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Episode1

落胆する勇者

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 メカーヒーは感謝の言葉と共に満面の笑みを浮かべながら、オレに報奨金として金貨を渡してきた。普通、そんな堂々と報奨金を払う事などない。商人は総じて契約外のところで出て行く金を嫌うし、他のパーティとの兼ね合いもある。



 けれども、メカーヒーの行為に異を唱える者はいなかった。



 仕方がないので貰えるものは有難く貰う事にする。まだ十日近くは共にいる面子なのだ。その内に施しが出来る機会も来るだろう。



 再び殿を任されて、商隊は再び出発する。馬車の縁にドリックスの肉を吊るして血抜きをしながら進んで行くので、道には物騒な血の跡が点々と残っていた。早いところこの辺りに雨が降るのを祈るばかりだ。



 ◇



 揺られる馬車の中で、オレはアーコの言葉の意味を考えていた。



『やってみれば分かる』



 という言葉通り、封じられた力を返して貰い完全無欠の状態でルージュを使ったことで気が付いたことが一つある。そう思ったところで、アーコが語り掛けてきた。



(気が付いたかよ?)



(このままじゃ・・・魔王に勝てない)



 落胆に染まった声音で返事をすると、すぐさまにルージュが会話に加わってきた。



(それはどういうことだ?)



 思えばオレがルージュの魔法に蘇ってから、ルージュを本気で開放して戦う機会はこれが初めてのことだった。ルージュに力を封印されてから少なからず戦闘を熟して経験値を上乗せできたというのに、力の上達が微塵も実感できない。



 かつてのオレの持っていた実力が戻ってきた上でルージュを使っている、ただそれだけの状態だ。



 それはつまり・・・。



(…実力をリセットして鍛え直したとしても、意味がないという事か?)



 ルージュが答えをまとめてくれた。つまりは、そういうことになる。



 するとアーコの笑いの混じった声が付け足すように聞こえた。



(ザートレの実力の半分以上は試練の加護によるんだろ? だったら力そのものを封じたって無駄だ。それが戻ってくる肉体はそのものが変わっていないなら特に意味はない。力の上限は決まっているんだからよ。何度同じ山に登ったところで、山の高さが変わる訳じゃない。それより高みに行きたいなら、もっと高い山を登り直すしかねえのと同じ理屈だ)



((・・・))



 オレとルージュは唐突に突き付けられた現実に言葉を失った。



 それでもオレはプラスに考えることにした。



 上限が決まっているということは、今後は元の実力を封じる必要がない。更にルージュを振るう事が出来ると言うのは、魔王に挑んだ時と比べてかなりの強化されているのは事実だ。それに考え方を変えれば、この段階でその事実が判明したことを喜ぶべきことでもあるはずだった。



 それに気が付かずに妄信して、取り返しのつかないタイミングで発覚するよりも数段マシだ。



 そして何より・・・。



 アーコの話を聞いて、オレの心の中に妙に引っかかるものがある。机上の空論に過ぎず自分の中でもまともに形にすらなっていない。それは喉まで出かかっているのだが、具体的な言葉となって出てこない。



 それでもこの兆しはこの状況を打開して魔王を討伐するための奇策となる。そんな予感だけが漠然としてあったのだ。
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