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いざ入塾
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「他の人たちはやっぱり事務所に入ってるの?」
「Aクラスの人はほとんど入ってると思いますよ。Bクラスは僕みたいな学生とか務めてる人とかも多いんで四分の一くらいですかね」
「Aクラスって確か…いわゆる芝居のできる人のクラスだっけ?」
「そうっすね」
合格の通知と共に伊佐美から聞いた時代劇スクールの説明が福松の中に反芻される。
今日からお世話になるこの時代劇スクールは基本的にAクラスとBクラスの二つに分けられている。その線引きは単純に俳優としての技能、延いては演技力の問題だ。時代劇で活躍できる役者を育成するという目的で多種多様な人材が集まってきてはいるが、その全てが無条件で撮影の現場に顔を出せるわけではない。プロの制作する作品である以上、必要最小限の演技力は求められる。Aクラスとはスクールに集った中で、この撮影所の事業部に撮影現場に出しても問題にはならない程度の能力があると認められている役者たちのことだ。
なので余程実績のある者以外はBクラスから授業を受けるのが常らしい。所詮は学生レベルでの経験しかない福松は当然このクラスからの受講となる。
上のクラスに上がるのに特別な試験などはない。この授業の中で講義に当たる講師や監督、もしくは見学している事業部のスタッフが良しとすれば次の授業からAクラスに上がれるらしい。逆に言えばそう言った人たちに認められないとずっとBクラスに居続けることになる。話を聞くと一葉は一昨年、高校入学と共に時代劇スクールの門を叩き二年目を迎えるのだという。そう聞くと道のりは中々に険しそうだと、福松は覚悟を改める。
そして言うもまでもなく、福松の当面の目標はいち早くAクラスに上がるという事だった。彼にとってはそれが叶ってようやくスタートラインに立つことになるのだから。
話し込んでいる内に授業の時間が近づいた。それにつれ隣の部屋も何やら騒がしい。どうやら更衣室はこの部屋だけではないらしかった。福松は服を脱ぐとそそくさと着替え始めた。彼は山形に住んでいた頃、祖母がやっていた日本舞踊に興味を持ち高校を卒業するまでの間部活動の代わりにそれの稽古をしていたのだ。大学に進学した後は大分遠ざかってしまったが、それでも基本的な着付は体が覚えてしまっている。ここにきてこの経験が活きることに何となく嬉しさを覚えていた。
そうして着物と合わせても場違いでない手提げバックにノートや筆記用具を詰める。一葉から一緒に授業の部屋に行こうと誘われたのだが、初日のために伊佐美に呼び出されている旨を理由にそれを断ると一足早く更衣室を出て事務所へと向かった。
事務所のある一番正面の建物は一階がガラス張りになっており、内部を広々と見渡せる。一階のスペースの半分が事務所となっており、二十人程度のスタッフがパソコンや書類とにらめっこをしていた。恐らくはスタークラスの役者が着た時にいち早く気が付けるために見通しを良くしているのではないかと推測する。事実、福松は外から伊佐美のデスクをッ見つけることが叶った。
言われた通り授業の前に来たのだがその用事はなんてことはない、ただ今日の授業の場所が分からないだろうと思って案内するつもりだったらしい。つまりは一葉の申し出を断る必要がなかったという事だ。福松は一葉に一抹の申し訳なさを感じつつ、伊佐美に案内されて事務所の隣にある教室に向かった。
伊佐美は教室と口にしていたが、実際は福松の想像していた教室ではなかった。
そこの入り口に試写室と表札が掛かっていた。読んで字のごとく試作品の出来栄えを確かめたり、もしくは完成した作品を世に出す前に関係者に向けて上映したりする際に用いられる部屋だ。フルで座れば大体百人近くの席を有しており、天井の高さやスクリーンの大きさも相まって普通の教室を想像していた福松はつい圧倒された。
どこでも好きなところに座っていいと指示をされた福松は、折角ならばと一番前の席を陣取った。脇に置いてある色々な機材も気にはなったが、一番目を引いたのはスクリーンの下に大量に置かれている時代劇用の小道具の数々だ。
棒手振り用の天秤棒、大量の和傘の入った籠、色鮮やかな手拭の山、薬売りが担ぐような木箱、段ボール一箱分の大きさもある風呂敷包み、職人が持っている袋や大工道具箱、鋤や鍬などの農工具などなど時代劇で使う道具の見本市のようだった。
本格的な道具の数々に心を躍らせていると、ぞろぞろと試写室に入ってくる気配に気が付いた。見れば着物や浴衣に身を包んだ老若男女が十五、六人の一団となって試写室に入ってくるところだった。福松と同世代と見受けられる年齢層が主流だが、更に上の世代もちらほらといる。流石に一葉よりも若そうな人はいなかったが。
福松は立ち上がるとその一団の下に出向いていって、挨拶を飛ばした。
「お早うございます。今日からご一緒します、福松友直です。よろしくお願いします」
すると全員が親しげに挨拶や自己紹介をし返してきてくれた。ひとまず悪い人はいなさそうで安心だ。
「Aクラスの人はほとんど入ってると思いますよ。Bクラスは僕みたいな学生とか務めてる人とかも多いんで四分の一くらいですかね」
「Aクラスって確か…いわゆる芝居のできる人のクラスだっけ?」
「そうっすね」
合格の通知と共に伊佐美から聞いた時代劇スクールの説明が福松の中に反芻される。
今日からお世話になるこの時代劇スクールは基本的にAクラスとBクラスの二つに分けられている。その線引きは単純に俳優としての技能、延いては演技力の問題だ。時代劇で活躍できる役者を育成するという目的で多種多様な人材が集まってきてはいるが、その全てが無条件で撮影の現場に顔を出せるわけではない。プロの制作する作品である以上、必要最小限の演技力は求められる。Aクラスとはスクールに集った中で、この撮影所の事業部に撮影現場に出しても問題にはならない程度の能力があると認められている役者たちのことだ。
なので余程実績のある者以外はBクラスから授業を受けるのが常らしい。所詮は学生レベルでの経験しかない福松は当然このクラスからの受講となる。
上のクラスに上がるのに特別な試験などはない。この授業の中で講義に当たる講師や監督、もしくは見学している事業部のスタッフが良しとすれば次の授業からAクラスに上がれるらしい。逆に言えばそう言った人たちに認められないとずっとBクラスに居続けることになる。話を聞くと一葉は一昨年、高校入学と共に時代劇スクールの門を叩き二年目を迎えるのだという。そう聞くと道のりは中々に険しそうだと、福松は覚悟を改める。
そして言うもまでもなく、福松の当面の目標はいち早くAクラスに上がるという事だった。彼にとってはそれが叶ってようやくスタートラインに立つことになるのだから。
話し込んでいる内に授業の時間が近づいた。それにつれ隣の部屋も何やら騒がしい。どうやら更衣室はこの部屋だけではないらしかった。福松は服を脱ぐとそそくさと着替え始めた。彼は山形に住んでいた頃、祖母がやっていた日本舞踊に興味を持ち高校を卒業するまでの間部活動の代わりにそれの稽古をしていたのだ。大学に進学した後は大分遠ざかってしまったが、それでも基本的な着付は体が覚えてしまっている。ここにきてこの経験が活きることに何となく嬉しさを覚えていた。
そうして着物と合わせても場違いでない手提げバックにノートや筆記用具を詰める。一葉から一緒に授業の部屋に行こうと誘われたのだが、初日のために伊佐美に呼び出されている旨を理由にそれを断ると一足早く更衣室を出て事務所へと向かった。
事務所のある一番正面の建物は一階がガラス張りになっており、内部を広々と見渡せる。一階のスペースの半分が事務所となっており、二十人程度のスタッフがパソコンや書類とにらめっこをしていた。恐らくはスタークラスの役者が着た時にいち早く気が付けるために見通しを良くしているのではないかと推測する。事実、福松は外から伊佐美のデスクをッ見つけることが叶った。
言われた通り授業の前に来たのだがその用事はなんてことはない、ただ今日の授業の場所が分からないだろうと思って案内するつもりだったらしい。つまりは一葉の申し出を断る必要がなかったという事だ。福松は一葉に一抹の申し訳なさを感じつつ、伊佐美に案内されて事務所の隣にある教室に向かった。
伊佐美は教室と口にしていたが、実際は福松の想像していた教室ではなかった。
そこの入り口に試写室と表札が掛かっていた。読んで字のごとく試作品の出来栄えを確かめたり、もしくは完成した作品を世に出す前に関係者に向けて上映したりする際に用いられる部屋だ。フルで座れば大体百人近くの席を有しており、天井の高さやスクリーンの大きさも相まって普通の教室を想像していた福松はつい圧倒された。
どこでも好きなところに座っていいと指示をされた福松は、折角ならばと一番前の席を陣取った。脇に置いてある色々な機材も気にはなったが、一番目を引いたのはスクリーンの下に大量に置かれている時代劇用の小道具の数々だ。
棒手振り用の天秤棒、大量の和傘の入った籠、色鮮やかな手拭の山、薬売りが担ぐような木箱、段ボール一箱分の大きさもある風呂敷包み、職人が持っている袋や大工道具箱、鋤や鍬などの農工具などなど時代劇で使う道具の見本市のようだった。
本格的な道具の数々に心を躍らせていると、ぞろぞろと試写室に入ってくる気配に気が付いた。見れば着物や浴衣に身を包んだ老若男女が十五、六人の一団となって試写室に入ってくるところだった。福松と同世代と見受けられる年齢層が主流だが、更に上の世代もちらほらといる。流石に一葉よりも若そうな人はいなかったが。
福松は立ち上がるとその一団の下に出向いていって、挨拶を飛ばした。
「お早うございます。今日からご一緒します、福松友直です。よろしくお願いします」
すると全員が親しげに挨拶や自己紹介をし返してきてくれた。ひとまず悪い人はいなさそうで安心だ。
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