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そして、いよいよ初めての現場

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 プレハブ小屋を出るとすっかりと明るくなっていて、ガヤガヤと人の気配がする。見ればセットの方では既にスタッフが数名集まって何やら作業をしているのがわかった。特にカメラとその機材が目に入ると心が踊った。数十分後には自分もあのカメラの前に出て芝居ができるのだから興奮しない方がおかしい。

 しかし、同時に緊張感も芽生えていた。ここからは学生演劇とは訳が違う。正真正銘プロの世界なのだ。と福松は心の緒を閉め直した。

 床山に向かうついでに台本を返却すると三人はエレベーターに乗り込み四階に上がった。

 部屋に入るに際して山田と大野田が、

「お早うございます。中間役で入ります、山田です」
「同じく中間で入ります、大野田です」

 と挨拶を飛ばした。

 なるほど、これが床山に入るときのルールかと盗んだ福松は同じように挨拶をした。

「お早うございます。中間役で入ります、福松です」

 そして昨日、クチナシに言われた通り一般の化粧台の間をすり抜けて奥の部屋へと入った。中にはまだ誰も来ておらず、クチナシだけが待機しながらかつらの手入れをしていた。

「来たな」
「うす。お早うございます」

 挨拶もほどほどに一番端にある席を指差したクチナシは相変わらずぶっきらぼうな口調で告げる。

「はい、座る。で、昨日教えた通りの事をできるだけやって」
「わかりました」

 ふぅっ、と一息吐いて気合いを入れた。そして道具を引き出しから揃えたところでクチナシが言う。

「タイムアップ!」
「え?」
「自分でやる時間は終了です。今日は忙しいから俺がやる」
「な、ならそう言ってくださいよ…」
「いや、ひょっとしたら家で練習してきてパパッと付けられるんじゃないかと」
「慣れてても一分じゃ無理っすよ」

 またからかわれてしまった。自分でできないのは残念だが、自信がないのは確かなので正直ありがたいとも思っていた。
 
 全部をクチナシに付けてもらうとしても見て勉強はできる。福松は目を皿にしながら、鏡越しに羽二重の付け方を一つでも多く覚えようとしていた。

 そうして十分足らずの間にツブシまで終えてかつらを頭に乗せられてた。

 昨日も思ったがこめかみを締め付けられる感覚が中々痛い。孫悟空の気持ちが何となくわかった気がした。

 かつらの糊代を化粧用のボンドで張り付けるとクチナシは髷の位置を微妙に調整し、福松の肩をポンと叩いた。

「よし、上がり。もういいよ。初仕事をトチんなよ? トチったら二度と呼ばれないから」
「ぷ、プレッシャーかけないでください…」
「こんなんで緊張しててどうすんだよ。それにミスったら呼ばれないってあながち嘘でもないし」
「や、やっぱりすか?」
「けど、そんなガチガチの顔してる奴も呼ばれないかも」
「勘弁してくださいって」

 イジりにイジられて福松はすくっと立ち上がった。そして改めてクチナシに聞いた。

「この後ってどうすればいいんですか?」
「ここを出ると隣に衣装部屋があるだろ? そっちに行って役と名前を言えば衣装をくれるから。後は時間まで待機」
「わかりました。ありがとうございます」
「んじゃ、後は現場でな。かつらをズラしたら殺すから」
「かつらだけにっすか?」

 そう言うと福松はクチナシに尻を蹴られたのだった。

 言われた通りに床山を出た福松は隣にあった衣装部屋へと向かう。しかし床山と違い勝手が分からず少々まごついてしまう。しかしどうすればいいのか分からないという心配は入り口を通ると解消した。

 衣装部屋の出入口のすぐ正面に一着の着物が掛けられており、その着物の袖から病的に白い二の腕だけが出ていたのだ。その手は『見える方は左に曲がって一番奥の部屋』と書かれた木の板を抱えていたのだ。

 福松はその指示に従って左に曲がると何百という衣装でできたトンネルを通って一番奥のスペースに行った。そこは四畳半ほどの広さがあり、隅に置いてある文机の前に一人の女性が座っているのに気がついた。

「お、おはようございます」
「ん?」

 女は首だけを動かしてこちらを見た。体は一歩も動いていないのに、女の顔は福松の目の前にある。女の顔と体は蛇のように長く延びた首で繋がっているばかりだ。

 …『ろくろ首』か。

 妖怪に疎い福松でもそれくらいは見当がついた。喉まで出かかった悲鳴を飲み込むと、必死に笑顔を作って挨拶をする。

「中間役の福松です。お早うございます」
「ああ、はいはい。ドリさんから聞いているよ。アタシは飛頭って言って、見ての通りのろくろ首。よろしくね」
「こ、こちらこそ」
「そこに用意してあるから…念の為に聞くけど一人で着れる?」
「自信はないっす」
「うん、正直でよろしい。最初は着させてあげる。けど次から同じ役柄の衣装は着せないから今ここで必死に覚えな」
「了解です」

 やっぱりスパルタがデフォルトなんだな、ここの妖怪スタッフは。福松は漫然とそんなことを考えていた。
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