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第二章 岩馬
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そしてまた翌日。
僕と朱さんは開店の準備をしていた。本来であれば玄さんが顕現する日だそうなのだが、昨日の酒がまだ残っているのだそうな。
店を開ける支度が終わった頃合いで、慌てて駆け込んでくる者があった。坂鐘組の棗さんだ。
「棗さん、この前はありがとうございます」
事情を知らなかった僕はそんな暢気な挨拶をした。が、すぐに棗さんが慌てふためいている事に気が付き、何かよくないことが起こったのだと感づいた。
「和泉屋さんは?」
「今、呼んできます」
その血相からただならぬ様子であるという事を、僕は直感的に理解した。それは朱さんも同じようで、慌てた様子で円さんを呼びに行った。やがて台所側の暖簾の奥から円さんが出てきた。
「どうしたんだよ、一体」
「すみません、こんな時間に。紫さんはご一緒ではありませんか?」
「紫? いや、ここにはいない。昨日、岩馬で別れたが…」
「やはりそうですか。和泉屋さんと一緒にいるところを見たと聞いてきたのですが・・・」
「戻っていないのか?」
「ええ。磨角様の用事を済ませに岩馬に行ったきりでして」
じわり、と何とも言えない嫌な感覚が店の中を支配していくのが分かった。それぞれが物憂げに状況を頭の中で整理していると、朱さんが再び店に戻ってきて言った。
「円殿。火急の知らせだと景殿がお見えだ」
「わかった。環、棗、居間に来い」
円さんは頭に巻いていた手拭いを目を覆うように下ろしてから居間に入った。景さんに気を使っての事だろうが、その気遣いを怠っていない様が冷静さを失っていない風に見えて少し安心感が芽生えた。
全員が揃うと挨拶もなしに景さんが口を開く。紫さんの事情は奥の部屋にも伝わっていたようで皆は立つなり、坐るなりして思い思いにそれに聞き入った。
「ちょっと嫌な陰口を聞いたわ」
「どうした?」
「昨日言われた禍室の動向を探ってみたの、岩馬周辺のね。そしたら、最近になって鍛冶屋や武具商が頻繁に襲われているの」
「ああ。それは昨日、吾大さんに聞いたよ」
思わず目が合った朱さんと共に僕らも頷く。棗さんは突如として出てきた禍室の名に苦い顔をしている。
ところが景さんは僕らが吾大さんと会っていたという事実に驚きの色を隠さずに答えた。
「アンタたち吾大に会ったの!?」
「会ったよ。それがどうした?」
円さんも含め、何をそんなに驚くのかがわからないでいた。しかし、次の言葉でそれは納得した。
「…その吾大が中心になって一部の鍛冶屋や腕に覚えのある連中が禍室に組している、そんな陰口を言っている奴がチラホラいたわ」
「なんだと?」
先ほどの嫌な予感は見る見るうちに膨らんで多くなっていく。それの重みに耐えきれず、僕は思わず不安を口にしてしまっていた。
「円さん、マズくないですか?」
「吾大殿は昨日、紫殿に会って話をしたと言っていたぞ」
棗さんと景さんが同じく反応する。事情を飲み込めていないのだから無理もない。
それでも円さんは飽くまで状況を冷ややかに分析していた。
「・・・吾大さんは、紫はすぐに巳坂に帰ったと言った。それなのに坂鐘家に戻ってきていないとすれば、帰路の途中でトラブったか」
「もしくは、吾大さんが嘘をついていた――って事ですね」
「ああ」
少し間があった。
居間にいた妖怪たちの目線と意識が、ただ一人の人間に集中している。
そして次の瞬間、円さんはすくっと立ち上がり淡々とした口調で告げた。
「景、棗。すぐに戻って鈴と磨角にこの事を伝えろ」
「わかりました」
「円は?」
