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第二章 岩馬
未練残り
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◇
「あーはいはい。百物語綴報の火登ね」
居間に移動した僕と玄さんは、互いに譲りあって経緯を話そうとした。が、差し出された名刺を見ただけで、円さんは全てを察したようだ。聞けば玄さんたちが使っている部屋にも同じく火登青行と名乗る妖怪が現れて、やはり滾々と百物語番付なるものの説明をして有無を言わさずに消えたのだという。
そうして何事かと思って円さんの部屋を訪ねたのだそうな。
なんだか時系列がおかしいような気がしたが、円さん曰く火登青行と言う妖怪は複数いるらしい。百物語綴報の記者の総称として名を名乗っているのだとか。話がややこしくなりそうだったので、名刺の意味がないのでは、というツッコミは僕の胸にしまっておく。
「で? どんなお題目をもらったんだ?」
円さんは水差しから湯呑に水を注ぎながら、そう聞いてきた。僕と玄さんは恭しく書状に認められた名前をもう一度確認した。
「僕は『手拭被黄金纏』と言われました」
「私達は『女槍墨袖隠』と…」
自分で言うと余計に重苦しく感じる。しかし玄さん達に渡された名前は何となくカッコいいと思ってしまった。
喉を鳴らして水を飲み終えた円さんは、フフっと軽く笑った。
それがどういう意味だったのかはわからない。
「大層な名前をもらったな。ま、百物語綴報らしいっちゃらしいけど」
「それで百物語綴報というのは?」
「あれ? 聞かなかったのか?」
「それを説明する前に火登さんが消えていなくなったので」
「ああ、玄が廊下に来たからだな。あいつらは一対一でしたか会話ができないっていう独特の社訓があるらしいから」
そう言って円さんはいつかと同じようにタブレットを引っ張り出してきた。トントンと画面をタップする音が部屋の中に響く。
「あった」
円さんはずいっとタブレットをこちらに差し出してきた。そこにはご丁寧に百物語綴報の説明書きが出ていた。
つらつらと読み進めると、先ほど火登が例えたように此の世で言うところの新聞社のようなものだというのを理解する。天獄屋で事件やイベント、金銭の代わりに酒の為替の値動き、米を始め色々な品物の相場などなどが乗っている。
中でも目を引いたのが「天獄屋百物語番付」と大きく出ている見出しだ。どうやらリンク先があるようで、僕はその文字をタップした。するとすぐさま画面が切り替わり話数と名前の記されたリストが表示された。そのいずれもが僕らがさっき貰ったようないかつくて芝居のタイトルのような名前だ。
「それが最新の百物語だな。お前らの名前も載ってるだろ」
「本当ですね」
確かに僕の名前が二話、玄さんが三話目に掲載されている。
「要するに天獄屋だけで通じるランキングだな。百物語に載るって事は良くも悪くも天獄屋の中で話題になったって事だ。恐らく…っていうか確実に昨日の事件が原因だろうな」
「まあ、それ以外に思い当たりませんし」
「とにかく天獄屋の中で注目されているんだ。話数が上がるほどそれだけ大勢が噂し合ってるってこと。余程強かったり、悪行を重ねたり、破天荒だったりする奴らがほとんどで、反対に下位ほど入れ替わりが激しい。お前らも明日には番付外になってるかもな」
「別にそれでもいいですけど」
こういうのは得てして順位争いに巻き込まれ、不毛な戦いを強いられる予感しかない。
「ま、争いの種になりかねないって事は否定しないけど、利点だってある」
「例えば?」
「名乗りの口上を言うと呪いが掛かる。ゲームで言うところのバフだな。ついでに多少なら相手からのデバフも打ち消せる」
「ばふ? でばふ?」
玄さんが可愛らしく小首を傾げている。そんな彼女に円さんは更に端的に教える。
「要するに戦う前にその名前を言うとちょっと強くなるんだよ」
「ああ、なるほど」
「それに上の話数になればそれだけで相手がビビってくれることもあるしな」
僕は漠然と侍の名乗りのようなものだと理解する。実際に吾大と対面してみた感想が正しくそんな印象だったからだ。
そうして奴との戦いを回想すると妙な事に気が付いた。僕はそれを素直に円さんに尋ねていた。
「あの吾大って人、確か『裏百物語』って名乗ってましたけど…それは」
「ああ、裏ねぇ…」
円さんは一瞬だけ暗い雰囲気を纏わせた。そんな気がした、と言うくらいの短い時間だったのだが僕は何だか聞いてはいけない事聞いてしまったのかも知れない。
