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そして、いよいよ初めての現場
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現状でできる全ての対策をし終えた福松は扮装もそのままに現場に向かった。するとその時、頭の中に真砂子の声がこだました。何だか宇宙人と交信をしているような気分になってしまう。
「小道具の秋保は知っているんだろう?」
「さっき第五セットで挨拶しました」
「ならスズも見たんだね」
「挨拶はできませんでしたけど」
「仕方ないさ。あいつは秋保以外とは口を聞かないからね」
「…何故?」
「知ったことかい。喋りたくないんだろう」
「あ、はい」
やっぱりそんな感じか。ま、人間でもああいった具合につっけんどんな人はいるから特に気にはしないでおこう。
そんな事を考えながらセットの角を曲がると、すぐに秋保が見つかった。何やら頭を捻り、唸り、機械と格闘しているところだ。秋保は機械の操作に必死で福松にまるで気がつかなかったが、代わりにスズがちょいちょいと肩を叩いて知らせていた。
「ん? あれ? えーと…福松君だっけ? どしたの?」
「ドリさんと、あと化生部屋のみんなに言われてお手伝いに」
「え。本当? なら偽雲は? よくなったの?」
「良くはなってないですけど、取り合えず連れ出しはしました。」
「ああ…そんな感じかぁ。スモークが必要だってのに急に調子が悪いって言い出されてさ、急いで機械を見てるんだけど、どうにもうまく行かなくてね」
「もう時間ないんですか?」
「ない。むしろ少し待ってもらってるくらいだからさ…」
焦り、そして困り果てる秋保の顔を見ていた福松はその時に腹が決まった。生来お人好しの性格が良かったのかもしれない。自分がどうにかできることなら、どうにかしてみたいという気になったのである。
福松は自分の中にいる真砂子に話しかけていた。
「実際問題、何をどうすればいいんですか?」
「ワシも人間じゃないからドリさんから聞いた話になるけどね、意識を集中させて扱いたい妖怪の力を掌に集まるようにするんだと。そうすると掌から更に腕が生えたような感覚ができるからそれを使ってワシらを操るとかなんとか言ってたね」
「また漠然とした…」
と、愚痴の一つが溢れ落ちた。しかし既に腹が据わっていたお陰が福松は自分でも驚くくらい冷静になれていた。
するとそこへ、助監督の貝ケ森が様子を見にやって来たのだった。
「秋保さん。どうです…あれ? 福松さん?」
「あ、お疲れさまです」
「どうしたんですか…あ、いやそれよりも。秋保さん、スモークは?」
「やっぱずっと使ってなかったから厳しいね」
「…てことはやっぱりドリさんに降りてもらってどうにかしてもらうしかないっすね」
「ちょっと待ってください」
「え?」
「僕が何とかしてみます」
「ふ、福松さんがですか?」
貝ケ森は驚きと怪訝さをあらわにする。それは当然のことだ。福松はこの撮影所に来てからまだ三ヶ月しかたっていない新人中の新人。撮影現場に出るのだって今日が初めての事だ。数回だけだが時代劇塾で彼の立ち回りや技能を見ている貝ケ森からしてみれば申し出はありがたいが、とても手放しで喜べる事でもない。
しかし、彼も一つだけ失念していることがあった。それは福松の役者や裏方としての才能ではなく化け物使いとしての才覚だ。
福松は論より証拠を示すため、目をつむり真砂子の言っていた事を実践する。呼吸を整え、自分の中で蠢いている何種類もの妖怪たちの気配の内、偽雲のものだけを的確にピックアップする。すると内側で妖怪たちが協力でもしてくれたのか、すぐさま偽雲の妖力だけを抽出することが叶った。
次に福松は掌からソレを放出することをイメージする。
すると彼の掌から徐々に白い煙がモクモクと立ち込めてきたのだ。
「おおっ!?」
と、声を出したのは他ならぬ福松自身だった。まさかこんなにあっさり上手くいくとは自分でも思っていなかったので、掌から止めどなく溢れる煙には驚きを隠せなかった。
