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Episode1
登録する勇者
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しんっと静まり返る連中を尻目に、オレは受付の男に向かってツカツカと歩み寄った。
「オレが迂闊だった。魔族の女を侍らして来ようものなら反感を買うことは予想できたのにそれを怠った。考えが浅かった事と騒ぎを起こした事は謝ります。だが魔族を連れているのには訳がある。それに…それだけで己惚れる程腑抜けてもいないし、何より『煮えたぎる歌』の名前を汚そうとはこれっぽちも思っていない」
唖然としながらオレの声を聞いていた男は、まじまじとこっちを見た。そしてコップに結露した水滴が滴り落ちるような早さでもって、じわりと破顔していった。
「・・・へへへ」
周りの奴等はただ事の成り行きを見定めていたり、倒れたパーティの介抱をしながら様子を伺っている。
「こっちこそ迂闊だった。そこの女が言うように俺の目が曇ってたみたいだな。覇気もねえ青臭さばかりが匂ってきたと思ったが・・・剣を握ってからは正に別人だぜ。そこでのびてる連中も含めて俺がこのギルドの支部を代表して謝罪するし、さっきの暴言も全面的に取り消す。すまなかった」
「オレも従者が言った言葉を撤回する。すまなかった」
(そっちは何一つ間違っちゃいない。考えている事は多分アンタらと大して変わりゃしない)
と、オレは出かった言葉を飲み込んだ。
「それで? どうする? もしも謝罪を受け入れてくれて、それでもまだアンタが『煮えたぎる歌』に惚れこんでくれているなら嬉しいんだが・・・」
「もちろんだ。登録させてくれ」
◇
必要な書類を受けっ取ってオレはルージュに剣を返した。すると剣は霧になって消えてしまった。その途端に、身体が少し重くなったような気がした。再び力を封じられてしまうと、やはり不便にも思う。
適当な椅子に腰かけて、登録書に必要な事を書きこむ。その最中にさっき闘った五人がところどころを手で押さえながら、よろよろと近づいてくる。オレはペンを止めて、彼らに言った。
「大丈夫…だったか?」
「ああ、そっちが手加減してくれたお蔭でな」
恨んでいる様な様子は微塵もない。寧ろ乱闘騒ぎの勝敗を心から根に持つような輩では『煮えたぎる歌』ではやっていけないだろう。オレも駆け出しの事は何十回とのされていた事を思い出す。
リーダーと思しきササスの男はオレに一言詫びを入れたあと、ルージュに歩み寄った。
少し用心したが、敵意はない様子だったので安心する。
「さっきの挑発は全部、この人の実力を知っての策だろ?」
「ああ。ここに来る前にこのギルドは強き者を尊ぶギルドだと聞いた。だから喧嘩でも起こして主の実力を認めさせれば、手っ取り早く片が付くと思ったまでだ」
「・・・見たところ、無理矢理連れてこられている訳でも、術が施されている訳でもなさそうだ。かと言って媚びへつらっているでもない…本当に本心でこの人に従っているんだな」
「当然だろう」
「魔族なんて俺達に媚びへつらうか、術で無理矢理縛り付けられているだけかと思ったが…アンタみたいな魔族がいるんなら考えを改めないといけないかもな」
…。
その意見には少々賛同しかねる。ただ漠然とした考えで根拠などは何もないが、魔族なんて、本来は敵であるべき存在だ。
するとルージュが答えた。
「いや、その考えは改めない方が良い。私たちはやはり異端の関係だ。時代が時代なら間違いなく敵対していたはずだからな…本来、私たちとお前たちは相いれない方が世界のバランスが取れるはずなのだ。魔族を毛嫌いするこのギルドの姿勢は正しいし、今後とも貫くべきだ」
「・・・」
その場の全員が言葉を失っていた。まさか魔族がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。
「面白いな、アンタら」
◇
やがて必要な事を書き終えたオレはそれを提出した。
『煮えたぎる歌』には魔族の登録制度がなかったので、急遽「囲む大地ギルド協会」が公認している魔族を拘束するようのリングを用意してもらった。術者の血で魔術をかけ、いざという時に相手の力を封じ込めるという代物だ。八十年の歳月はそんなものまで生み出していたようだ。
拘束用の器具なので首輪型のものしか存在していないのがネックだった。まるで飼い犬か奴隷を買うかのようで心苦しかった。しかし、これがないと一々揉め事が増えることになるので、ルージュとラスキャブには我慢を強いた。
書類を受け取った男は、思わず唸るような声を出して驚く。何か不備があったか?
