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第三話
しおりを挟むそして。
しばらく時は過ぎて、その日の夜。
「いや~飲み過ぎたな」
そう言ってレオンは勢いよく宿屋のベットに腰を掛けた。窓を開けると心地よい風と月の光とが入ってくる。それだけでは心もとないので、オルティンは蝋燭へ火を灯しながら答えた。
「ああ。歓迎はありがたいがな」
昼間二人が助けた女は偶然にもこの街の名士の娘だった。暴漢はその娘の美貌と家柄と財産とに目がくらんで無理から結婚を迫っていたそうで、娘にも両親も多大な感謝ともてなしを受けることになった。
「明日からはまた歩きっぱなしなんだ。このくらいの贅沢は神様も許してくれるだろ」
レオンのその言葉にオルティンも同意した。これからの過酷な旅を思えば、楽しみを前借したようなものだ。人助けをした結果でもあるのだから、罰は当たるまい。
今日の今日に会ったばかりだと言うのに、魔術師・レオンはやけに打ち解けやすく、お互いがすんなりと心を許していた。これから旅を続けるのだから、相手の実力はもちろんだが、気心が知れると言うのが何よりも尊い。
「にしても、たらふく飲んだせいか少し小腹が空いたな」
「ふっふっふ」
勇者の何気ない言葉にレオンは不敵に笑って見せた。
「どうした?」
「ちょっと待ってな。酒の〆にいいもの食わせてやるから」
「いいもの?」
そういうとレオンは酔った足取りも軽く部屋を出て行った。すると十分くらいの間を開けて、何かを持ってきた。この宿には自炊用の台所があり、宿泊客であれば料理が可能だ。そこで手早く何かを作ってきた様だった。
「これは・・・」
レオンは木の器に盛りつけたそれを差しだしてきた。それを見てオルティンは思わず言葉を失った。
器に入っていた料理は、見慣れているのに初めて見る料理だったからだ。
「米に茶をかけて食べるなんて発想はなかっただろ? 茶葉を煎ってあるから香ばしくてうまいんだぜ? 飲んだ後に食べるのはまた格別でな」
「このお茶漬け、レオンが作ったのか?」
「もちろ・・・・・・何で、お茶漬けって名前を知ってるんだ?」
二人は互いに顔を見合わせた。
「「まさかお前・・・」」
と、言葉が重なる。この状況で推察されることなど高が知れている。
二人は、よくよく考えればあり得なくはない結論を一つ導き出し、相手を指差しながらそれを声にした。
「「転生者なのか!?」」
脳が状況を飲み込むまで、少し時間が必要だった。
二人は黙ってしまい、部屋の中には沈黙とお茶漬けの香りだけが漂っている。
やがてどちらかが、ふっと息を漏らすとすぐに二人とも破顔して、お茶漬けを零さないように笑いあった。
「そりゃそうか。生まれ変わりっていうなら、別に俺以外の人間がそうであったとしても不思議はないな」
むしろ何故その可能性を考えていなかったのか、勇者は自分で自分が可笑しかった。あの球体の事だから、レオンも色々あって魔導士になったのだろうなと勝手に想像をした。
どうやらそれはレオンも同じようだった。
「にしても、世界を救うと言い伝えられた勇者と御供が転生者って・・・事実はネット小説よりも奇なりってか」
「あ。あんたも読んでた口?」
「仕事とか通勤の合間にね。最初はまさか本当にこんなことがとは思っていたけど」
「俺も」
そうして再び笑い合うと、二人はお茶漬けの入った器で何故だか乾杯をして、酔った後の小腹を満たし始めた。
日本茶ではないので頭の中で思い描いた味とは少し風味が違ったが、これはこれで中々美味しい。何より、久々に日本を感じられる何かを口にしたのが妙に嬉しくなった。
「ところでさ、前世の記憶ってどのくらい残ってる?」
「それが不思議と風化しないんだよな。こっちの世界に生まれてから二十年経っているって言うのに、結構覚えてるんだ」
