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Episode5

蚊帳の外の勇者

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「ほう」

 と意外にも一番に食いついたのはルージュだった。思えばピオンスコの無垢さに絆されてフランクな関係性になっていたが、ルージュはオレに対しては尊敬の態度をとるように皆に指導していた立場だから無理からぬことなのかもしれない。

「それは名前じゃなくて肩書で呼ぶって事?」
「そうですね。ルージュさんみたいに主とか、ご主人様みたいな呼び方がよろしいのではないかと思いますが」

 ご主人様なんて呼ばれ方をされてオレはつい身体が痒くなってしまった。狼の姿のまま、後ろ足で首のあたりを掻く。

「ズィアル…という名ではダメなのか?」
「勿論、それに統一するのも手です。しかしそれはザートレさんがお考えになった名前でしょう? ザートレさんの趣味嗜好を知っている者ならば、気が付くまでは行かずとも勘ぐられる要素にはなるのではないでしょうか?」
「そうだな。それにセムヘノの街で緊急回避的にとは言え、ノウレッジとかいう魔王の臣下には不審の種を蒔いちまっている。アレから大分たっているからザートレと言う名前の冒険者がいるって事は奴らには共有されているとみていいんじゃないか?」
「それは…確かにそうかもしれんが」

 オレは特に理由なく反論を考えるが、いいものは出てこなかった。確かに疑われる可能性は毛一本ほどであってもなくしておきたいのが本音なのだから。
 
 しかし、その論法ではオレは呼称に関して一切アイデアが出せないことになってしまう。

 するとオレ以外の女子たちが呼び名について議論をし始めてしまった。

「やはり、ご主人様というのが妥当では?」
「狼の時にもか? 三つの姿で共通の呼び名だったら少し考えないと」
「ル、ルージュさんに合わせて主様のほうがいいんじゃないでしょうか?」
「うむ。実に殊勝な判断だ、ラスキャブ」

 などと思い思いの事を言っていく。その中でピオンスコだけが未だに沈黙を貫いて思案にふけっていた。

 その様子に何らかの嗅覚が働いたアーコが意見を聞いた。

「ピオンスコ、何か良いのが思いついたか?」
「うーん。全部堅苦しくてやだなあって」
「じゃあどんなんがいいんだよ」
「そうだなぁ……『お兄ちゃん』は?」

 場の空気が強張った気がした。それを元に戻したのはやはりアーコのいやらしい笑い声だ。腹を抱え、何とか高笑いをするのを我慢している。

「いいね、採用」
「ホント!?」
「おい、何を勝手に決めている」
「いいじゃねえか。物は試しだろ? 一人ずつ呼んでみようぜ」

 アーコは指を一つならす。するとオレの身体は否応なしにフォルポス族の姿にされてしまった。
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