「アンタ、名前が『ザートレ』って本当かよ。まあ虚偽の名前は書けねえのは知ってるがよ」
「・・・ああ。本名だ」
「なるほどね。これがウチのギルドにこだわる理由ってやつか?」
名前が一体何だというんだ。
少々胸騒ぎがする。
「オレが迂闊だった。魔族の女を侍らして来ようものなら反感を買うことは予想できたのにそれを怠った。考えが浅かった事と騒ぎを起こした事は謝ります。だが魔族を連れているのには訳がある。それに…それだけで己惚れる程腑抜けてもいないし、何より『煮えたぎる歌』の名前を汚そうとはこれっぽちも思っていない」
唖然としながらオレの声を聞いていた男は、まじまじとこっちを見た。そしてコップに結露した水滴が滴り落ちるような早さでもって、じわりと破顔していった。
「・・・へへへ」
周りの奴等はただ事の成り行きを見定めていたり、倒れたパーティの介抱をしながら様子を伺っている。
「こっちこそ迂闊だった。そこの女が言うように俺の目が曇ってたみたいだな。覇気もねえ青臭さばかりが匂ってきたと思ったが・・・剣を握ってからは正に別人だぜ。そこでのびてる連中も含めて俺がこのギルドの支部を代表して謝罪するし、さっきの暴言も全面的に取り消す。すまなかった」
「オレも従者が言った言葉を撤回する。すまなかった」
(そっちは何一つ間違っちゃいない。考えている事は多分アンタらと大して変わりゃしない)
と、オレは出かった言葉を飲み込んだ。
「それで? どうする? もしも謝罪を受け入れてくれて、それでもまだアンタが『煮えたぎる歌』に惚れこんでくれているなら嬉しいんだが・・・」
「もちろんだ。登録させてくれ」
◇
必要な書類を受けっ取ってオレはルージュに剣を返した。すると剣は霧になって消えてしまった。その途端に、身体が少し重くなったような気がした。再び力を封じられてしまうと、やはり不便にも思う。
適当な椅子に腰かけて、登録書に必要な事を書きこむ。その最中にさっき闘った五人がところどころを手で押さえながら、よろよろと近づいてくる。オレはペンを止めて、彼らに言った。
「大丈夫…だったか?」
「ああ、そっちが手加減してくれたお蔭でな」
恨んでいる様な様子は微塵もない。寧ろ乱闘騒ぎの勝敗を心から根に持つような輩では『煮えたぎる歌』ではやっていけないだろう。オレも駆け出しの事は何十回とのされていた事を思い出す。
リーダーと思しきササスの男はオレに一言詫びを入れたあと、ルージュに歩み寄った。
少し用心したが、敵意はない様子だったので安心する。
「さっきの挑発は全部、この人の実力を知っての策だろ?」
「ああ。ここに来る前にこのギルドは強き者を尊ぶギルドだと聞いた。だから喧嘩でも起こして主の実力を認めさせれば、手っ取り早く片が付くと思ったまでだ」
「・・・見たところ、無理矢理連れてこられている訳でも、術が施されている訳でもなさそうだ。かと言って媚びへつらっているでもない…本当に本心でこの人に従っているんだな」
「当然だろう」
「魔族なんて俺達に媚びへつらうか、術で無理矢理縛り付けられているだけかと思ったが…アンタみたいな魔族がいるんなら考えを改めないといけないかもな」
…。
その意見には少々賛同しかねる。ただ漠然とした考えで根拠などは何もないが、魔族なんて、本来は敵であるべき存在だ。
するとルージュが答えた。
「いや、その考えは改めない方が良い。私たちはやはり異端の関係だ。時代が時代なら間違いなく敵対していたはずだからな…本来、私たちとお前たちは相いれない方が世界のバランスが取れるはずなのだ。魔族を毛嫌いするこのギルドの姿勢は正しいし、今後とも貫くべきだ」
「・・・」
その場の全員が言葉を失っていた。まさか魔族がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。
「面白いな、アンタら」
◇
やがて必要な事を書き終えたオレはそれを提出した。
『煮えたぎる歌』には魔族の登録制度がなかったので、急遽「囲む大地ギルド協会」が公認している魔族を拘束するようのリングを用意してもらった。術者の血で魔術をかけ、いざという時に相手の力を封じ込めるという代物だ。八十年の歳月はそんなものまで生み出していたようだ。
拘束用の器具なので首輪型のものしか存在していないのがネックだった。まるで飼い犬か奴隷を買うかのようで心苦しかった。しかし、これがないと一々揉め事が増えることになるので、ルージュとラスキャブには我慢を強いた。
書類を受け取った男は、思わず唸るような声を出して驚く。何か不備があったか?
「アンタ、名前が『ザートレ』って本当かよ。まあ虚偽の名前は書けねえのは知ってるがよ」
「・・・ああ。本名だ」
「なるほどね。これがウチのギルドにこだわる理由ってやつか?」
名前が一体何だというんだ。
少々胸騒ぎがする。
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