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Episode4

思い出す勇者

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「急げっ!」



 オレはそう叫ぶと、船尾から思い切りよく飛び出した。その寸前にトスクルが何か言ったような気がしたが、うまく聞き取ることはできなかった。



 すぐに湖面に氷を張って迎撃態勢を取る。先ほどはああ言ったものの、改めてレイク・サーペントと対峙するとそのあまりの巨大さに武者震いが出た。その震えごと剣の柄を強く握りしめた。



そのまま剣を横に構えると、逆薙ぎの要領で風を起こす。それは湖面の水の飲みこみながら進み、やがては大波となってレイク・サーペントを迎え撃つ。だが、これはただの布石だ。波に正面からぶち当たっても尚、それを砕いて進んでくる敵にめがけて、オレは小手を返して今度は氷の魔力を込めて剣を横薙ぎに振るう。



 扇状に波が凍り付き、著しく奴の動きを制限する。何とか船が逃げおおせるだけの時間は稼げるだろう。



「で? 次はどうすんだよ」



 隣に急に現れたアーコが分かり切っている事を聞く。体が氷に覆われながらもレイク・サーペントは依然として暴れ続けており、氷瀑にはどんどんとヒビが入っていく。



「長くは持たないだろ、アレじゃ」



「ああ、わかっているさ。だから…斬る」



「だろうな。そんなザートレに二つほどプレゼントを持ってきたぜ」



「プレゼント?」



「ほら」



 そう言って小瓶を一つ投げてきた。中には黒くさらさらとしている液体が入っている。



「これは…?」



「こういう事もあろうかと思ってな。ピオンスコの尻尾の毒を分けてもらってたんだ。とはいってもあんな巨体は想像してなかったから、どれほど効くかは分かんねーけど」



「いや、使えるな」



 少量とは言え、ピオンスコの毒の威力は折り紙付きだ。アーコの懸念通りあれほどの巨体を誇るレイク・サーペントを即死させることはできずとも、かすり傷を致命傷に変えるだけのポテンシャルを秘めている。なんにせよ攻める手数が増えるのは単純に嬉しいことだった。



「それで、もう一つのプレゼントってのは?」



「もう一つのプレゼントは…俺だよ」



「…は?」



 悪戯に笑うアーコは、そのままがばっとオレの左腕に抱き着いてきた。



「何をっ!?」



 というオレの問いにアーコは答えなかった。すでにアーコの姿はどこにもなく、代わりに左手首に見たこともないブレスレットが巻かれていた。それがアーコが変身したものだとはすぐに知れた。



 肝心なのはそのブレスレットからは溢れんばかりの魔力が出てきているということ。この蠱惑的で絶大な潜在能力には既視感がある。



 そう。



 魔王の城で討たれた後、生まれ故郷の村の近くで目覚めた時の事。



 オレはいつかルージュを始めて握ったときの、あの言葉にできない高揚感を思い出していた。
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