だが同時に興奮覚めやまぬのも事実だ。福松は掌から出続ける煙をそのままにとりあえず、この一帯を靄で包まれたように演出してみた。濃すぎるとそのまま煙に見えてしまうし、薄いとカメラがとらえられない。
程よく煙を立ち込めさせて、福松は貝ケ森に尋ねた。
「こんな感じでどうですか?」
「じ、十分です。これなら撮影にも使えます」
「良かったぁ」
助監督からのお墨付きを貰って一先ず安心できた。けれどもその安心感も束の間、秋保の指示の元にすぐ現場に出ていって支度をするように言われた。いくら覚悟をしていたとしてもやはり緊張はする。これが役者としての出演ならいざ知らず、スタッフとしての助力は初めてのことなのだ。
そんな福松を救ったのは時間の無さだった。有無を言わさず秋保に指図をされて現場の準備に入った。場所は通称で屋敷前と呼ばれているエリアだ。大きな門とその奥には荘厳な武家屋敷とそれに劣らぬ庭があり、お偉いさんの邸宅や屯所のシーンで用いられることが多い。
今回のシーンはその屋敷に住まう殿が暗殺者に狙われて手傷を負ったとの知らせを受けた家来たちが一同に集うという場面だ。早朝の演出ために朝靄を出し、更にその靄に紛れて屋敷の様子を伺う暗殺者集団を撮る。既に演者やスタッフの準備は整っており、後は朝靄用のスモークを待つばかりだった。
「貝ケ森。スモークは? 行けんのか?」
「はい! お待たせしました」
国見監督と貝ケ森の会話が物陰にいた福松のところまで届く。不安と緊張を混ぜ混んだ表情を秋保に向けると、すぐさま指示が飛んできた。
「OK。じゃ門のところを中心にして壁沿いにスモークを焚いてちょうだい。下が濃く、上の方は役者の顔を見せたいから薄くできると理想的なんだけど…」
「やってみます」
「時間がないからね、正面に出ていって良いから。あと俺が言ったことは目安程度に思ってくれれば」
「うっす…」
「あと、俺も団扇とかで協力するし。とりあえず煙さえ出してもらえたら」
余程強張った顔をしていたのか、何とかフォローをしたいという秋保の気持ちがひしひしと伝わって来た。
そうして秋保と共に現場に出た福松はまず皆の視線を痛いくらいに浴びた。スモークが焚けるかどうかで若干ピリついていたし、さっきまでエキストラで出ていた役者が出てきたことにも好奇の念を持たれていたせいだ。
福松は自分でも顔から血の気が引いていることに気がついていた。
近くで待機していたドリさんも福松の蒼白な顔つきを見ると一気に表情を渋くさせた。これはもう役を降りて自分が偽雲を焚き付けないと仕方がない。そんな諦めに似た感情を芽生えさせている。尤も自分でもいくらなんでも無茶ぶりが過ぎたなと化生部屋を出た頃から思っていたのだ。
おい福松、と声をかけようとした矢先。ドリさんは言葉を失うことになる。
妖怪を操ることに慣れている自分から見ても鮮やかな手際でスモークを焚き始めたからだ。福松の掌からもうもうと上がる白煙はまるで意思でも持っているかのような動きでオープンセットを覆っていく。人差し指と中指を立て、指揮者のように縦横無尽な指示を飛ばす姿が印象的だった。
瞬く間にスモークが蔓延っていく様を見て、普段からドリさんの化け物使いを見ているスタッフたちも思わず感嘆の声を上げる。それほどまでシーンに見合った理想的なスモークなのだ。それもそのはずで、福松は偽雲を操るのに加えて更に『覚』という妖怪である田心の力を操っていたからだ。
覚は俗に人の心を読む妖怪だ。田心を介して秋保の心情を読み解いて理想的なスモーク加減を再現している。これならば素人に毛の生えた程度の知識しかない福松でもベテランのスタッフと同じ情景を再現できる。
しかも化け物使いに敏いドリさんは福松が、偽雲と田心の他にも天狗の犬駆の力も借りて周囲の風まで操作していることに気がついていた。そのお陰で煙が流れず、撮影にもってこいの無風状態まで産み出しているのだ。やがて万全の用意が整った福松と秋保はそそくさと裏手へと引っ込んでしまった。
やがて全員がバタバタと世話しなく支度をし、いよいよ二番手の本番となる。
