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第五話
しおりを挟む酒場の下には更に広いスペースがあり、既に何人かがガヤガヤと閑談に盛り上がっていた。
「おーい。待ちに待った勇者が来たぞ」
賢者が告げ知らせると、その場の全員の目が階段を降りてくる二人に集まった。
全員が「やっとかよ」などとボヤキを入れながら、それでも興味津々にやって来た二人を取り囲むように集まった。
勇者と魔術師は、二度あることは三度あるという言葉を噛みしめた。というか、名札を用意している段階で気が付くべきだった。
「・・・もしかしなくても、こいつら全員転生者だな」
「そうだよ」
「しかも、全員元クラスメイトじゃねえか」
「よくわかったなw」
「そりゃデカデカと名札付けてたら誰でも分かるっつーの・・・」
言う通り、全員が胸元に前世の名前と、この世界での職業を書いた名札を付けていた。
「よう小池、西村。待ってた」
「二人してすげーイケメンになってんじゃん」
「貴方たち二人してよく一緒にいたものね」
魔法剣士、格闘家、姫騎士と名札に書かれた三人が挨拶がてらコップに注いだ水を渡してきてくれた。
「田部に鈴木に橋本か・・・」
「おう。久しぶりだな」
「みんな、なんでそんな感じなんだ?」
「そんな感じって?」
姫騎士(橋本)は可愛らしく小首を傾げた。後ろで束ねた金髪がゆれる。
「もっと驚いたり、戸惑ったりとかあるだろ」
「いやー、最初はびっくりしたけどさ。お前らより先にここに来てみんなには会ってたし、井上が色々と事情を説明してくれたりしてたし」
「そうそう。あいつが皆に声かけて周ってんだよ」
「声かけて周ったって・・・同窓会じゃないんだぞ」
「いや、ほとんど同窓会だろ」
勇者(小池)は自分で言っていてその可笑しさに気が付いた。確かに、ここは異世界で集まっているのは初めて見る顔ばかりであるが、同窓会ではないと強く否定できない。
「にしても・・・」
新参の二人は魔法剣士(田部)と格闘家(鈴木)の変貌ぶりもそうだが、何より女騎士(橋本)の変わりっぷりに動揺した。胸元を強調する顔のような防御力が有るのか無いのか分からない鎧がそうさせた訳ではない。
「何よ? そんないやらしい目で見ないでくれるかしら」
「俺が言いたいのはそれじゃない、お前・・・」
勇者(小池)が思ったことを口に使用した矢先、更に奥から出てきた男と女の声に圧倒されてしまい、言葉を飲み込んだ。
「コイマサ! ニシマサ!」
「うおっ!?」
「ひっさしぶりだなあ!」
「ええと」
欧米人のように気さくにハグをしてくる男女の名札を見る。そこには夫村人(安達)と妻村人(星丘)と書かれている。
「安達と星丘?」
「久しぶり」
「お、おう・・・いや、お前ら職業村人って・・・」
「いいじゃんか。魔王と戦うつもりなんてこれっぽちもなかったからさ」
「ま、それでもこの世界にいる普通の住人よりはマシなスキルは持ってるけどね」
次から次へと情報が入ってくる中、勇者(小池)は何から聞けばいいのか整理しきれていない。代わりに魔術師(西村)が疑問を聞いてくれる。
「職業・村人はこの際いいとして、問題はそっちの塩見と木村と加賀だよ」
「え? どうかした?」
指を差された三人は、いきなり自分らの名前が挙がったことに少し動揺した。
「どうもこうも、職業が女社長と会計士とコンビニ店員ってどういうことだよ」
そう。勇者(小池)も、それは気になっていた事の一つだ。この世界にもギルドや商人はいるのだから、全部成り立つと言えば成立する職業だが・・・会計士と社長はまだしも、この世界にコンビニがあるのか・・・?
