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「ほう、思ったよりも大きいな」
「一端身を隠すにはその方が好都合だろう」
「大きい小さいは分かんないからどっちでもいいよ~。とにかく早くホテルかなんか探そう」
「そうだね」
ここから先は更に急勾配な道とも言えない道になっていた。しかし眼前に町を見つけたアタシ達の頭に迂回の二文字はなかった。
まずノリンさんが猫ナナシ君を頭に乗せたかと思うと、崖から勢いよく飛び出した。一瞬、肝が冷えたが岩や木の枝に器用に飛び乗ってどんどんと進んでいく。なんだか吸血鬼というよりも天狗見ないだと思った。牛若丸みたいな? よく知らないんだけど
「チカ達も行こう。ドル君、架純さんと右手繋いで」
「は?」
「は? じゃないよ。架純さんはまだ飛び方わからないんだから、連れていくしかないでしょ? チカが左で君が右」
「いや、しかし」
「あ~さては照れてるなぁ?」
「馬鹿を言うな!」
と、虚勢を張ったがフィフスドル君が照れているというのは明白だった。だからアタシは例によってお願いの体裁を保つ。
「フィフスドル君。お願いします。アタシ飛べないから助けてほしい」
「…う、うむ。同族を見捨ててはアンチェントパプル家の名が廃る。掴まれ」
「ありがとう」
アタシは二人に左右から吊るされてノリンさん達を追い始めた。どっかで見た捕られられた宇宙人のような図だったが、まあこの際何でもいいか。
チカちゃんの手は冷たく、フィフスドル君の手は反対にどんどんと温かくなっている。
そうして崖下に降りた後は早かった。
木々と枝葉の先に石や木の杭で作られた壁が見えていたからだ。追手や見回りなんかに気をつけながら、アタシ達はとりあえず森の出口近くまでは辿り着くことができた。
そうしたところでノリンさんが一歩立ち止まった。
「さて。うまい事、夜明け前に町にはつけたのう」
「何で止まるの? さっさと行こうよ~」
「少しはものを考えたらどうだ? 不本意だが僕らは追われている可能性が高いんだぞ? しかも地の利がない分、圧倒的に不利」
「それに肝心の問題も残っておるぞい」
「え? 何ですか?」
ノリンさんはやけに深刻な顔になった。ここまでになると言うことは余程重要な事を見落としていたのだろうか。
そして重々しく、その問題とやらを教えてくれた。
「儂らには…金子がない」
「…あ」
「キンス? ワカラナイ」
そう言えばそうだった。
お城での生活は少なくとも衣食住は保証されていたので、エオイルにやってきてからというモノお金には無頓着だった。だって買い物に行く暇さえなかったから。
無理やり宛がわれた聖女としての仕事のおかげで多少の報奨金は貰っていたが、全てお城の部屋に置いてきてしまっている。この世界にやってきたばかりの四人がエオイルで通用する貨幣を持っているはずもない。
アタシ達は正しく一文無しだった。
「策としては質屋や道具屋を見つけて、今持っとるモノを売るくらいじゃな」
「ぐっ。このアンチェントパプル家の嫡男たる僕が金銭に窮して所持品を売りさばくなど、屈辱的だ」
「あ、でも。売るモノならあるよ。このドレスとかアクセサリーとか」
アタシは自分の身に着けているモノを片っ端から外し始めた。指輪やブレスレット、髪飾り等々をふんだんに用意されていた。一応は聖女としての名目を保つために見た目にはかなり口喧しく注意されていたのだ。
素人目に見ても高級品であることは窺い知れる。全部売れれば結構な額になるんじゃないだろうか。
「本当だ。結構いい品だから売るとこさえ見つけたら買い取ってくれるんじゃない?」
「ではそう言った店をまず探すか?」
フィフスドル君もチカちゃんも賛同してくれた。しかし、何故かノリンさんはそれを止めた。
「いや。それを売るのは止した方がいい」
「え? 何でですか?」
「儂らの身の丈に合っとらんからじゃ」
「…どういう事だ?」
そう尋ねたフィフスドル君と同様に、アタシもノリンさんの言わんとすることがよく分からなかった。
「逆の立場になって考えてみい。実際の年齢はともかくこんな子供らと着飾った女が貴重な品を持って店に来たとして、怪しいとは思わんか?」
「…いや、かなり怪しいです」
