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「はあっ! はあっ…!」

 月の光が辛うじて差し込む森の中でアタシは必死で息を整えていた。今のところ追手の気配はないみたいで安心だ。アタシもこの世界に来て召喚の補正で体力は元の世界にいた時よりも強くなってはいた。

 そんなアタシが息を切らしているというのに四人は涼しい顔をしている。吸血鬼が常人離れした肉体を持っているというのは間違いなさそうだ。少なくとも同じ人間とは思えない。

「アナタ達は平気?」
「うむ。おかげで無駄に争わずにすんだわい。水しかないが飲むか?」

 着物姿の少年は懐から竹製の水筒を出してアタシに差し出してきた。ありがたく頂戴する。ゴクゴクと喉の鳴る音が夜の森に飲み込まれていく。

「ぷは~」
「落ち着いたか? 追手もいないようじゃし、少し休みがてら自己紹介とこれからの事でも話さんか?」
「…っく。何故この僕がこのような目に…」
「ま、流石に宛がなさすぎるからね~。とりあえずは仲良くしましょう」
「…」
「お主もその格好では不憫じゃのう。この手拭いでも巻いておけ」

 着物少年はそう言って全裸少年の腰に藍色の手拭を巻いて上げた。彩斗はああ言っていたけどアタシにはとても凶悪そうには見えない。

 四人の素性は分からないけど、取り合えず一番年上であろうアタシが名乗るのが筋のような気がしたので口火を切った。

「なら改めてアタシから。地下室でも言ったけど、アタシは住吉架純。みんなと同じく、よく分からない召喚術のせいで三カ月前にこの世界に来たの。元の世界では日本に住んでた」
「ニホン? 聞いた事があるな」

 と、金髪少年が反応した。

 すると皆の視線が集中したので次の自己紹介を求められた。ふんっと鼻を鳴らし、胸を張って名を名乗る。

「僕の名はフィフスドル・アンチェントパプル。アンチェントパプル家の嫡男だ。吸血鬼の端くれなら我が家の名前は聞いたことくらいはあるだろう?」
「…いや?」
「なんだと!? どこの田舎者だ。アメリカの吸血鬼貴族を知らぬとは!」

 と、金髪少年ことフィフスドル君は憤懣やるかたなく言った。人間のアタシが吸血鬼の事情などは分からないけれど、この異世界にあってアメリカという馴染のある単語には親近感を覚えた。

「フィフスドル君はいくつ?」
「九、いや今日で十歳になった」
「あら。おめでと~」
「めでたいモノか! こんな状況で…」
「じゃあ、次はチカね」

 そう言ってゴスロリ少女が持っていた日傘を畳み、深々と頭を下げた。

「チカ・タラブネーカ=ハートンです。年齢は十五歳。ヱデンキアってところからきました」
「ヱデンキア? 聞いた事がないな」
「だろうね~。私もニホンとかアメリカなんて地区名は聞いた事ないもの」
「地区じゃなくて国だけど」
「ん~、そのクニって言うのもよく分からないんだよね。多分、私は根本的に二人とは違う世界から来たんじゃないかな」
「あ、そっか。まだまだ別の世界があってもおかしくないのか」

 言われてみればそうだ。この世界とアタシのいた元の世界。世界の数がこの二つだけとは限らないんだ。ともすればアメリカにいたというフィフスドル君がいるのは並々ならない奇跡のような気がする。

 そしてもう一人。

 どう考えても日本に所縁があるとしか思えないのが、こっちの着物少年だった。アタシは思わず目線を送る。するとそれを自分の順番を振られたんだと思ったのか、自己紹介をしてくれた。

「儂はノリン・キチエモン・アカツカ。こんな成りじゃが、齢は百五十を超えておる。侍に憧れてポルトガルから船に乗ってジパングにやってきた。ニホンというのはつまりはジパングのことじゃろう?」
「え? あ、はい?」

 ちょっと待って。情報量が多すぎる。

 外国人で、百歳を超えてて、侍に憧れてて、ポルトガルからジパング?

 どう見ても侍のコスプレしてる中学生くらいにしか見えないのに。

 するとアタシの中に一つの仮説が生まれた。

 これってもしかして…アタシと同じ世界から来ているけど、時間軸が違うとかいう話なのか? そう思った時、アタシはタイムスリップ物でお馴染の質問をしていた。

「ち、因みに元の世界にいた時の年号とかは分かりますか?」
「うむ。慶応元年じゃ」
「け、慶応…」

 あまり日本史は得意じゃないけれど…慶応って確か江戸時代の最後の年号だったはず。という事は幕末からのお越しですか? そ、そう言うパターンもあるんだ。

 アメリカ、完全な異世界、そして幕末。

 バラエティーに富んでるなぁ。

 少し頭が痛いかも。最後の全裸少年もとい、手拭少年の素性を聞くのが少しだけ怖くなった。未来の火星出身の吸血鬼とか言い出さないだろうか。だが、まさか聞かないという訳にもいかない。アタシは最後に彼の事を見た。

「じゃあ、最後に君の事を教えてくれる?」
「…」
「あれ? もしかして緊張してる?」
「…」
「おいお前。最低限の礼義として名前くらいは名乗ったらどうだ?」
「…」

 ダメだ。うんともすんとも言わない。ひょっとして言葉が通じていないんだろうか? いや、だとしたら他の三人と会話できる事に辻褄が合わない。多分、召喚された時の影響で言葉での意思疎通は難なくできるようになっているはず。

 考えられるのは喋ることができない、とか?

 すると着物少年ことノリンが唐突に手拭少年の腕を取って噛みついた。まるで味見するようだった。

「許せよ」
「な、何してるの!?」
「…ふむ。こやつ、思った通り『出来立て』じゃな」
「出来立て?」
「妖怪変化の類いと言えば分かるかい? 口伝や口承が力を帯びてとうとう具現化してしまった存在じゃ。つまりは怪異としての出来立て。喋らないのはそもそも言葉を知らんからだろう。見た目は七、八歳くらいじゃろうが、人間の赤ん坊とさして変わらん」
「お、おおう?」

 アタシはつい、頭を岩にぶつけたアシカのような変な声を出してしまった。ただ、驚いているのはアタシだけでなくフィフスドル君とチカちゃんも同じようだった。

「気配が妙なのはそのせいか。どちらか言えば悪霊に近い存在という訳だ」
「それって『ウィアード』とは違うんだよね?」
「ウィアード、というのが何か分からんな」
「う~」
「という事はどこの世界で、いつの時代かも分かる訳がないか…」
「じゃな。ひょっとすると、既に元の世界にいた時よりもこの世界にいる時間の方が長いかもしれん」
「そ、そんなレベルで出来立てなんだ」

 何とも落ち着きようのない結論で落ち着いてしまった。すると深夜の森の静寂が耳をつんざいた。

 まあ、とりあえず自己紹介が終わっただけでもいいか。

 肝心なのは、むしろここから。

 こんな右も左も分からない世界で、果たしてこれからどうすればいいのか。それを考えなければならない。
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