「すぐに岩馬に行く。環と朱はここで待ってろ、いいな」
言い終わるが早いか、円さんは自室に戻って大急ぎで支度をした後、景さん達を追うように出て行った。
「・・・」
あっという間に取り残されてしまった僕と朱さんは、改めて顔を見合わせた。そしてお互いに緊張で張り詰めた気を解かずに幽かに笑った。まだ長いとは言えない付き合いだし、玄さんは計りかねている部分も大いにある。
けれども、僕と朱さんは根っこはかなりそっくりな性質だと思う。呼吸を合わせたかのようにさっさと立ち上がると、同じく大慌てで出かける準備をし始めた。
―――――――
その頃。
円たちの予想通り、紫は岩馬の吾大ら一党に捕らえられていた。傍らには常に監視の目が光っており、状況を打破できぬことに紫は歯がゆい思いをしていた。
先日、円たちと別れた折に紫はすぐに岩馬の路地を隠れるように行く吾大を見つけた。その時にすぐ声を掛ければよかったものの、悪戯心が芽生えた紫はしばらく吾大の跡を付けることにした。
だが、吾大はその時に禍室の輩との密会に向かう最中であったのだ。吾大が会っていたのは禍室に属する侍風の男で、恐ろしく勘働きが鋭かったのである。すぐさま紫に悟られぬように仲間たちを動かして紫を取り囲んだ。
気が付いた時にはすでに遅く、紫も健闘したが数の利を覆すには至らなかった。特に紫の正体や妖怪としての『性質』を理解している吾大が敵に回っていた事が最大の痛手だった。
気絶されられた紫は知らぬ場所へと運ばれ、身動きが取れぬように縛り付けられていた。目覚めた後も脱出を試みたが、いずれも徒労に終わっていた。
「まったく『夢のつなぎ紐』まであるなんて、用意周到なこって」
本来、実態を持たない「煙」である紫を縛り付けることは不可能のはずだった。しかし、紫の体に巻き付いている『夢のつなぎ紐』というものは、あべこべに実態のないモノを縛って固定するために術が施されていた。
方々手を尽くして焦りと疲労の色の出はじめていた紫だったが、監禁されている部屋の戸が開いて入ってきた者を見た時、目に少しだけ輝きが戻った。紫がここに連れてこられてから初めて、吾大が顔を見せたのである。
手下らしき男を従え、吾大は見張りの男に紫の様子を尋ねた。
「変わりはあったか?」
「いえ。特には」
もぞもぞと身をよじらせながら、紫は頭を向け吾大を睨みつけて言い放つ。
「一体、何するつもりなんだい? 禍室なんかと手を組んでさ」
「・・・」
「だんまりかよ」
紫は一瞬の隙をついて吾大が連れてきた、見るからに三下の男に蹴りを入れた。まさか攻撃されると思ってはいなかったその男は、受ける動きを見せることなく吹っ飛んでいった。
「ぐわっ」
「女を縛っておいて手も出してこないなんて、余程の腑抜けかそれとも女の扱いを知らない童貞くんなのかな? 禍室の名前を使えば大抵の奴はビビるかも知れないけど、所詮は名前だけでいきがっている三下なんだろ」
その吹っ飛んだ男に対して、わざと挑発するように足を巧みに上げ、煽情的な格好になった。 男は蹴りもそうだが、紫の舐め切った態度に一瞬でのぼせ上がり、怒りの形相を上げて吠えた。
「っ! この女ぁぁっ」
「やめろっっ!!」
だが、紫の思惑は吾大に潰されてしまった。その場にいる全員が思わず固まってしまうほどの気迫ある声で制したのだ。
「こいつは妖気の核に煙をまとわして操っているだけで、本体は巳坂にあるはずだ。下手に傷つけると核が解放されちまう。そうなったら面倒が増えるだけだ」
「ちぇっ。これだから顔見知りを敵に回すのは嫌なんだ」
吾大の言う通り、煙が外的要因で剥されれば紫の核は本体のある巳坂の坂鐘家の屋敷に戻れるはずだった。ようやく知らぬ顔の輩が入ってきたことで気が急いてしまった事を紫は今になって後悔した。
