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Episode5

心配される勇者

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「ザートレさん、大丈夫かな…」

 船を下り、確かな大地を踏みしめたラスキャブは湖の向こう側へ視線を送りながら心配を惜しみなく乗せた声で呟く。彼の強さを疑う事は微塵もないが、あの巨体を誇るレイク・サーペントが相手となると今までのように楽勝は難しい気がしてならない。直前で克服していたが船酔いだってしている。陸地での頼りがいは若干薄れていたこともラスキャブの本音だった。

 しかし、すぐにその心配を霧散させるような無邪気で明るい声と冷静沈着なのに温かみのある声で励まされる。

「大丈夫だよ。ルージュさんもアーコさんもついてるんだから」
「ええ。あの三人が協力したなら敵なしですよ。協力できたらですけど」

 協力という言葉を強調したのは、ルージュとアーコの関係だろうとラスキャブはすぐにピンと来た。すると微かな笑いが出てしまい、閊えていた心の重荷がほんの少し軽くなった気がした。

 ピオンスコとトスクルが傍にいてくれる事が心強い。記憶を失っていてもそう思えるのだから、きっと本来はもっと仲が良かったのかも知れない。自分でも多少は気をつけているが記憶をなくしているという負い目や、そもそも記憶がないせいで付き合いがリセットされている事も相まって二人には溝を感じてしまうのだ。

 だからラスキャブは実を言えばこの『螺旋の大地』には少し期待している。自分の記憶を取り戻せる何かがあるんではないかと。

「三人とも、少しいいか?」

 その時船から降りてきたトマスが三人に声をかけてきた。

「無事に『螺旋の大地』に辿り着けた。が、ここは魔王たちの本拠地。こんな外れの浜辺に人目があるとは思えないが、万が一にも感づかれることは避けたい。なので船のカモフラージュをしたい、協力してくれ」

 そう言って指さした方角を見る。沿岸にまで草木が伸び、生い茂っている場所がある。そこに船を隠すつもりだ。

 だが、それにトスクルが疑問をぶつけた。

「隠す必要があるのですか? トマスさんとジェルデさんはこれから他の港に向かうのでしょう?」

 そう。確かに当初はそう言う計画だった。ザートレたちが船を途中下船しなければ、自分たちは体制を整え、魔王の城へと向かう手はずだった。

「それについてはジェルデと話し合った。流石にこのままお前たち三人を残していくのは不義理が過ぎる。私達には彼らが到着するまで、お前たちを守る義務だってある」
「必要ありません、と言っても無駄ですね」
「ああ。ジェルデが敵陣のど真ん中に三人を残すなんて薄情な真似はしないだろう。私はともかくな」
「それでしたら一つ提案があります。いいでしょうか?」

 トマスほどの実力者に対しても物おじせずに意見を述べられるトスクルの態度に、ラスキャブは尊敬の念を抱いた。アーコの能力で大人になっているのも頼りがいを感じる要因だろう。するとその時、頭の中に見覚えのない記憶が断片的に再生された。
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