「百物語って言葉から分かる通り、この番付は妖怪のためのものだ。けど知っての通り天獄屋にはそれなりに人間がいる。裏百物語ってのは天獄屋の中で話題にされている人間のための番付って訳さ」
「人間の百物語…」
「言葉としては妙かも知れないがね。天獄屋に住んでる連中は人間も妖怪もそういう噂話が好きなんだよ…いや此の世だとしても大差はねえか。仰々しい名前のせいで凄いもののように思うかも知んねえけど、所詮はTwitterのトレンドみたいなもんだし」
「そんな軽いものなんですか…」
僕がそんな事を呟くと、玄さんが小さく微かに気落ちした息を漏らした事に気が付いた。てっきりTwitterとかトレンドの意味が分からなかったのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
そして玄さんは恐る恐るという表現が最も似合うように円さんに尋ねた。
「あの…」
「ん?」
「円様は裏百物語の何話目に載っておられるのですか?」
「あれ? 俺が裏百物語に載ってるって教えたか?」
「いえ」
玄さんは首を振った。長い黒髪がの先端が風に吹かれるねこじゃらしのように揺れた。
「しかし裏百物語とやらは天獄屋でも名うての人間が記されるのでしょう? ともすれば円さんが載っていない道理がないと思ったのです」
「ああ、確かに」
言われてみれば尤もだ。仮に円さんが載っていないのなら裏百物語は案外しょうもないのか、さもなくば円さんが載らない程に恐ろしい連中が名を連ねることになる。
僕たちの視線を受けて、円さんは観念したような表情になった。
「…載ってるよ。天獄屋裏百物語第三十八話『仮初衣』」
「さ、三十八話!?」
僕は正直に驚いた。あれだけの実力を持つ円さんでもそのくらいの話題にしかならないという事か。もしくは円さんの言う通りあくまで話題性が判断基準で会って実際の力量は加味されていないというのか。
すると玄さんは更に重々しく声を出す。
「…あの外套が燃えてしまってから話数に変更があったのしょうか?」
そう聞かれた円さんは意味深に笑って、
「秘密」
と言った。
それは僕たちの心の中に小さな棘が刺さった様な感覚を残す。それからは朝ご飯を食べても、玄さん達と特訓をしていても、円さんの店の手伝いをしていてもずっと晴れることはなかった。
「あーはいはい。百物語綴報の火登ね」
居間に移動した僕と玄さんは、互いに譲りあって経緯を話そうとした。が、差し出された名刺を見ただけで、円さんは全てを察したようだ。聞けば玄さんたちが使っている部屋にも同じく火登青行と名乗る妖怪が現れて、やはり滾々と百物語番付なるものの説明をして有無を言わさずに消えたのだという。
そうして何事かと思って円さんの部屋を訪ねたのだそうな。
なんだか時系列がおかしいような気がしたが、円さん曰く火登青行と言う妖怪は複数いるらしい。百物語綴報の記者の総称として名を名乗っているのだとか。話がややこしくなりそうだったので、名刺の意味がないのでは、というツッコミは僕の胸にしまっておく。
「で? どんなお題目をもらったんだ?」
円さんは水差しから湯呑に水を注ぎながら、そう聞いてきた。僕と玄さんは恭しく書状に認められた名前をもう一度確認した。
「僕は『手拭被黄金纏』と言われました」
「私達は『女槍墨袖隠』と…」
自分で言うと余計に重苦しく感じる。しかし玄さん達に渡された名前は何となくカッコいいと思ってしまった。
喉を鳴らして水を飲み終えた円さんは、フフっと軽く笑った。
それがどういう意味だったのかはわからない。
「大層な名前をもらったな。ま、百物語綴報らしいっちゃらしいけど」
「それで百物語綴報というのは?」
「あれ? 聞かなかったのか?」
「それを説明する前に火登さんが消えていなくなったので」
「ああ、玄が廊下に来たからだな。あいつらは一対一でしたか会話ができないっていう独特の社訓があるらしいから」
そう言って円さんはいつかと同じようにタブレットを引っ張り出してきた。トントンと画面をタップする音が部屋の中に響く。
「あった」
円さんはずいっとタブレットをこちらに差し出してきた。そこにはご丁寧に百物語綴報の説明書きが出ていた。
つらつらと読み進めると、先ほど火登が例えたように此の世で言うところの新聞社のようなものだというのを理解する。天獄屋で事件やイベント、金銭の代わりに酒の為替の値動き、米を始め色々な品物の相場などなどが乗っている。