「俺もなんだよ。不思議な感覚だ」
「ところで前世では何してたんだ?」
「ん? 普通のサラリーマンさ。大学が東京だったから、そのまま就職したって感じだな。ブラック企業だってのはわかりきってたんだけど、リーマンショックの影響もろに受けてた時代だったから選り好みなんてせずに入って死ぬほど働いてた・・・そっちは?」
「似た様なもんだな。俺も大学は東京だったんだけど、就職に失敗して田舎に帰ったんだ。そこで細々とした中小に中途採用で入って、まあぼちぼちとな」
「田舎って? どこなんだ?」
「仙台だよ。宮城県の」
勇者が生まれ故郷の名を口にした途端、レオンは文字通り飛び上がって驚いた。
「え!?」
「ど、どうした?」
「いや、俺も仙台出身なんだよ」
その言葉に、今度は勇者が驚く番だった。
「ええ!? マジでか?」
二人は再度高々と声に出して笑い合った。
そしてレオンは意気揚々となって聞いてくる。
「こんなことってあるのかよ・・・待てよ、生年月日は? 俺、平成二年の十一月生まれなんだけど」
「はあ!? 俺も平成二年の九月生まれだよ」
「タメかよ! うっわー」
「じゃあ高校は?」
「俺、北高だった。そっちは」
勇者がそう返事をすると、レオンは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、元気がなくなった。その顔には何か思考が渦巻いているようだったが、勇者には知るすべがない。
「・・・」
「え、何?」
「・・・いや、俺も北高なんだけど・・・」
「は? タメで、高校も同じなの…ってことは同級生…?」
レオンはどんどんと話の勢いを落としていく。それに従って、勇者も変な予感が生まれてしまい、声がしぼんでいく。
「・・・何組だった? 三年の時」
「三年の時は・・・A組」
「・・・・・・俺も」
またしても部屋の中を沈黙が蔓延った。今度の沈黙は、まるで真夏に毛布をかぶって寝ている様なねっとりとした居心地の悪い沈黙だった。
そしてその沈黙を微かに破るように、レオンがぼそぼそと口を動かした。
「・・・えは?」
「ん?」
「名前は?」
「オルティン」
「今のじゃなくて、前世の」
言っていいものかと思ったが、喉は頭が止める前に勇者の、オルティンの前世での名前を発していた
「小池正弘・・・」
えええ! というレオンの叫びにも似た驚愕の声が惜しげもなく響く。流石に騒がしくし過ぎたのか、両隣の部屋から抗議の壁ドンが入る。しかし二人はそんな事を気にする余裕はまるでない。
「コイマサかよ!」
「ああ・・・」
高校時代のニックネームを呼ばれたことで、もやもやとした疑念は確信へと変化を遂げた。
勇者はデジャヴに似た感覚に陥っていた。心底驚いた時に、こんなオーバーなリアクションを取る友人が、かつていた。分厚い本のページをめくるかのように、記憶がどんどんと遡って、シルエットのようなものが見え始める。
レオンは勇者の前世での正体を知って興奮気味に、自分を自分で指差す。
「俺だよ俺」
「いや、わかんねーよ」
勇者に取ってレオンはレオンであって、それ以上でもそれ以下でもない。圧だけが来るこの状態を、少し煩わしく感じたところでレオンが素性を明かす。
「ニシマサだよ。西村正広」
その名前を聞いた瞬間、シルエットだった思い出がどんどんと色づいて行った。
かつての青春時代。
字は違うが、同じ名前同士という理由で学生生活において、一番仲が良かったと言っても過言ではない友人の顔が出てくる。
その顔と今の顔のギャップ、友人が同じ世界に転生していた事実、そしてその他諸々の情報を一片に処理した勇者は、先程のレオン(西村)の声に負けぬ程の大声で叫んだ。
「えええええええ!!!!」
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