「三人とも前世の職業をこっちでもやってるだけだけど?」
「前の二人はともかくとして、加賀はもっと夢を持てよ」
「前世で35過ぎてまでコンビニ店員やってた奴が夢見れる訳ないだろ!」
コンビニ店員(加賀)は、周りが引くくらいの声量と切羽詰まった表情で叫んだ。それには、勢いで尋ねた魔術師(西村)も気圧されてしまう。
「ご、ごめん」
「ところで・・・気になることがあるんだが」
空気がしんっと静まり帰ったところで、勇者(小池)は疑問を後入れ先出しに尋ねるため、夫村人(安達)と妻村人(星丘)に視線を送った。
「何だ? 僕たちのスキル?」
「いや、名札に括弧書きで書いてる夫と妻って、まさか・・・」
「ああ。実は僕達二人、こっちの世界で結婚しててさ」
「ええええ!!」
うっすらと予想はしていても、やはり事実としては驚いてしまう。
「そんな驚く事か?」
「驚くに決まってんだろ」
「別にいいじゃない」
「結婚そのものがじゃない。星丘と塩見とついでに橋本がだよ」
「え? 私も?」
「決まってんだろ!」
「何かしちゃった?」
名前を呼ばれた妻村人(星丘)と女社長(塩見)と姫騎士(橋本)は、何が勇者(小池)を驚かせたのかが一向に知れない。
「お前ら男だろうがっ!」
「そうだよ。俺ら男子校出身だぞ!?」
息を揃えて突っ込みを入れる勇者(小池)と魔術師(西村)に、名指しされた三人はやれやれと肩を竦め、ため息をついた。
「それは前世での話でしょ。生まれ変わったんだから性別が変わっていたって何の不思議ないじゃない」
「だって転生する時に色々と決定権があっただろ」
「むしろ私は選択権があったから、あえて女になってみた」
そう言って姫騎士(橋本)は、煽情的なポーズを決めてきた。正直、結構魅力的だったので、二人は気まずくなる前に話題を逸らす。
「けど、女になったとはいえ、同級生の男と結婚って」
「それは違うよ。僕がケイナの事を星丘だって知ったのは一月前の事だ、井上に教えられてね。僕らが結婚をしたのは4年前なんだから、たまたま愛し合ったのが転生者で前世は男友達だったってだけだ」
理屈はそうなのだが、それでも勇者(小池)は妙に得心が行かない。
「でも何か・・・言っちゃなんだけど同性愛だろ?」
「それはおかしいだろ。星丘は今は女で、女として男の安達が好きなんだからさ。男が好きな女はホモか?」
「なんか頭痛くなってきた」
魔術師(西村)は、そう言って本当に頭を抱えてうずくまった。
「けど中身は星丘なんだろ?」
「みんなは男の子で転生してるから分からないかも知れないけど、私は星丘聡の記憶を持っているだけで、それ以外は村人ケイナとして生きているの。何も可笑しい事はないわ」
「そうそう。ていうかさ、予定通り勇者が来たんだから昼飯にしようぜ」
と、誰かが昼食の催促をした。
昼食の提案は空腹の勇者(小池)と魔術師(西村)にとってみても、魅力的ではあった。しかし、その前にはっきりさせておかなければならないこともある。
「・・・今、誰が喋った?」
「誰って瀬尾だろ?」
「俺じゃねーよ。長南だよ」
そんなやり取りが、自分たちの下から聞こえてきた。耳を信じて下に目線を送ると、とても可愛らしい犬と不愛想な猫が自分たちをマジマジと見ていた。
「いやいやいや」
「今度は何だよ、コイマサ」
魔法剣士(田部)が、いい加減うんざりしたような声音で聞く。しかし、二人はその程度の事ではツッコミが止まらない。
「犬と猫じゃん」
「そうだけど」
「犬と猫が喋ってんだぞ。てか、え? 瀬尾と長南?」
それぞれの首輪についている名札を見ると、間違いなく犬(長南)と猫(瀬尾)と書いてあった。
「よ」
「一々うるせえな」
「なんで、お前らはそんななんだよ」
「ここまでの流れで分かるだろ。転生したんだよ」
猫(瀬尾)は、不愛想な顔に違うことなくぶっきらぼうな喋りで勇者(小池)に返す。
「だからって、何で猫と犬なんだよ」
「知るか。どうしてかは分からんけど、俺達には選択肢がなかったんだよ。無理矢理に猫にされて転生したんだ」
「にしても、犬と猫はひどいだろ」
そんな事を言うと、再び自分らよりも下の位置から声が聞こえた。
「いや、生き物ってだけでマシだろ」
「え?」
「でも捉えようによっちゃ、オレら死ぬ心配がないから安心じゃね?」
「は?」
まさか他にも動物になった奴が居るのかと、勇者(小池)と魔術師(西村)はキョロキョロと辺りを見回す。しかし、犬(長南)と猫(瀬尾)の他に目立った影はない。
「誰が喋ってんだ?」
「お前が手に持ってんだろwww」
賢者(井上)は笑いながら指差してきた。
「持ってるって・・・」
「・・・剣と盾が喋ってないか?」
魔術師(西村)が指摘すると、剣の柄の部分が口のようにパクパクと動いて声を出した。
「正解」
「うわああああ」
思わぬことに気味が悪くなった勇者(小池)は、その剣と盾を乱暴に放り投げた。それは音を立てながら犬(長南)と猫(瀬尾)の方に飛んでいった。
「あぶねえな。放り投げんな!」
「え、何これ?」
「何と言うか、増田と佐々木だよ。瀬尾と長南みたいに選択肢がないまま剣と盾に自我を移される形で転生したんだってさ」
「はあ?」
賢者(井上)はそう説明した。だが、犬猫ならまだしも、無機物に転生ってどういう事だ・・・?
「まあ、伝説の勇者と伝説の武器の関係だ。仲良くしてくれ」
放り投げられた痛みがないのは流石無機物といったところで、何を気にするでもなく伝説の剣(増田)と伝説の盾(佐々木)は気さくな挨拶をしてきた。
「じゃあ、とりあえず飯にしよう。笹原が腕によりをかけて作ってくれたから、有難く食べろよ」
「あと、飲み物は各自ドリンクバーから適当にやってくれ」
居酒屋店主(笹原)は、部屋の隅にでかでかと置いてあったドリンクバーを指差した。けれども誰もコップにドリンクを注ぎにはいかない。
なぜ異世界にドリンクバー用のサーバーがあるのか、そしてなぜ誰も注ぎに行かないのか。不審に思いながらも勇者(小池)と魔術師(西村)はドリンクバーに近寄った。
そして、その理由を知る。
ドリンクバーのボタンの横に『(武藤)』と、名札がくっ付けてあったからだ。
三秒ほど立ち止まった末、二人は踵を返し、水を貰いに居酒屋店主(笹原)の元へと向かった。
「おい。誰かドリンク注ぎに来いよ!」
後ろからはそんな怒声が聞こえてきた。
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