上 下
190 / 347
Episode3

気が付く勇者

しおりを挟む
 エンヴィジョン…。



 やはり聞き覚えがない。しかし、先程からオレの中で既視感が波濤のように押し寄せている。にも拘らずこの女の正体がまるで掴めずにおり、その不明瞭さは苛立ちに変わりつつあった。



 そして。



 記憶の中の三人の男達は着実にエンヴィジョンを討つための支度を整えている。先頭の男が跪き、忠誠を誓うような素振りを見せた。その左手は腰に添えるように見せかけて後ろから武器を貰うための構えになっている。



 地に膝をつくのとほぼ同じタイミングで後ろにいた男の一人が短刀を投げる。前後の二人の息がぴったりだったので、エンヴィジョンからは完全な死角になっており気付いた様子を見せていない。



 それと同時にもう一人の男が怒りに身を任せて無謀な突進を仕掛けた、ように見える攻撃に転じた。下段からの振り上げての一撃はやはり先頭の男の位置をうまく利用して死角からの奇襲を成立させている。二段構えで仕留める算段だ。



 もっとも下段からの一撃はエンヴィジョンの杖により防がれてしまった。だがそれは大きな問題とはなっていない。



 むしろ左方からの奇襲に身体が反応していまい、目の前で跪く男が完全に意識から外れている。男は全身をバネのように跳ね上がり、左手の短剣を最短距離でエンヴィジョンの喉へと刺しだす。スピードもきっかけも完璧だ。この三人は勝てなかったと知っているオレでさえも、決まったと確信を得んばかりの太刀筋だ。



 しかし、次の瞬間に目に移ったのは不敵に笑う顔と、こちらの全てを否定するかのような冷淡な嘲笑だった。



「ばァァか」



 そしてルージュ達が見せてくれた記憶の断片はここで途切れた。男達が『囲む大地の者』から魔族へと強制的に改造されてしまったという事だろう。



 ラスキャブ達も記憶を通して三人組の心に触れたせいか、少々青ざめた顔をしている。



 だがその中でオレだけの反応は違っていた。エンヴィジョンと名乗る女が最後に見せた笑みと声…その二つの要素のお陰で抱えていた正体不明の靄が一気に晴れた。



 そして、その晴れた視界の先に浮かんできた名をオレは咄嗟に口にしていたのだ。



「あの女……バトンだったのか……!?」



 そういって驚きを露わにするオレを見て全員が目を丸くしていた。傍目には滑稽な程に呆けているだろう。しかし、殺したいほどに憎んでいる相手とは言えども、かつて互いに研鑽を高め合い、その上パーティの中で唯一の同性として親しんだ男が姿ばかりが性別さえ変えていたというのに、一切の動揺も抱かない方がどうかしていると言えるだろう。
しおりを挟む

処理中です...