歯噛みして悔しがっていると、再び戸が開いて禍室の一員と思しき男が入ってきた。だが、少々焦り、困惑している様子だったのが気にかかった。そして、その男が持っていた袱紗には見覚えがある。昨日、円が抱えていた刀を包んでいた袱紗だったからだ。
「吾大さん。支度ができました」
「・・・ああ」
「その袱紗と刀、昨日円くんが持っていたヤツだね」
紫は一縷の望みを持った。それがここにあるということは、円と吾大が何かしらの形で接触したという何よりの証であるし、それをわざわざ用意したという事は今後も円と落ち合う可能性が高いということだからだ。
事実、紫の予想は当たっていた。円は昨日の吾大たちが集まっていた家に目星をつけ、飽くまで平静を装って吾大への取次ぎを迫ったのだった。吾大は刀を円へと返し、恐らく自分へ抱えているであろう疑念を払拭させようと頭を巡らしていた。
「円くんを巻き込んだら、それこそ冗談じゃすまないよ」
それを聞いた吾大は今までにも増して冷えた目を紫に向けて言った。
「何だ? まだあいつに惚れてんのか?」
その言葉をきっかけに紫は怒気を惜しげもなく解き放った。感情がコントロールできず、身体のあちこちから妖気と共に白い煙が噴き出している。
尋常ではない様子に、部屋の中にいた禍室の下っ端共はざわついた。
「何だ、この煙」
「ほっとけ。ただの威嚇だ。夢のつなぎ紐で括っている限りは何も出来やしない。挑発されたって手を出すんじゃねえぞ」
吾大は残った見張りの手下たちに釘をさして部屋を後にした。一人だけついてきた男は吾大の持つ刀をまじまじと見つめて、さも残念そうに言った。
「その刀だって主義刀でなくとも相当の業物でしょう? おめおめと返すのはもったいないですねぇ」
「・・・下手に勘繰られるよりはマシだ。今はまだあいつを敵に回したくない」
袱紗を掴む吾大の手に思わず力が入っていた。この局面をどう乗り切るか、吾大は思案しているのか祈っているのか、自分で自分がわからないままでいた。
僕と朱さんは開店の準備をしていた。本来であれば玄さんが顕現する日だそうなのだが、昨日の酒がまだ残っているのだそうな。
店を開ける支度が終わった頃合いで、慌てて駆け込んでくる者があった。坂鐘組の棗さんだ。
「棗さん、この前はありがとうございます」
事情を知らなかった僕はそんな暢気な挨拶をした。が、すぐに棗さんが慌てふためいている事に気が付き、何かよくないことが起こったのだと感づいた。
「和泉屋さんは?」
「今、呼んできます」
その血相からただならぬ様子であるという事を、僕は直感的に理解した。それは朱さんも同じようで、慌てた様子で円さんを呼びに行った。やがて台所側の暖簾の奥から円さんが出てきた。
「どうしたんだよ、一体」
「すみません、こんな時間に。紫さんはご一緒ではありませんか?」
「紫? いや、ここにはいない。昨日、岩馬で別れたが…」
「やはりそうですか。和泉屋さんと一緒にいるところを見たと聞いてきたのですが・・・」
「戻っていないのか?」
「ええ。磨角様の用事を済ませに岩馬に行ったきりでして」
じわり、と何とも言えない嫌な感覚が店の中を支配していくのが分かった。それぞれが物憂げに状況を頭の中で整理していると、朱さんが再び店に戻ってきて言った。
「円殿。火急の知らせだと景殿がお見えだ」
「わかった。環、棗、居間に来い」
円さんは頭に巻いていた手拭いを目を覆うように下ろしてから居間に入った。景さんに気を使っての事だろうが、その気遣いを怠っていない様が冷静さを失っていない風に見えて少し安心感が芽生えた。
全員が揃うと挨拶もなしに景さんが口を開く。紫さんの事情は奥の部屋にも伝わっていたようで皆は立つなり、坐るなりして思い思いにそれに聞き入った。
「ちょっと嫌な陰口を聞いたわ」
「どうした?」
