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第二章 岩馬

罪の償い

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 そう反応した僕らを誰が咎められると言うのか。

 天聞塾と言えば、つい一週間前に何の謂れのない僕たちを襲い、円さんに大火傷まで負わせた連中だ。しかも塾頭というからには、つまりはあいつらのボスという事だろう。

 これほどまでに危機的な状況だというのに、円さんは一向に動かない。それどころか、寧ろ僕らを制しするように諫めてきた。
 

「落ち着け。こいつは大丈夫だから」

「いや、そういう反応をされても仕方がない。今日はその事をお詫びするためにきたんだ」


 巡と言われた男は座布団から膝行で脇にずれると、そのまま深々と円さんに向かって頭を下げてきた。


「すまなかった。かなり危険な目に遭ったと聞いている。僕の監督不行き届きだった」

「お前の差し金じゃないってことくらいは分かってるさ。そんなに気にしちゃいない」

「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ」


 巡さんは両の手は床に付けたまま、頭だけをそっと上げた。まじまじと心底申し訳なさそうな顔を覗かせる。


「けど、苦労してるみたいだな」

「…やっぱり先生みたいには行かないものだね。どんどん派閥が生まれて、手に負えなくなってきている」

 その声は本当に辛労に染まっていた。同時に僕は、梅ヶ原巡という人間はとても正直な人なのだろうという印象を持った。気品の良さは相変わらずであったのだが、改めて見てみるとその陰にどこか儚げというか、幸の薄そうな気配が出てきていた。

 円さんは湯呑を持つと、口もつけずにそれをすぐに卓袱台に置いた。

 酒が入っているいつも調子で湯呑を持ったら、中に熱いお茶が入っているのを思い出して飲むのを止めた、そんな仕草だった。


「だから天聞塾の復活なんざ止めとけと言ったんだ」

「面目ない」

「…さっさと辞めちまえばいいのによ」

「そうもいかないさ」

 巡さんは力強く、円さんの言葉を否定した。その声には妙な執念というか、暗い影が込めてられているように思えてならなかった。


「少なからず、僕の理想を支持して付いてきてくれる仲間もいるんだ」

「そうかい…」

 円さんは諦めた様な、それでいて最初からわかっていたように返事をする。

 そう聞いた巡さんは、より一層の気持ちを込めた様な眼で円さんを見て続けた。


「謝罪をしにきた身の上で厚かましいのは承知しているけど、君の勧誘が目的でもある」

「…」

「天聞塾に入ってほしい。君のような確かな実力者が必要なんだ」


 深々と頭を下げ、懇願する。

 僕は何となく動いてはいけないような気になってしまい、まるで石のように固まってしまっていた。それは玄さんも同じようだった。一緒になって黙って事の成り行きを見守ることしかできない。その上勢いで立ち上がったものだから座るタイミングも逃してしまった。


 少々、長い沈黙があった。


 この間に円さんは何を考えていたのだろうか。僕にはまるで見当もつかない事だった。


 そしてその重苦しい空気を更に重くするかのような、重々しくゆっくりと言葉を吐いた。


「俺の考えは…変わっていない。先生を蘇らせようなんて、馬鹿な考えはもう止めろ。死人は蘇ったところ死人だ、人間じゃない」

「だからこそ、君の錬金術が必要だった」


 ぼんやりしていたなら、思わず聞きそびれてしまうやり取りだったが、二人の会話にとてつもない疑問を持った。誰がどう聞いても『死んだ人間を蘇らせる』という趣旨の話をしているのだから、僕の反応は当然のはずだ。


 あまつさえ、巡さんの口ぶりでは円さんの錬金術は死人を蘇らせるために必要な要素を持っている、というように聞こえる。いくら魑魅魍魎が跋扈する天獄屋であったとしても、流石に死人を生き返れらせる術が手易いものであるはずがない。