「じゃろう? 訳アリか、さもなくば盗んだ物と疑われる。それで買取を拒否されるだけならまだしも、品物から足が付いたり城の者を呼ばれては始末が悪い。ここは城から一番近い町。あちこちに息がかかっていると考えた方がよい。売るにしても別の街か、さもなくばこの町を去る段になってからじゃろうな」
「ノリン君ってすごいね~。チカ、そんな事考えたこともないよ」
「こんなこと考えなくて済むのであればそれに越したことはない。説教ではないが、元の世界では中々の暮らしができていた事に感謝するが良いぞ」
「それは言えてるかも…」
誰かに追われるなんて生活は元より、戦争とか身分制度とか、聖女なんてものからは無縁の暮らしがどれだけ気楽だったか、今では痛い程よく分かる。戻れるのであればアタシは手放しで元の生活に戻ることだろう。平凡で貧乏で変わり映えのしない、なんてよっぽどマシな要素にしか思えない。
とは言え、どれだけ切に願ってもそれが叶う事はない。
まずはこの現状をどうにかしなければならない事は変わりないのだ。
「じゃあ、アタシ達の身の丈にあったモノを売ればいいの?」
「それができれば手っ取り早いが…そもそも皆は何か持っておるのか?」
アタシ達は自分らの所持品を改めて整理してみた。
けれども目ぼしいものは見つからない。そりゃそうだ。異世界に急に召喚されたのに準備万端な訳がない。ナナシ君に至っては服すらないのだ。
一番可能性があるのはやっぱりアタシのアクセサリーの類い…そう思った時、一つだけアタシの身の丈に合った上で中々に値の張りそうな品物があることに気が付いた。それを思い出すとほんの一瞬だけ気が引けた。だが、それは本当にほんの一瞬だけの事だった。
四人のことを思えば、少しでも金策の足しになればという気持ちが勝ってしまったのだ。
「なら、これはどうかな?」
アタシは四人にソレを見せた。するとフィフスドル君が真っ先に反応してくる。
「これは万年筆か? 確かに見ただけでも意匠に凝った品だな。こちらの世界にも名職工はいるらしい」
「ふむ。宝石に比べれば確かにおかしくはないか」
「けど、それってチカ達を助けてくれた時に使ったモノでしょう? 手放して大丈夫なの? 宝石と違ってガチの私物でしょ?」
「…うん。けどあの魔法はインクがあれば使えるから、別にこの万年筆に拘る必要はないんだ」
この万年筆を貰った経緯は伏せた。絶対に余計な気遣いをされると思ったからだ。
未練も思い入れも吹っ切ったと言えば少し嘘になるけれど。背に腹は代えられぬ、という奴だった。
「…問題ないのであればひとまずはこれに金策を委ねるしかないのう。質屋のように預かりの猶予がある店で金に変えられれば取り戻すことも叶うが」
「そ、そんな事気にしなくていいよ。むしろ高値で売れた方がいいし…」
「後は誰が売りに行くかじゃな。全員で押しかける必要もない。見た目の年齢と格好であれば、チカ殿に頼みたいところ」
「えへへ。任せておいてよ~。チカはね、血よりもお金の匂いに敏感だから。こんな小さい区画ならすぐに胡散臭い質屋を見つけられるよ」
「正当な質屋を探せ」
「だって真っ当な質屋じゃ後々宝石を査定してくれないでしょ?」
「…む」
「という訳で少しだけ待ってて。精々高値で買い取らせてくるから」
チカちゃんはそう言ってアタシから万年筆を受け取ると、ゴスロリ服の端っこからどんどんと無数の蝙蝠に変身していった。凄い…アニメーション映画みたい。
やがて蝙蝠の一団は統率された動きで夜空に消え、木の杭で出来た壁を難なく飛び越えて行った。
「あんなチャランポランな奴に任せて平気だったのか?」
「チカちゃんはフワッとしてるけど、キチンと自分を持っている子だから大丈夫だよ」
「儂もそう思う」
「ふんっ。出会って数時間しか経っていないのに、そこまで分かるものか」
「見る目があれば一目で分かるわい」
「何だと!? 僕の目が節穴とでも言うつもりか」
と、二人は早速じゃれ合い始めた。
アタシはもう一度、木を背もたれにして束の間の休息に勤しんだ。この数時間の間に、事態が激動しすぎて息をつくとドッと疲れが噴き出してくるような思いだった。
異世界に召喚された時と同じように先の見えない不安が押し寄せてきたが、不思議と怖さは感じない。
するとアタシの膝の上に猫ナナシ君が乗っかってきた。
ありがたくモフモフとなでなでをさせてもらいつつ、チカちゃんの帰りを待っていた。
