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Episode2

一驚する剣

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「・・・行ったか」



 敵意こそなかったが、アレにはこちらを陥れようとする悪意の片鱗を見た。関わり合いにならなくて正解だろう。向こうも大人しく引いてくれたのは幸いだった。



 そして奴の去り際にラスキャブが妙な反応をしていた事を思い出す。何事かと尋ねようかと思ったら、ピオンスコに先を越されてしまった。



「ねえ、ラスキャブ。さっきあの人が名乗った時、なんか言わなかった?」



「え? ああ・・・うん」



 とにかく留まっている必要もないし、路地を移動しながらラスキャブの話に耳を傾ける。



「それでラスキャブ、何に気が付いたのだ?」



「その・・・ノウレッジさんと名乗りましたけど、私の能力で見えたは別の名前だったので」



 私はピオンスコと一緒にハッとなった。そう言えばピクシーズとの戦いの報酬によってラスキャブには『目視したモノの名前がわかる』という能力が備わっていた事を思い出す。当初は使い道を色々と模索していたが・・・なるほど。相手が偽名を名乗った際にそれを見破れるというのは盲点だった。それどころか見るだけという条件なら変装や擬態などしていても看破できる可能性がある。近いうちにどの程度なら見破れるのかを検証する必要があるな。



 だがそのお蔭で分かったのは、やはりあのノウレッジという女が胡散臭いという事。偽名を使わなければならない状況は得てして悪意があるときだ。



 改めて私が分析などをしている中、お構いなしにピオンスコが尋ねる。



「じゃあさ、本当の名前はなんていうの?」



「ええとね・・・」



 そして。



 おどおどとした様子でラスキャブが口にした名前に私は驚愕する。



 私の動揺は容易く二人に伝わったようで、ひどく心配させてしまった。しかし、それほどまでにゆくりない者の名前だったのだ。



 一体どういうことだ? 何故、あの者の名前が出てくる。いや、そもそも主の記憶と容姿がまるで違う。名前が一致しただけの偶然か・・・可能性としてはそれが一番高いが。だが魔族に付けるにしてはかなり違和感のある名前だ。



 目まぐるしく思考が千変万化してく。



 いち早く主にこの事を伝えたいが、噂話の真相を確かめると意気込んでいたから戻るのは遅くなるかもしれない。ギルドに出向く手もあろうが、やはり魔族だけで『煮えたぎる歌』に赴くには少々リスキーだ。時間的にもすでにギルドを出て町中を散策している頃だろう。歯がゆいが宿で帰りを待つのが最も早く、確実に会えるはず。



「ル、ルージュさん? 大丈夫ですか?」



「すごっい怖い顔してるけど」



 腫れ物に触るかのように、二人が恐る恐る私の事を気にかけてきた。



 焦っても仕方のないことだ。



 丁度良く、ラスキャブの能力を検証するという名分もあるし、それに主が気を聞かせて私たちに休息を与えてくれたのだから、せめて二人にはこの時間を楽しませたい。



「いや、何でもない」



 私は二人にそっと手を添えて歩き始めた。



「ラスキャブ、ピオンスコ。私も買い食いに付き合おう、美味い物を教えてくれ」



 そういうと、二人は晴れやかな顔になり走り出さんばかりの勢いで私の手を引いたのだった。
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