 僕のそんな驚きは、勿論二人に届くはずもなく、置いてぼりを喰らったかのように会話は進んで行く。


「なら、なおさら今の俺が入ったって無駄だ」

「聞いているよ。ローブが燃えたんだって?」

「…ああ」

「僕が勧誘しているのは君の錬金術が必要なだけじゃない。君の錬金術の知識、技術、経験、その全てだ。このまま埋もれされておくには、あまりにも惜しい」

「そこまで高く買ってくれると嬉しいね」

「茶化すんじゃない。天聞塾に来てくれ。時間はかかるかも知れないが、理論の再構築はできるはずだ。」

「悪いな。今は他にやることがあるんだ、協力はできない」


 再び間があった。

 円さんは今度こそお茶を啜り、巡さんは畳から手を離して深く深く息を吸った。

 僕は首を動かして、円さんとその奥にちらりと見える玄さんの顔を伺った。すると、玄さんも思うことがあったのか焦ったような、それでいて悲しそうな、物憂げな顔つきになっていた。

 やがて、巡さんはこれまた幸薄そうな笑顔を添えて静寂を破った。


「…そうか、残念だ――けどそう簡単には諦めないよ」

「是非そうしてもらいたいね。そんで俺のご機嫌を取る為に、この前みたいな輩が暴れないよう、ようく見張っておいてくれ」


 円さんのそんな冗談は、重苦しくなっていたこの部屋の雰囲気を変えてくれた。巡さんもクスリと堪え笑いをしたが、また生真面目な声で答えた。


「ああ。そのつもりだ。しかし約束はできない、君もよく用心してくれ」

「分かった」

「おっと、失礼。謝るべきは円君だけじゃない、君たちにもだった」


 そういって僕と玄さんの顔とを交互に見た巡さんは、再び深々と頭を下げた。


「改めて自己紹介をさせてもらうと、僕は梅ヶ原巡といいます。今の天聞塾の塾長をしています。先日はウチの門弟が暴走し、とても危ない目に遭わせてしまった。その事についてお詫びをしたい、本当に申し訳ない」

「いえ、そんな畏まられても…」

「幸い大けがをした者はおりませんし」


 僕も玄さんも、そこまで親切丁寧に詫びを入れられてしまってはそういう他ない。先の事件も、別段この人が差し金という訳でもないので尚更お門違いのような感覚になってしまう。

 その言葉を聞くと巡さんは朗らかな笑顔を見せつつも、毅然とした視線を僕たち全員に向けてきた。


「ありがとう。今も円君には言ったが、塾内も一枚岩でなくなってきている。僕も最善を尽くすが、安全を保障できない。どうか気を付けて頂きたい」

「ええ、分かりました」

「そうだ。物で釣るということではないが、これはお詫びの品です。受け取ってください」


 巡さんは店に入ってきた時から大事そうに持っていた風呂敷をほどいた。中からは高級そうな桐の箱が顔を覗かせていた。


「お、酒か?」

「いや違う」

「ちぇ」


 露骨に興味を失った円さんを尻目に、巡さんは中身の説明をしてくる。箱の蓋を取ると、中に入っていたのは確かに酒ではなかった。筒のような入れ物のそれは、どうみても茶筒であった。


「中身は清肝茶です。ご存知ですか?」

「いえ」


 巡さんは恭しく、清肝茶と説明した茶筒を玄さんに差し出した。この家での家事の担当に当たりを付けたようだ。


「これは人間の内臓機能を回復してくる効能があります。見舞いの意味でもあったのですが、円君は相変わらず自分を顧みないお酒の飲み方をしているでしょう? 天獄屋の人間は大酒飲みが多いですが、内臓疾患で亡くなる者は少ない。それはこのお茶があるからだと言われています」

「そうなのですか。恥ずかしながら、初めて聞き及びましたわ」


 そう告げられた巡さんはちらっと円さんを一瞥すると、クスリと笑った。


「そうでしょう。このお茶は効能は素晴らしいのですが、飲むと丸一日は味覚が変わってお酒がマズくなるらしい。きっと無理に飲まされぬよう極力隠し続けてきたのでしょうね」


「…円様?」


 円さんはバツが悪そうに明後日の方を見た。そして目だけは、恨みがましそうに巡さんへ向けられている。


「彼は極めて優秀な人材だ。お酒が元で身体を壊してしまうようなことがないよう、どうかよろしく頼みます」

「承知いたしました。素晴らしい贈り物をありがとうございます」


 そう返事をした玄さんの顔は巡さんの気遣いに感謝した朗らかさと、0点の答案用紙を隠していた子供に向けるような冷ややかな笑顔とを合わせた様な、そんな表情になっていた。
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