「一端身を隠すにはその方が好都合だろう」
「大きい小さいは分かんないからどっちでもいいよ~。とにかく早くホテルかなんか探そう」
「そうだね」
ここから先は更に急勾配な道とも言えない道になっていた。しかし眼前に町を見つけたアタシ達の頭に迂回の二文字はなかった。
まずノリンさんが猫ナナシ君を頭に乗せたかと思うと、崖から勢いよく飛び出した。一瞬、肝が冷えたが岩や木の枝に器用に飛び乗ってどんどんと進んでいく。なんだか吸血鬼というよりも天狗見ないだと思った。牛若丸みたいな? よく知らないんだけど
「チカ達も行こう。ドル君、架純さんと右手繋いで」
「は?」
「は? じゃないよ。架純さんはまだ飛び方わからないんだから、連れていくしかないでしょ? チカが左で君が右」
「いや、しかし」
「あ~さては照れてるなぁ?」
「馬鹿を言うな!」
と、虚勢を張ったがフィフスドル君が照れているというのは明白だった。だからアタシは例によってお願いの体裁を保つ。
「フィフスドル君。お願いします。アタシ飛べないから助けてほしい」
「…う、うむ。同族を見捨ててはアンチェントパプル家の名が廃る。掴まれ」
「ありがとう」
アタシは二人に左右から吊るされてノリンさん達を追い始めた。どっかで見た捕られられた宇宙人のような図だったが、まあこの際何でもいいか。
チカちゃんの手は冷たく、フィフスドル君の手は反対にどんどんと温かくなっている。
そうして崖下に降りた後は早かった。
木々と枝葉の先に石や木の杭で作られた壁が見えていたからだ。追手や見回りなんかに気をつけながら、アタシ達はとりあえず森の出口近くまでは辿り着くことができた。
そうしたところでノリンさんが一歩立ち止まった。
「さて。うまい事、夜明け前に町にはつけたのう」
「何で止まるの? さっさと行こうよ~」
「少しはものを考えたらどうだ? 不本意だが僕らは追われている可能性が高いんだぞ? しかも地の利がない分、圧倒的に不利」
「それに肝心の問題も残っておるぞい」
「え? 何ですか?」
ノリンさんはやけに深刻な顔になった。ここまでになると言うことは余程重要な事を見落としていたのだろうか。
そして重々しく、その問題とやらを教えてくれた。
「儂らには…金子がない」
「…あ」
「キンス? ワカラナイ」
そう言えばそうだった。
お城での生活は少なくとも衣食住は保証されていたので、エオイルにやってきてからというモノお金には無頓着だった。だって買い物に行く暇さえなかったから。
無理やり宛がわれた聖女としての仕事のおかげで多少の報奨金は貰っていたが、全てお城の部屋に置いてきてしまっている。この世界にやってきたばかりの四人がエオイルで通用する貨幣を持っているはずもない。
アタシ達は正しく一文無しだった。
「策としては質屋や道具屋を見つけて、今持っとるモノを売るくらいじゃな」
「ぐっ。このアンチェントパプル家の嫡男たる僕が金銭に窮して所持品を売りさばくなど、屈辱的だ」
「あ、でも。売るモノならあるよ。このドレスとかアクセサリーとか」
アタシは自分の身に着けているモノを片っ端から外し始めた。指輪やブレスレット、髪飾り等々をふんだんに用意されていた。一応は聖女としての名目を保つために見た目にはかなり口喧しく注意されていたのだ。
素人目に見ても高級品であることは窺い知れる。全部売れれば結構な額になるんじゃないだろうか。
「本当だ。結構いい品だから売るとこさえ見つけたら買い取ってくれるんじゃない?」
「ではそう言った店をまず探すか?」
フィフスドル君もチカちゃんも賛同してくれた。しかし、何故かノリンさんはそれを止めた。
「いや。それを売るのは止した方がいい」
「え? 何でですか?」
「儂らの身の丈に合っとらんからじゃ」
「…どういう事だ?」
そう尋ねたフィフスドル君と同様に、アタシもノリンさんの言わんとすることがよく分からなかった。
「逆の立場になって考えてみい。実際の年齢はともかくこんな子供らと着飾った女が貴重な品を持って店に来たとして、怪しいとは思わんか?」
「…いや、かなり怪しいです」
「じゃろう? 訳アリか、さもなくば盗んだ物と疑われる。それで買取を拒否されるだけならまだしも、品物から足が付いたり城の者を呼ばれては始末が悪い。ここは城から一番近い町。あちこちに息がかかっていると考えた方がよい。売るにしても別の街か、さもなくばこの町を去る段になってからじゃろうな」