「昨日言われた禍室の動向を探ってみたの、岩馬周辺のね。そしたら、最近になって鍛冶屋や武具商が頻繁に襲われているの」
「ああ。それは昨日、吾大さんに聞いたよ」
思わず目が合った朱さんと共に僕らも頷く。棗さんは突如として出てきた禍室の名に苦い顔をしている。
ところが景さんは僕らが吾大さんと会っていたという事実に驚きの色を隠さずに答えた。
「アンタたち吾大に会ったの!?」
「会ったよ。それがどうした?」
円さんも含め、何をそんなに驚くのかがわからないでいた。しかし、次の言葉でそれは納得した。
「…その吾大が中心になって一部の鍛冶屋や腕に覚えのある連中が禍室に組している、そんな陰口を言っている奴がチラホラいたわ」
「なんだと?」
先ほどの嫌な予感は見る見るうちに膨らんで多くなっていく。それの重みに耐えきれず、僕は思わず不安を口にしてしまっていた。
「円さん、マズくないですか?」
「吾大殿は昨日、紫殿に会って話をしたと言っていたぞ」
棗さんと景さんが同じく反応する。事情を飲み込めていないのだから無理もない。
それでも円さんは飽くまで状況を冷ややかに分析していた。
「・・・吾大さんは、紫はすぐに巳坂に帰ったと言った。それなのに坂鐘家に戻ってきていないとすれば、帰路の途中でトラブったか」
「もしくは、吾大さんが嘘をついていた――って事ですね」
「ああ」
少し間があった。
居間にいた妖怪たちの目線と意識が、ただ一人の人間に集中している。
そして次の瞬間、円さんはすくっと立ち上がり淡々とした口調で告げた。
「景、棗。すぐに戻って鈴と磨角にこの事を伝えろ」
「わかりました」
「円は?」
「すぐに岩馬に行く。環と朱はここで待ってろ、いいな」
言い終わるが早いか、円さんは自室に戻って大急ぎで支度をした後、景さん達を追うように出て行った。
「・・・」
あっという間に取り残されてしまった僕と朱さんは、改めて顔を見合わせた。そしてお互いに緊張で張り詰めた気を解かずに幽かに笑った。まだ長いとは言えない付き合いだし、玄さんは計りかねている部分も大いにある。
けれども、僕と朱さんは根っこはかなりそっくりな性質だと思う。呼吸を合わせたかのようにさっさと立ち上がると、同じく大慌てで出かける準備をし始めた。
―――――――
その頃。
円たちの予想通り、紫は岩馬の吾大ら一党に捕らえられていた。傍らには常に監視の目が光っており、状況を打破できぬことに紫は歯がゆい思いをしていた。
先日、円たちと別れた折に紫はすぐに岩馬の路地を隠れるように行く吾大を見つけた。その時にすぐ声を掛ければよかったものの、悪戯心が芽生えた紫はしばらく吾大の跡を付けることにした。
だが、吾大はその時に禍室の輩との密会に向かう最中であったのだ。吾大が会っていたのは禍室に属する侍風の男で、恐ろしく勘働きが鋭かったのである。すぐさま紫に悟られぬように仲間たちを動かして紫を取り囲んだ。
気が付いた時にはすでに遅く、紫も健闘したが数の利を覆すには至らなかった。特に紫の正体や妖怪としての『性質』を理解している吾大が敵に回っていた事が最大の痛手だった。
気絶されられた紫は知らぬ場所へと運ばれ、身動きが取れぬように縛り付けられていた。目覚めた後も脱出を試みたが、いずれも徒労に終わっていた。
「まったく『夢のつなぎ紐』まであるなんて、用意周到なこって」
本来、実態を持たない「煙」である紫を縛り付けることは不可能のはずだった。しかし、紫の体に巻き付いている『夢のつなぎ紐』というものは、あべこべに実態のないモノを縛って固定するために術が施されていた。
方々手を尽くして焦りと疲労の色の出はじめていた紫だったが、監禁されている部屋の戸が開いて入ってきた者を見た時、目に少しだけ輝きが戻った。紫がここに連れてこられてから初めて、吾大が顔を見せたのである。