中でも目を引いたのが「天獄屋百物語番付」と大きく出ている見出しだ。どうやらリンク先があるようで、僕はその文字をタップした。するとすぐさま画面が切り替わり話数と名前の記されたリストが表示された。そのいずれもが僕らがさっき貰ったようないかつくて芝居のタイトルのような名前だ。
「それが最新の百物語だな。お前らの名前も載ってるだろ」
「本当ですね」
確かに僕の名前が二話、玄さんが三話目に掲載されている。
「要するに天獄屋だけで通じるランキングだな。百物語に載るって事は良くも悪くも天獄屋の中で話題になったって事だ。恐らく…っていうか確実に昨日の事件が原因だろうな」
「まあ、それ以外に思い当たりませんし」
「とにかく天獄屋の中で注目されているんだ。話数が上がるほどそれだけ大勢が噂し合ってるってこと。余程強かったり、悪行を重ねたり、破天荒だったりする奴らがほとんどで、反対に下位ほど入れ替わりが激しい。お前らも明日には番付外になってるかもな」
「別にそれでもいいですけど」
こういうのは得てして順位争いに巻き込まれ、不毛な戦いを強いられる予感しかない。
「ま、争いの種になりかねないって事は否定しないけど、利点だってある」
「例えば?」
「名乗りの口上を言うと呪いが掛かる。ゲームで言うところのバフだな。ついでに多少なら相手からのデバフも打ち消せる」
「ばふ? でばふ?」
玄さんが可愛らしく小首を傾げている。そんな彼女に円さんは更に端的に教える。
「要するに戦う前にその名前を言うとちょっと強くなるんだよ」
「ああ、なるほど」
「それに上の話数になればそれだけで相手がビビってくれることもあるしな」
僕は漠然と侍の名乗りのようなものだと理解する。実際に吾大と対面してみた感想が正しくそんな印象だったからだ。
そうして奴との戦いを回想すると妙な事に気が付いた。僕はそれを素直に円さんに尋ねていた。
「あの吾大って人、確か『裏百物語』って名乗ってましたけど…それは」
「ああ、裏ねぇ…」
円さんは一瞬だけ暗い雰囲気を纏わせた。そんな気がした、と言うくらいの短い時間だったのだが僕は何だか聞いてはいけない事聞いてしまったのかも知れない。
「百物語って言葉から分かる通り、この番付は妖怪のためのものだ。けど知っての通り天獄屋にはそれなりに人間がいる。裏百物語ってのは天獄屋の中で話題にされている人間のための番付って訳さ」
「人間の百物語…」
「言葉としては妙かも知れないがね。天獄屋に住んでる連中は人間も妖怪もそういう噂話が好きなんだよ…いや此の世だとしても大差はねえか。仰々しい名前のせいで凄いもののように思うかも知んねえけど、所詮はTwitterのトレンドみたいなもんだし」
「そんな軽いものなんですか…」
僕がそんな事を呟くと、玄さんが小さく微かに気落ちした息を漏らした事に気が付いた。てっきりTwitterとかトレンドの意味が分からなかったのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
そして玄さんは恐る恐るという表現が最も似合うように円さんに尋ねた。
「あの…」
「ん?」
「円様は裏百物語の何話目に載っておられるのですか?」
「あれ? 俺が裏百物語に載ってるって教えたか?」
「いえ」
玄さんは首を振った。長い黒髪がの先端が風に吹かれるねこじゃらしのように揺れた。
「しかし裏百物語とやらは天獄屋でも名うての人間が記されるのでしょう? ともすれば円さんが載っていない道理がないと思ったのです」
「ああ、確かに」
言われてみれば尤もだ。仮に円さんが載っていないのなら裏百物語は案外しょうもないのか、さもなくば円さんが載らない程に恐ろしい連中が名を連ねることになる。
僕たちの視線を受けて、円さんは観念したような表情になった。
「…載ってるよ。天獄屋裏百物語第三十八話『仮初衣』」
「さ、三十八話!?」
僕は正直に驚いた。あれだけの実力を持つ円さんでもそのくらいの話題にしかならないという事か。もしくは円さんの言う通りあくまで話題性が判断基準で会って実際の力量は加味されていないというのか。
すると玄さんは更に重々しく声を出す。
「…あの外套が燃えてしまってから話数に変更があったのしょうか?」
そう聞かれた円さんは意味深に笑って、
「秘密」
と言った。
それは僕たちの心の中に小さな棘が刺さった様な感覚を残す。それからは朝ご飯を食べても、玄さん達と特訓をしていても、円さんの店の手伝いをしていてもずっと晴れることはなかった。
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