「ノリン君ってすごいね~。チカ、そんな事考えたこともないよ」
「こんなこと考えなくて済むのであればそれに越したことはない。説教ではないが、元の世界では中々の暮らしができていた事に感謝するが良いぞ」
「それは言えてるかも…」
誰かに追われるなんて生活は元より、戦争とか身分制度とか、聖女なんてものからは無縁の暮らしがどれだけ気楽だったか、今では痛い程よく分かる。戻れるのであればアタシは手放しで元の生活に戻ることだろう。平凡で貧乏で変わり映えのしない、なんてよっぽどマシな要素にしか思えない。
とは言え、どれだけ切に願ってもそれが叶う事はない。
まずはこの現状をどうにかしなければならない事は変わりないのだ。
「じゃあ、アタシ達の身の丈にあったモノを売ればいいの?」
「それができれば手っ取り早いが…そもそも皆は何か持っておるのか?」
アタシ達は自分らの所持品を改めて整理してみた。
けれども目ぼしいものは見つからない。そりゃそうだ。異世界に急に召喚されたのに準備万端な訳がない。ナナシ君に至っては服すらないのだ。
一番可能性があるのはやっぱりアタシのアクセサリーの類い…そう思った時、一つだけアタシの身の丈に合った上で中々に値の張りそうな品物があることに気が付いた。それを思い出すとほんの一瞬だけ気が引けた。だが、それは本当にほんの一瞬だけの事だった。
四人のことを思えば、少しでも金策の足しになればという気持ちが勝ってしまったのだ。
「なら、これはどうかな?」
アタシは四人にソレを見せた。するとフィフスドル君が真っ先に反応してくる。
「これは万年筆か? 確かに見ただけでも意匠に凝った品だな。こちらの世界にも名職工はいるらしい」
「ふむ。宝石に比べれば確かにおかしくはないか」
「けど、それってチカ達を助けてくれた時に使ったモノでしょう? 手放して大丈夫なの? 宝石と違ってガチの私物でしょ?」
「…うん。けどあの魔法はインクがあれば使えるから、別にこの万年筆に拘る必要はないんだ」
この万年筆を貰った経緯は伏せた。絶対に余計な気遣いをされると思ったからだ。
未練も思い入れも吹っ切ったと言えば少し嘘になるけれど。背に腹は代えられぬ、という奴だった。
「…問題ないのであればひとまずはこれに金策を委ねるしかないのう。質屋のように預かりの猶予がある店で金に変えられれば取り戻すことも叶うが」
「そ、そんな事気にしなくていいよ。むしろ高値で売れた方がいいし…」
「後は誰が売りに行くかじゃな。全員で押しかける必要もない。見た目の年齢と格好であれば、チカ殿に頼みたいところ」
「えへへ。任せておいてよ~。チカはね、血よりもお金の匂いに敏感だから。こんな小さい区画ならすぐに胡散臭い質屋を見つけられるよ」
「正当な質屋を探せ」
「だって真っ当な質屋じゃ後々宝石を査定してくれないでしょ?」
「…む」
「という訳で少しだけ待ってて。精々高値で買い取らせてくるから」
チカちゃんはそう言ってアタシから万年筆を受け取ると、ゴスロリ服の端っこからどんどんと無数の蝙蝠に変身していった。凄い…アニメーション映画みたい。
やがて蝙蝠の一団は統率された動きで夜空に消え、木の杭で出来た壁を難なく飛び越えて行った。
「あんなチャランポランな奴に任せて平気だったのか?」
「チカちゃんはフワッとしてるけど、キチンと自分を持っている子だから大丈夫だよ」
「儂もそう思う」
「ふんっ。出会って数時間しか経っていないのに、そこまで分かるものか」
「見る目があれば一目で分かるわい」
「何だと!? 僕の目が節穴とでも言うつもりか」
と、二人は早速じゃれ合い始めた。
アタシはもう一度、木を背もたれにして束の間の休息に勤しんだ。この数時間の間に、事態が激動しすぎて息をつくとドッと疲れが噴き出してくるような思いだった。
異世界に召喚された時と同じように先の見えない不安が押し寄せてきたが、不思議と怖さは感じない。
するとアタシの膝の上に猫ナナシ君が乗っかってきた。
ありがたくモフモフとなでなでをさせてもらいつつ、チカちゃんの帰りを待っていた。
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