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Episode4

実験する勇者

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 魔王の人形に知恵があるのか、それとも術者が指示を出しているのかは知らないが先に見せた広範囲に有効な攻撃魔法を使うそぶりはなかった。いかんせん味方との距離が近すぎるのだろう。魔力で作った黒々とした弧状の刃を放射したり、爆発でできた家屋の瓦礫を魔法で投擲するようなスタイルで応戦し始める。



 すぐさまラスキャブとトスクルがピオンスコを庇うような動きを見せ、前へと躍り出る。



 瓦礫による物理的な攻撃はラスキャブが、黒い刃による魔法攻撃はトスクルが対処をして戦場を縦横無尽に駆け回って隙を探している。短い期間だったが、並み以上の相手と戦ってきたこの三人は目に見えて戦いのレベルが上がっている。元々のポテンシャルも十分に影響しているだろうが。



 傍目には情けなく映るかもしれないが、戦闘の一切を三人に任せて狼の姿で大回りに戦場を走っていた。当然ながらこれには訳がある。



 今回の戦闘で試したい要素が大きく分けて二つあったからだ。



 一つはアーコが提案してきたテレパスによる情報統率の一種。具体的には思考と同じくあるものを共有させるというモノ。それは即ち全員の視界だった。アーコは小さな体躯と飛行能力を活かしてオレ達の上空に位置を取る。そして自分の見ている光景をオレ達にそのまま伝達してくれているのだ。



 だから今、オレ達の脳裏には自らの目で見ている光景とアーコが上から見てくれている光景の二つが投影されている。戦場を上から俯瞰で見るというのは、細かな作戦を立てるのがバカバカしく思えるほどの利点があった。敵の位置や死角で何をしているのかなどが丸わかりになるし、第三者の視点で自分を見ていると驚くほどに柔軟な発想が生まれて、動きの切れが良くなっていくのが分かった。



 アーコ曰く、かなりの精密な魔法操作が要求されるのでテレパシーに関与することはできなくなるそうだが、幸いなことに同等の精神感応魔法を扱える魔術師がオレ達のパーティにはもう一人いる。戦闘の下準備としては反則級の状況を作り出すことができていた。



 そしてもう一つの実験。それはオレの狼になった時の体質を確認することだ。



 地下通路で発覚した、変身した際に自分の体質の変化。魔法に疎く、精々剣を触媒に攻撃力を上げるというような武骨な使い方しかできないはずのオレが、剣技を著しく損なう代わりに反転などと言う達人レベルの魔法操作を難なくこなし、しかもルージュの剣としての性質に本能的に気づいたりして見せた事実。



 フォルポス族としてのオレは豪剣によって押し通すパワータイプ、魔族に変容したオレは火と氷の魔法を扱う変則的な魔術師。ともすれば最も野生に近い狼に変じている今のオレにも他の二つの姿とは違う特性があると考えるのは普通の事。本心で言えばこんな窮地ではなく、街外にいる適当な魔物にでも試したいところだが、この緊張感は反っていい方向に働くかもしれないと思ってもいた。
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