先程と同じく「ほんば~ん!」という号令がオープンセットに響き渡ると、朝靄を掻き分けて大勢の侍たちが襲われた主人の容態を案ずる芝居をしながら屋敷の門をくぐり抜けていく。ドリさんは久しぶりに妖怪たちの事に気を配らずに芝居に専念することが叶っていた。
「小道具の秋保は知っているんだろう?」
「さっき第五セットで挨拶しました」
「ならスズも見たんだね」
「挨拶はできませんでしたけど」
「仕方ないさ。あいつは秋保以外とは口を聞かないからね」
「…何故?」
「知ったことかい。喋りたくないんだろう」
「あ、はい」
やっぱりそんな感じか。ま、人間でもああいった具合につっけんどんな人はいるから特に気にはしないでおこう。
そんな事を考えながらセットの角を曲がると、すぐに秋保が見つかった。何やら頭を捻り、唸り、機械と格闘しているところだ。秋保は機械の操作に必死で福松にまるで気がつかなかったが、代わりにスズがちょいちょいと肩を叩いて知らせていた。
「ん? あれ? えーと…福松君だっけ? どしたの?」
「ドリさんと、あと化生部屋のみんなに言われてお手伝いに」
「え。本当? なら偽雲は? よくなったの?」
「良くはなってないですけど、取り合えず連れ出しはしました。」
「ああ…そんな感じかぁ。スモークが必要だってのに急に調子が悪いって言い出されてさ、急いで機械を見てるんだけど、どうにもうまく行かなくてね」
「もう時間ないんですか?」
「ない。むしろ少し待ってもらってるくらいだからさ…」
焦り、そして困り果てる秋保の顔を見ていた福松はその時に腹が決まった。生来お人好しの性格が良かったのかもしれない。自分がどうにかできることなら、どうにかしてみたいという気になったのである。
福松は自分の中にいる真砂子に話しかけていた。
「実際問題、何をどうすればいいんですか?」
「ワシも人間じゃないからドリさんから聞いた話になるけどね、意識を集中させて扱いたい妖怪の力を掌に集まるようにするんだと。そうすると掌から更に腕が生えたような感覚ができるからそれを使ってワシらを操るとかなんとか言ってたね」
「また漠然とした…」
と、愚痴の一つが溢れ落ちた。しかし既に腹が据わっていたお陰が福松は自分でも驚くくらい冷静になれていた。
するとそこへ、助監督の貝ケ森が様子を見にやって来たのだった。
「秋保さん。どうです…あれ? 福松さん?」
「あ、お疲れさまです」
「どうしたんですか…あ、いやそれよりも。秋保さん、スモークは?」
「やっぱずっと使ってなかったから厳しいね」
「…てことはやっぱりドリさんに降りてもらってどうにかしてもらうしかないっすね」
「ちょっと待ってください」
「え?」
「僕が何とかしてみます」
「ふ、福松さんがですか?」
貝ケ森は驚きと怪訝さをあらわにする。それは当然のことだ。福松はこの撮影所に来てからまだ三ヶ月しかたっていない新人中の新人。撮影現場に出るのだって今日が初めての事だ。数回だけだが時代劇塾で彼の立ち回りや技能を見ている貝ケ森からしてみれば申し出はありがたいが、とても手放しで喜べる事でもない。
しかし、彼も一つだけ失念していることがあった。それは福松の役者や裏方としての才能ではなく化け物使いとしての才覚だ。
福松は論より証拠を示すため、目をつむり真砂子の言っていた事を実践する。呼吸を整え、自分の中で蠢いている何種類もの妖怪たちの気配の内、偽雲のものだけを的確にピックアップする。すると内側で妖怪たちが協力でもしてくれたのか、すぐさま偽雲の妖力だけを抽出することが叶った。
次に福松は掌からソレを放出することをイメージする。
すると彼の掌から徐々に白い煙がモクモクと立ち込めてきたのだ。
「おおっ!?」
と、声を出したのは他ならぬ福松自身だった。まさかこんなにあっさり上手くいくとは自分でも思っていなかったので、掌から止めどなく溢れる煙には驚きを隠せなかった。
だが同時に興奮覚めやまぬのも事実だ。福松は掌から出続ける煙をそのままにとりあえず、この一帯を靄で包まれたように演出してみた。濃すぎるとそのまま煙に見えてしまうし、薄いとカメラがとらえられない。
程よく煙を立ち込めさせて、福松は貝ケ森に尋ねた。
「こんな感じでどうですか?」
