上 下
64 / 86
エピソード3

貸与術師と空を往く

しおりを挟む

 夜。

 アルルが拵えてくれていた弁当を早々に平らげた俺達はいよいよ『グライダー』事件を解決するために『中立の家』の玄関に集っていた。

 昼間に俺が頼んだ調査依頼が難航しているのか、ラトネッカリ以外のメンバーは外に出たっきりまだ帰ってきていない。だから必然的に彼女一人に見送られる形となっている。

「じゃあ行ってきます」
「うむ。気を付けたまえよ」
「ありがとう、ラトネッカリ。みんなが戻ってきたらよろしく言っておいて」
「OKだ」

 そろそろ日が沈む頃合いだ。ウィアード退治に出向くにはお誂え向きな時間だが、まだ戻ってこないメンバーは反対に心配になる。尤も夜道で悪漢に襲われたところで、返り討ちにしてしまいそうな面子ばかりだが。それでも心配が全くないと言えばウソになる。

 とはいってもこちらも出発しない訳にはいかない。玄関のドアを閉めるのと一緒に、俺は一切の憂いを置き去りにした。改めて今回同行してくれる四人を見て決意を新たにする。

 四人も同じように自信に満ちた表情で応えてくれる。それはこのメンバーなら何が起こっても絶対に大丈夫と言う確信めいた何かを感じさせた。

 ところで意気込んで出発しようとしたとき、ナグワーが疑問を一つぶつけてきた。どうやら昼間にはしていなかった俺の頭についた装備が気になったようだった。

「ところで隊長。そのゴーグルは何でありますか?」
「あ、これ? もしかしたらまたナグワーに乗っけて空を飛ぶかもしれないなぁと思ってたらラトネッカリが借してくれたんだ」

 以前、朧車を追いかけるためにナグワーに乗せてもらった時、確かに力強い飛翔に助けられたのだが、襲い掛かる風圧にまともに正面を見ることすら難しかった。今回、空を飛ぶウィアードを相手取ると先の会議で話したとき、そこまで予見して道具箱の中らから引っ張り出してくれたらしい。

 しかもラトネッカリによる改造を施し済みらしく、望遠機能や熱感知などなど機能が盛り沢山。つまりは見た目以上に多機能な防風ゴーグルという訳だ。

 その旨を伝えるとナグワーは安心したように言った。

「でしたら早速乗ってください。ミグ通りまでお連れ致します」
「その方が手っ取り早いか…みんなは大丈夫?」
「うむ。勿論だ。さっさと片付けてしまおう」

 速度の面でナグワーに後れを取るタネモネとサーシャはさっさとミグ地区を目指して飛んでいった。ハヴァはと言えばいつの間にか煙のように消え失せてしまっている。でもきっと、ミグ地区に辿り着いてから呼べばさも最初からそこにいたかのように現れてくれるに違いない。

 俺は家一軒程はあろうかと言う黒龍の背へと乗せてもらう。つい先日もこうして乗せてもらったのだが、些か様子が違う。なんと転落防止用に鞍と手綱が備えつけられていた。一体いつ用意したのか…そもそもどうやって付けたのかなどと色々疑問が浮かんだが深く考えない事にした。それを言い出すと黒龍と人型の姿を使い分けているナグワーそのものに疑問は尽きなくなるからだ。

 まあ、アレだ。ヱデンキアには魔法があるからそれでいいのだ。

 俺はナグワーに跨るとゴーグルを付けて、彼女に合図をした。すぐさま『了解』という声が聞こえてきたかと思えば、次の瞬間には夜空へと飛び出していた。

 魔法が存在する異世界とはいえ、『ランプラー組』のおかげで電気や電灯もある世界だ。夜に真上から見下ろす町は暖色の光を放ち、イルミネーションのように見えた。ラトネッカリから借りたゴーグルも頗る調子がいい。風を受けても何の問題もなく、絶好の夜景を楽しむことができたのだから。

 ◇

 一番最後に出たナグワーが最初に現場に到着したのは流石の一言だ。ミグ地区は事前の情報通り、夜市が出ており昼と見紛うばかりの活気を見せている。屋台から漂ってくる色々な料理の匂いのせいで、弁当を食べたはずのお腹がぐぅとなった。やっぱり十代の体は違うなあと、つい前世の記憶と今の自分を重ねておっさんじみた感想を述べてしまう。もうこの体とも十余年の付き合いなのにね。

 地区の中継用の広場に降り立ってもナグワーは中々に変身を解かなかった。こうしておいた方が、後から飛んでくるであろうサーシャとタネモネの目印になるだろうという配慮だった。

そうしている内に、まずはサーシャが降臨と言った方が相応しいような動きで舞い降りてきた。次いで大量の蝙蝠たちが幾重にも折り重なるように集合し、あっという間にタネモネの姿に変わった。そして最後に俺はハヴァの名前を呼ぶ。すると地中からホログラムのように音もなく現れたのだ。

 全員が劇的な方法で待ち合わせ場所に来たというのに、街の人たちは日常を崩しはしない。未だに前世の記憶や価値観を持っている俺は、そんなところにムズムズとも、ワクワクとも表現できる感覚を抱いてしまう。

 むしろ異なる四つのギルドの名うての所属メンバーが揃っていることに人々は驚いている様子だ。しかも隠密が信条のハヴァを除けば、残りの三人はそこそこの有名人だ。遠巻きに騒めく気配や同じギルドに所属しているであろう人たちから声を掛けられたりと、あまり長居をできる雰囲気ではなかった。

というか、全員が揃った上でこの場に留まる理由がない。俺は改めて四人に命じる。

「それじゃあ昼間の打ち合わせ通りに動いてウィアードが出てくるのを待とうか。もしかしたらウィアードが絡んでいない事件って可能性も多いにあるけどね。みんな俺より実績あるから言うのもなんだけど、油断しないように気をつけてね」

 我ながら生意気だとは思うが、一応はリーダーなのだから注意喚起は言って然るべきだろう。それはみんな分かっているから、何も言わず素直に頷いてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

クラスで一人だけ男子な僕のズボンが盗まれたので仕方無くチ○ポ丸出しで居たら何故か女子がたくさん集まって来た

pelonsan
恋愛
 ここは私立嵐爛学校(しりつらんらんがっこう)、略して乱交、もとい嵐校(らんこう) ━━。  僕の名前は 竿乃 玉之介(さおの たまのすけ)。  昨日この嵐校に転校してきた至極普通の二年生。  去年まで女子校だったらしくクラスメイトが女子ばかりで不安だったんだけど、皆優しく迎えてくれて ほっとしていた矢先の翌日…… ※表紙画像は自由使用可能なAI画像生成サイトで制作したものを加工しました。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

処理中です...