手下らしき男を従え、吾大は見張りの男に紫の様子を尋ねた。
「変わりはあったか?」
「いえ。特には」
もぞもぞと身をよじらせながら、紫は頭を向け吾大を睨みつけて言い放つ。
「一体、何するつもりなんだい? 禍室なんかと手を組んでさ」
「・・・」
「だんまりかよ」
紫は一瞬の隙をついて吾大が連れてきた、見るからに三下の男に蹴りを入れた。まさか攻撃されると思ってはいなかったその男は、受ける動きを見せることなく吹っ飛んでいった。
「ぐわっ」
「女を縛っておいて手も出してこないなんて、余程の腑抜けかそれとも女の扱いを知らない童貞くんなのかな? 禍室の名前を使えば大抵の奴はビビるかも知れないけど、所詮は名前だけでいきがっている三下なんだろ」
その吹っ飛んだ男に対して、わざと挑発するように足を巧みに上げ、煽情的な格好になった。 男は蹴りもそうだが、紫の舐め切った態度に一瞬でのぼせ上がり、怒りの形相を上げて吠えた。
「っ! この女ぁぁっ」
「やめろっっ!!」
だが、紫の思惑は吾大に潰されてしまった。その場にいる全員が思わず固まってしまうほどの気迫ある声で制したのだ。
「こいつは妖気の核に煙をまとわして操っているだけで、本体は巳坂にあるはずだ。下手に傷つけると核が解放されちまう。そうなったら面倒が増えるだけだ」
「ちぇっ。これだから顔見知りを敵に回すのは嫌なんだ」
吾大の言う通り、煙が外的要因で剥されれば紫の核は本体のある巳坂の坂鐘家の屋敷に戻れるはずだった。ようやく知らぬ顔の輩が入ってきたことで気が急いてしまった事を紫は今になって後悔した。
歯噛みして悔しがっていると、再び戸が開いて禍室の一員と思しき男が入ってきた。だが、少々焦り、困惑している様子だったのが気にかかった。そして、その男が持っていた袱紗には見覚えがある。昨日、円が抱えていた刀を包んでいた袱紗だったからだ。
「吾大さん。支度ができました」
「・・・ああ」
「その袱紗と刀、昨日円くんが持っていたヤツだね」
紫は一縷の望みを持った。それがここにあるということは、円と吾大が何かしらの形で接触したという何よりの証であるし、それをわざわざ用意したという事は今後も円と落ち合う可能性が高いということだからだ。
事実、紫の予想は当たっていた。円は昨日の吾大たちが集まっていた家に目星をつけ、飽くまで平静を装って吾大への取次ぎを迫ったのだった。吾大は刀を円へと返し、恐らく自分へ抱えているであろう疑念を払拭させようと頭を巡らしていた。
「円くんを巻き込んだら、それこそ冗談じゃすまないよ」
それを聞いた吾大は今までにも増して冷えた目を紫に向けて言った。
「何だ? まだあいつに惚れてんのか?」
その言葉をきっかけに紫は怒気を惜しげもなく解き放った。感情がコントロールできず、身体のあちこちから妖気と共に白い煙が噴き出している。
尋常ではない様子に、部屋の中にいた禍室の下っ端共はざわついた。
「何だ、この煙」
「ほっとけ。ただの威嚇だ。夢のつなぎ紐で括っている限りは何も出来やしない。挑発されたって手を出すんじゃねえぞ」
吾大は残った見張りの手下たちに釘をさして部屋を後にした。一人だけついてきた男は吾大の持つ刀をまじまじと見つめて、さも残念そうに言った。
「その刀だって主義刀でなくとも相当の業物でしょう? おめおめと返すのはもったいないですねぇ」
「・・・下手に勘繰られるよりはマシだ。今はまだあいつを敵に回したくない」
袱紗を掴む吾大の手に思わず力が入っていた。この局面をどう乗り切るか、吾大は思案しているのか祈っているのか、自分で自分がわからないままでいた。
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