「じ、十分です。これなら撮影にも使えます」
「良かったぁ」
助監督からのお墨付きを貰って一先ず安心できた。けれどもその安心感も束の間、秋保の指示の元にすぐ現場に出ていって支度をするように言われた。いくら覚悟をしていたとしてもやはり緊張はする。これが役者としての出演ならいざ知らず、スタッフとしての助力は初めてのことなのだ。
そんな福松を救ったのは時間の無さだった。有無を言わさず秋保に指図をされて現場の準備に入った。場所は通称で屋敷前と呼ばれているエリアだ。大きな門とその奥には荘厳な武家屋敷とそれに劣らぬ庭があり、お偉いさんの邸宅や屯所のシーンで用いられることが多い。
今回のシーンはその屋敷に住まう殿が暗殺者に狙われて手傷を負ったとの知らせを受けた家来たちが一同に集うという場面だ。早朝の演出ために朝靄を出し、更にその靄に紛れて屋敷の様子を伺う暗殺者集団を撮る。既に演者やスタッフの準備は整っており、後は朝靄用のスモークを待つばかりだった。
「貝ケ森。スモークは? 行けんのか?」
「はい! お待たせしました」
国見監督と貝ケ森の会話が物陰にいた福松のところまで届く。不安と緊張を混ぜ混んだ表情を秋保に向けると、すぐさま指示が飛んできた。
「OK。じゃ門のところを中心にして壁沿いにスモークを焚いてちょうだい。下が濃く、上の方は役者の顔を見せたいから薄くできると理想的なんだけど…」
「やってみます」
「時間がないからね、正面に出ていって良いから。あと俺が言ったことは目安程度に思ってくれれば」
「うっす…」
「あと、俺も団扇とかで協力するし。とりあえず煙さえ出してもらえたら」
余程強張った顔をしていたのか、何とかフォローをしたいという秋保の気持ちがひしひしと伝わって来た。
そうして秋保と共に現場に出た福松はまず皆の視線を痛いくらいに浴びた。スモークが焚けるかどうかで若干ピリついていたし、さっきまでエキストラで出ていた役者が出てきたことにも好奇の念を持たれていたせいだ。
福松は自分でも顔から血の気が引いていることに気がついていた。
近くで待機していたドリさんも福松の蒼白な顔つきを見ると一気に表情を渋くさせた。これはもう役を降りて自分が偽雲を焚き付けないと仕方がない。そんな諦めに似た感情を芽生えさせている。尤も自分でもいくらなんでも無茶ぶりが過ぎたなと化生部屋を出た頃から思っていたのだ。
おい福松、と声をかけようとした矢先。ドリさんは言葉を失うことになる。
妖怪を操ることに慣れている自分から見ても鮮やかな手際でスモークを焚き始めたからだ。福松の掌からもうもうと上がる白煙はまるで意思でも持っているかのような動きでオープンセットを覆っていく。人差し指と中指を立て、指揮者のように縦横無尽な指示を飛ばす姿が印象的だった。
瞬く間にスモークが蔓延っていく様を見て、普段からドリさんの化け物使いを見ているスタッフたちも思わず感嘆の声を上げる。それほどまでシーンに見合った理想的なスモークなのだ。それもそのはずで、福松は偽雲を操るのに加えて更に『覚』という妖怪である田心の力を操っていたからだ。
覚は俗に人の心を読む妖怪だ。田心を介して秋保の心情を読み解いて理想的なスモーク加減を再現している。これならば素人に毛の生えた程度の知識しかない福松でもベテランのスタッフと同じ情景を再現できる。
しかも化け物使いに敏いドリさんは福松が、偽雲と田心の他にも天狗の犬駆の力も借りて周囲の風まで操作していることに気がついていた。そのお陰で煙が流れず、撮影にもってこいの無風状態まで産み出しているのだ。やがて万全の用意が整った福松と秋保はそそくさと裏手へと引っ込んでしまった。
やがて全員がバタバタと世話しなく支度をし、いよいよ二番手の本番となる。
先程と同じく「ほんば~ん!」という号令がオープンセットに響き渡ると、朝靄を掻き分けて大勢の侍たちが襲われた主人の容態を案ずる芝居をしながら屋敷の門をくぐり抜けていく。ドリさんは久しぶりに妖怪たちの事に気を配らずに芝居に専念することが叶っていた。
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