53 / 86
エピソード2
貸与術師と『ドラゴニュート』のナグワー
しおりを挟む明朝。
俺は中立の家の敷地内にある鍛練場へと向かった。改めて思うけど広い家だ。元々は十のギルドから大勢が派遣されてくることが前提の建物だから仕方がない。十一人程度で暮らす方がおかしいのだ。
鍛練場は半分は屋内、半分は屋外のような造りになっていた。今日は朝靄が立ち込める天気だったので、そこに行くまでの渡り廊下も少し先は白い闇に飲まれた様だった。
ナグワーと話がしたかったので当たりを付けて鍛練場に来たものの、些か早かったかもしれない。まるで人の気配が感じられなかった。仕方がないので確実に通り道になるであろう場所で立ち止まって待つことにした。この時間に話ができれば一番ベストなんだけど…。
昨日は遅く寝た上に朝が早かったものだから、気を抜くと欠伸と眠気がタッグを組んで襲ってきた。
くあっとマヌケな息を漏らしながら伸びをする。思いっきり気を抜いていたので、俺は誰かが近づいてきている気配に気が付けなかった。
そして次の瞬間、俺は壁に身体ごと叩きつけられていた。
「誰だ!?」
ナグワーの声で一喝される。
…何が起きたんだ……?
背後から首を押さえ付けられ、そして金的を的確に握られている。下手に動くと大惨事になる事だけは反射的に脳みそが理解していた。壁に押し当てられながらも何とか首だけを動かす。それが抵抗だと判断されたみたいで、ナグワーの手に余計に力が入った。
「何者だ? ここで何をし…っ失礼しましたっ!」
パッとナグワーは飛び退いた。首の拘束が解かれたよりも、股間の圧力が消えた事の方がよっぽどの安心感があった。くるりと身を翻すと俺は自分のモノが無事なのかどうか確かめた。
それからはお互いに混乱して、見つめ合ったまま動けなくなってしまった。
「も、申し訳ありません。不審者かと思いまして…それに急所を押えるのは拘束術の基礎でして」
「いや、それはいいんだけど」
そうか、理由はどうあれ女の人に…いや、よそう。変に意識しそうだ。
ナグワーは俺と同じくらいバツが悪そうにして、何とか話題を変えようとしていた。
「その・・・なぜ、こちらに…?」
「ナグワーがここで朝の訓練をしてるって聞いたから、どんなことしてるのか気になってさ。『ナゴルデム団』のことも聞きたかったし」
「そうでしたか。自分が答えられる事であれば何なりとお尋ねください」
背筋を伸ばし、胸を張り如何にも軍人のような口調で答えた。身に着けた『ナゴルデム団』の象徴とも言える赤と白が基調となったアーマーと同じく、本人の性格も堅そうだった。
「そう思ってきたんだけど…ナグワーの事をよく知らないからさ、ナグワーのことを教えてくれない?」
「自分の事でありますか…了解であります。しかし、すみません。団での生活が長いせいで世俗的な事には疎く、任務以外で男性と話すこともほとんどないので、ヲセット殿を楽しませるようなことが話せるかどうか…」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃないんだ」
ナグワーは目に見えて狼狽して、困ったような顔つきになった。さっきまでの機敏な対応が嘘のようだ。こと身体を使うことは得意だが、それ以外の事は不得手なのだろう。そして得意が勝っている分、不得手な事は余計に苦手に見えるタイプだ。
なら、打ち解けやすくするためにもいっそのこと最初は相手の土俵に上がってしまった方が手っ取り早いかもしれない。
「なら一対一で戦わない?」
「え?」
「模擬戦ってヤツ? 元々自主訓練のつもりで出てきたんだったら」
「自分は構いませんが…」
「じゃあそうしよう。色々なウィアードを見てきたけど、戦いにならない方がマレだし。ナグワーの実力も知りたいしね」
ウィアード退治に戦闘が付き物なのは紛れもない事実だ。この世界の魔法はどういう理屈か妖怪相手には通用しない。物理に訴えた方がまだ効き目があるくらいだ。そして直接的な戦闘だったらきっとナグワーが今のメンバーの中では頭一つ抜けてると思う。なんたって軍人だし。彼女の存在は絶対に必要になってくる機会があるはずだ。
