルはヘナヘナと座り込む。

「まあ、大丈夫ですか? どこか調子が悪いなら私が…」

心配そうな顔をするソフィアを制しながら、リゲルは苦笑いを浮かべつつ答える。

「ごめんなさい、カインス様が怒りに来たのかと思っちゃって」
「何かあったの?」

心配そうな表情を浮かべるソフィアの様子に、そうか何も聞いていないのかと気づき、ちょっと命令を受けてるだけですと適当に誤魔化した。

「そ、それよりソフィアさん、今日はどんなご用事で?」
「本をお返しに。リゲルさんに選んでもらった物語、とてもおもしろかったわ。だから、他のものも読みたいなと思ったの」
「物語ですね、任せてください! ここには読んでるだけでワクワクドキドキできる本がまだまだありますよ! 読み終えた次の日には早速出かけたくなるような冒険譚がたくさん!」

そういう依頼は大得意だ。物語集は率先して読破してきたのだから。
胸を張るリゲルの姿にソフィアはニコリと微笑んだ。

「素敵ね! 私はこのお城から出られないから、もっとたくさん本を読んでいろんな風景を知りたいわ」
「え? ソフィアさん、出られないんですか?」
「カインス様からそう言われているの。私はあの塔で過ごしているわ」
「そうだったんですか…」

そんなことしなくたってソフィアさんは逃げ出したりしないと思うけどな…。

言葉には出さずに、とりあえずオススメの物語集を取りに向かった。


ソフィアが塔に戻った後、再び未整理資料を広げるリゲルだったが、ソフィアの言葉が引っかかり、作業がなかなか進まない。
何も悪いことはしていないのだし、閉じ込めなくたって…。

「まったく、カインス様もちょっと横暴すぎるんじゃないかな!」
「私がどうしたと?」
「ひいっ!?」

冷や汗をどっと溢れるのを感じながら振り返ると、カインスが仏頂面で立っていた。
ああ、やってしまった…。

「か、カインス様、申し訳ありませんなかなか見つからず魔女が結界で」

リゲルはしどろもどろになり、言葉がうまく整理できない。

その様子を見たカインスは、特に表情や態度を変えることなく告げる。

「私は明日から5日間、隣国との会議に出席する。戻り次第、魔女に関する資料を提出するように」
「は、はいっ…!」

用件だけ言うとカインスはさっさと部屋を後にした。

ああ、締切が決まってしまった…リゲルの表情が一気に暗くなる。
と同時に、一つ閃いたことがあった。

「ソフィアさんを街に連れ出すチャンスじゃないか…?」
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