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はぐれ魔導士は秘密の部屋で姫君を憂う

最終話

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「リィユツ隊長!」

「サ、サンドラか」



 サンドラは前にいる姫から目を逸らさず、声だけで応答した。



「リィユツ殿。遅くなりました。後はお任せください」



 見えていないと分かっていても、リィユツは力強く頷いた。振り返り、先ほどと同じく鬼気迫る顔で号令を出した。



「総員、攻撃止めっ! サンドラを援護し、街を姫様の魔法から守るのだ!」



 最早騎士団たちは思考を止め、耳から入ってきた命令を忠実に遂行する以外の選択肢はなかった。こちらの混乱や動揺などは意に介さず、姫の魔法による攻撃が騎士団とその背後にある城下町に向かって放たれたのだった。



 サンドラはすぐに応戦した。火炎で壁を作り姫が代わる代わるに撃ち続ける魔法を悉く防いだ。それはいつかの訓練場でサンドラがアイシア姫を完封した時の再来のようだった。しかしそうであっても、騎士団や魔術師たちは姫たちの身体から滲み出ている強大な魔力に圧倒されまいと必死にこらえている。



 彼らの目には、姫の魔法を難なく防ぐサンドラも同じく化け物染みて見えていた。 



「夢でも見ているのか・・・」

「次元が違う」

「どうして姫様のあの猛攻を抑えられるのだ・・・?



 戦う意思を見せた騎士たちも、ただただ呆然と二人の戦いの行く末を見守っていた。反対に言えば、見守る事しかできず、また呆然と立ち尽くす余裕があったという事だ。サンドラはそれほどまでに的確、かつ迅速、そして圧倒的な魔術で姫の猛撃を食い止めて、尚且つ近づいていく。



 魔法の打ち合いは五分程度のモノだった。しかし、サンドラが強靭とは言え、自分たちよりも強大な魔力を有する姫との戦いを目の当たりにしている彼らにとっては、決して息の抜ける状況ではなく、体感としては一時間にも二時間にも感じられたものだった。



 徐々に姫の顔は白くなっていき、肩で息をするように目に見えて疲弊していった。反面、サンドラの表情にはまだ幾分の余裕がある。



 いよいよ、姫の足がふらつき倒れ込みそうになると、一瞬のうちにサンドラが距離をつめ、抱きしめるように腕で全身を包み込んだ。



 そしてサンドラは姫と唇を重ねた。



 途端に姫の顔からは憑き物が落ちたように狂気が剥がれ落ち、ようやく戦場となっていた城下町に静寂が戻ったのだった。



「リィユツ隊長・・・」

「ああ」

「サンドラが・・・止めてくれた」



 辛うじて気を失うのを堪えているウォーテリアをサンドラは力強く支えている。そんな二人の様子を見たリィユツは、いよいよ覚悟を決めた。くるりと振り返ると、徐に口を開き騎士たちに真実を話し始める。



「もう、隠す必要もないだろうし、気が付いているだろう。サンドラはこの国の伝承にある、呪いの子ではない。呪われているのは、その逆。我が姫君のほうだ」

「「・・・」」



 うっすらと過ぎっていた事であったが、改めて宣言されるとやはりざわつくものがある。まさか忠誠を誓い、己の命を顧みてでも守るべき存在が災厄の元凶であった言われたのだから無理からぬことではある。



 リィユツは続けた。



「ウォーテリア様たちは一つの身体を三つの人格で共有されている。つまり、お三方はある意味で同一人物。それぞれが水と氷と蒸気の魔力に溢れていらっしゃる。それこそ、いつでもあのように暴走してしまう危機と隣り合わせになるほど強大な力…それを反対属性である火の魔力に優れたサンドラと共におられることで、魔法の暴走を中和なされているのだ。ユトミスの最重要国家機密だが、もうこうなっては隠し立てもできまい」



 そして、騎士の誰かがその話で想起した疑問を投げかける。



「では・・・予言に合った救いの子とは、サンドラのことなのですか?」

「いや、それは違う」

「え?」

「予言に記された救いの子と言うのは・・・・」



 リィユツはその先の言葉を言えなかった。唯一見ている向きの違う彼だけは、騎士団の後方からやってくる、とある人物にいち早く気が付くことができたからだ。



 ◆





「ウォーテリア。もう大丈夫だ」

「サンドラ様・・・ありがとうございます」



 ウォーテリアは依然と朦朧としているが、それでも顔色などは大分よくなってきている。サンドラに身体を預けながら、ふと焦って聞いた。



「アイシアとスチェイミアは?」

「うん。二人とも疲れてるけど、大丈夫」

「よかった」



 そしてウォーテリアはサンドラの服を更に力強く握った。サンドラは思わず肩に添えた手に力が入ってしまう。



 サンドラよりも頭一つ分低いウォーテリアは上目遣いで、彼の顔を見ると少し震える声を出した。



「ねえ、もう一度だけ・・・」



 その時。



 強大な魔力が二人を包み込む。吹雪のように冷徹で、噴火する溶岩のような熱量を持った禍々しい魔力だった。二人は息を揃えて、その魔力の発生源を見た。それを確認すると反射的に焦り、慄いた声が飛び出してしまった。



「こ、国王陛下!?」

「お、お父様!?」



 抱き合い、もう一度口づけをしようとしていた二人は、思わずそのまま固まってしまった。そして灼熱の吹雪のような怒気を放つ国王が歩み寄りながら口を開く。まだまだ距離があるのに、それは耳元で怒鳴られたかのように響き渡った。



「サンドラよ」

「は」

「姫と国を救ってくれた事、まずは礼を言う」

「あ、有難きお言葉」

「だが、すぐに娘から離れろ。例えお前とは言え、娘との婚姻はまだ認めんぞ」



 サンドラはパッとウォーテリアから手を離すと、すぐにひれ伏した。



 しかし、そんなことよりも周囲にいた騎士や魔導士たちは気になることがあった。



「は?」

「婚姻?」



 ざわめきは忽ちに伝播していき、リィユツもそれに気が付いた。そして先ほど飲み込んでしまった事を再び吐露する。



「予言の石板の欠落した部分があるだろう?」

「はあ」

「あそこに入る文字は、長年の研究の末、【呪いの子から】という文があったと予想されている」

「という事は…『呪いの子から救い主が生まれる』となるのか」

「つまりは姫様のお子がユトミスの救い主?」

「予言に従えばそうなのだろう。姫様のお子であれば父親は誰であっても構わないのであろうが、あれだけの魔力をいつ放出するともわからない。それを受け止められる男など、自然に絞られるがな」

「ですが、陛下のあのご様子では・・・」



 ユトミス王は取り巻きに過ぎない兵たちまで竦むほど、怒りを露わにしている。普段の威厳は微塵も残っておらず、そこにいるのは愛娘に対して過保護なまでに溺愛を表する一人の親バカだけだ。



 その様子にリィユツも苦笑する事しかできない。



「ああ・・・そうだな。だが、」



 けれども、サンドラとウォーテリアを見たリィユツは、何かの確信を持ったような顔で誰に言うでもなく呟いた。



「私の見立てでは、そう時間は掛からないと踏んでいる」
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