「分かりました。自分もその意見には賛成であります」
ナグワーは溌剌した顔と声で答えてくれた。やっぱり小手先じゃなくて身体を動かしてコミュニケーションを取る方が好きなんだろう。
鍛練場は土の匂いがこもり、少し肌寒く感じた。
俺は軽く準備体操をして体をほぐし、ナグワーは訓練用の木剣を持ち簡単な素振りをしていた。
やがて準備が整った俺達は少し距離を置き戦闘態勢に入った。
「俺はウィアードを使っていくから、そのつもりで」
予め断るとナグワーは力強く頷いた。
「むしろそうしてください。自分も何であれウィアードに対する経験を積んでおきたいです」
一発、気合いを発生すると右手に魔力を込めた。それは蟹坊主の腕になりナグワーを左右から挟み込むように襲う。
完全に逃げ場を封じて捉えられたと確信した。しかし、俺の思惑は完全に当てが外れたのである。ハサミの先にちょこんとした衝撃を感じたかと思うと、次の瞬間には木剣が首に据えられていた。
木の冷たさを感じたところで、ようやく俺はナグワーに踏み込まれて剣を当てられているのだと気が付くことができたのだ。
冷や汗が背中を伝った。貸与術を解くと、後ずさりしてもう一本の勝負を頼む。
「も、もう一本」
「了解であります」
実力差を推し量れぬうちに接近戦を持ち込んだのが今の敗因だ。日頃から戦闘訓練を行っている『ナゴルデム団』のギルド員が相手となれば尚更の事。
俺は開始の合図と同時に大きく退いて距離を取った。今度は左腕を鎌鼬に貸与する。鉤付きロープとなった腕は蛇のようなしなりを見せて一気にナグワーを襲う。ただの投擲とは違い俺の身体の一部なのである程度は自分の意思で動かすことができる。ナグワーにとってはそれが誤算だったようで、予期せぬ動きに一瞬の戸惑いを見せた。付け入らない理由はない。
ナグワーは右腕がからめとられる瞬間、木剣を左手に持ち替えた。けれども、木剣で切れるような柔い材質ではない。俺は巻き付けた左腕を思いきり引っ張り叩きつける策に打って出た。
しかし、今度は俺にとって予想外の事態が起こる。
俺の投げ飛ばす動作にピッタリと合わせて、ナグワーが軽やかに跳躍したのだ。
想定した手応えや抵抗感がなかったので俺はバランスを崩す。力んでいた分、より顕著だった。ナグワーは陸上の三段跳びの要領で瞬く間に間合いを詰めた。鋭い一声ともに剣を振り下ろし、また寸止めにて止めを刺された。
「ぐぅ」
地面に倒れたものだから蛙がつぶれたような、そんな声で呻いてしまう。
勝てはしないだろうとは思っていたが、こうも立て続けにあっさり制されると流石にくやしい…俺は泣きのもう一戦を申し込む。
再び立ち合いから始める。
もう出し惜しみはしない。魔法も貸与術も全力で使ってやる。
開始の合図と同時にまたしても距離を取る。ナグワーの接近を許してはいけないのは前提条件だ。アレだ、敵いっこない。
実力差を嫌というほどに見せつけられた後だったから恥や外分などはまるで気にせず、千疋狼を繰り出した。個の性能で劣るなら数で勝負してやる。両腕から無数の狼がナグワーを襲う。
四方八方に群がる狼が彼女の逃げ道を封じる。タイミングを見計らい、今度は右足に魔力を込める。それをサッカーボールを蹴る要領で踏み込むと、貸与した金槌坊を発射した。ラトネッカリと雷獣を討伐した時に見せた技だが、ナグワーにとっては初見だ。反応できないはず。
しかし。
またしても俺の目論見は外れてしまった。
狼たちが唯一塞ぐことのできなかった、上方に飛び上がったナグワーは一瞬のうちに黒龍の姿に変わった。黒龍は外観からは想像できないような真っ赤に滾る口内をさらけ出すように大口を開け、俺に飛び掛かってきた。
その風圧と威圧とに押されて俺は大きくのけ反った。するとまたしても人型に変身したナグワーが俺に馬乗りになって拳を眼前で寸止めした。篭手の冷たい感触が抑えられた腕を通して伝わってきた。
「…駄目だ。参った」
27
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる