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エピソード1

貸与術師と才能開花

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「ヲルカ・ヲセット。君はこの後教務員室までくるように」

 先生の呼び出しに、クラス中がざわついた。やはり俺がウィアードと対峙して退けた事は周知の事実なのだろう。がやがやと帰り支度をしながらも、みんなが奇異の目で俺を見てくる。そんな中、ヤーリンだけが心配そうに声を掛けてきてくれた。

「ヲルカ…」
「大丈夫だよ、ヤーリン。きっと今日の怪物の事について聞かれるだけだから。一番接触していたのが俺だったって話で」
「うん…」
「先に帰っていてもいいよ」
「ヤダ。待ってる」
「わかった」
かと言って、正直ヤーリンだけを残しておくのは心配だった。今日のタックス達を思えば、卒業というタイムリミットがあることも重なって、余計なちょっかいを出してくる奴も必ずいるだろう。

 俺はチラリとフェリゴを見た。フェリゴは何も言わず、ただ俺に向かって親指を立ててきた。やっぱり持つべきものは友達だな。アイツの場合は、定期的に酷い目に遭わされたりもするが、悪友だって立派な友達なのだから問題はないはずだ。

 ◇

 言われた通り教務員室に行くと、すぐに別室に案内された。会議室のような部屋の中には見た事もない十人が厳格な顔つきで腰かけており、濡れた服の代わりに体育の授業用の服を着ているのが、とても場違いで悪い事をしている様な気になってしまう。

「失礼します」
「掛けたまえ」
「…はい」

 そう言って、一脚だけ用意されていた椅子に腰かける。これはアレだ、アルバイトなのに圧迫面接を受けているような理不尽さがあるな。怖い。

「そんなに畏まらなくても平気だよ」
「はあ」

 と、愛想笑いと共に返事をしたが、この状況で畏まらない生徒がいるんなら会ってみたい。こういう時は畏まれと、逆に説教してやる。

「今日呼ばれた理由に心当たりはあるかな?」
「…『ウィアード』の事ですよね?」
「やはりあれは『ウィアード』だと?」
「他に思い当たりません。少なくとも事前に聞いていた『ウィアード』の特徴は見受けられました」
「君は『ウィアード』に関心が強い生徒だと聞いているが、どこまで把握しているのか?」
「どこまで、と言われても…噂で聞くような事しか知らないです」

 これは真実だ。さっきのウィアードがじっちゃんの残した画集に登場する蟹坊主だっただけで、それ以外の事は何一つ分かっていない。むしろ俺が聞きたいくらいだった。

「では様々な干渉をモノともしなかったウィアードに剣での一撃を与えられたのはどうしてかな?」

 それはきっと、蟹坊主の質問に答えたからだ。じっちゃんの設定でもでも問いに答えられ、トッコという別世界の武器をを頭に刺されて絶命するというストーリーだった。俺はそれを真似たに過ぎない。

 けれど、それをどう説明する? 

 この時も再び口を噤む事を選んだ。話してしまったが最後、何かとんでもない事態になると思ったからだ。何よりもじっちゃんが残してくれたあの画集が没収されたりしたら…それは嫌だ。

 俺は結局、ヤーリンの時と同じようにごまかして答える選択をした。

「…無我夢中だったので、よくわかりません」
「そうか…わかった、もう結構だ。何はともかく君の活躍によって、他の生徒に甚大な被害が広がることはなかった。今回の騒動も不測の事態とは言え、それに対応を試みた生徒は評価すべきという声が多い。試験結果を楽しみにしていなさい」
「はい…失礼します」

 実際には五分程度の面談だったが、体感的には三時間くらいに思えた。魔力も気力も尽きていたのが影響していたかもしれない。

「疲れた…何か飲みてぇ」

 とにかく無性に甘い物を口にしたい衝動に駆られながら、俺はヤーリンの待っている教室へ戻って行った。

 試験の結果を楽しみにって言ってたけど、別に大した事にはならないだろう。少なくともこの時まではそんな呑気な考えを持てていた。


 ◇ 


 査定の結果は一週間後の卒業式と同時に学校の掲示板に張り出されるらしい。それは合格発表というよりも、誰がどのギルドに進むのかを明確にする目的があるそうで、卒業した後もギルドの垣根を越えて友情を育んでほしいという計らいだという。

 が、友人のフェリゴに言わせれば、それは表面上の安っぽい理由だそうで、『ヤウェンチカ大学校』の水面下でのギルド侵略の一環だそうだ。

 その証拠にギルドからの合否の連絡は個人に先立って届くので、わざわざ開示する必要性がないというのがフェリゴの弁だった。あれは誰がどこに行ったかを明確にして個人同士での繋がりを持たせると同時に『ヤウェンチカ大学校』との関わり切らせないための措置であり、さもなくば希望が叶わなかった不合格者を嘲笑うためにやっているかのどちらかだと言う。

 とはいえ、できれば『ヤウェンチカ大学校』のどこかに入って、ヤーリンと会える機会が増えたらいいな…くらいの意気込みしかない俺にとってはわりかしどうでもいいことだった。

 それよりも何よりも。

 俺は今、人気のない夜の公園の隅っこでかつてない程に興奮し、舞い上がっている。

 何故そこまで喜び勇んでいるか。当然ながら理由があった。

 
 元を辿って行けば、俺が見た夢の話まで遡る。

 ◇

 卒業査定が行われた日の夜、つまりは俺が蟹坊主と対峙した日の夜ということだ。

 俺は正しく泥のように眠ってしまった。知っての通り、あの日は魔力も気力も精根も尽き果てていたので、両親が病院に行くことを提案するほどに青い顔をしていたらしい。それでも食欲は普段の倍以上あったので、一日だけ様子を見ようという事で落ち着いていたのだ。

 ベットに横になるのとほぼ同時に意識を手放す。

 ムカつくことに、夢の始まりにはタックスが出てきた。

 いつものように俺に向かって挑発的な事や罵りを遠慮なくぶつけてきていたのだが、不意に吹っ飛ばされ消えていった。するとそこには、山頂で出くわしたウィアードこと、蟹坊主が取って代わって鎮座していた。

 蟹坊主からは不思議と敵意を感じず、何故か動けない俺の背後に回り込むと気配を消した。

 必死に後ろを振り向こうともがいていると、左腕に違和感が走る。見てみると、俺の人間としての左腕は消え失せており、代わりとばかりに大蟹の腕がくっ付いていたのである。蟹の手は自分の意思で自在に動かす事ができ、その腕を使って俺は他の妖怪をばったばったとのしていた。

 そこで目が覚めたのだが、俺は自分の部屋に広がっている光景を見て、短い悲鳴を上げた。

 ベットからだらしなく落ちていた俺の左腕は、夢で見たのと全く同じ蟹の手になっていたからだ。

 そんな魂消た事が起こったのが、六日前の朝。

 その時の蟹の手は必死に念じる事で元に戻ったのだが、俺の中に奇妙な感覚を残していった。その感覚を頼りに、夜な夜な人目を忍んでは蟹の手を自在に出し入れできるように練習を始めた。

 それは初等部一年生の時、一輪車に乗るためにした練習と似ていた。

 頭の中では乗っているイメージが湧くのに、実際にやってみるとうまく行かない。

 何度も姿勢を変えたり、力加減を調節してみたりしてこなしてりと試行錯誤を繰り返していった結果、これはかつて授業で習った『貸与術』が鍵になるのではないと着想を得た。

 貸与術というのは文字通り精霊や霊体に自分の体を貸し与える事で力を発揮する魔法形態の一つ。

 無理に操るのではなく、自分の体に一旦乗り移らせてから動かすといった具合か。

 この感覚を掴んでからは早かった。

 俺はとうとう完璧に自分の意思で蟹坊主の腕を出し入れすることができるようになったのだ。それも左腕だけでなく、左右両方の腕を変化させる術も体得できるようになっていた。

 これはつまり、じっちゃんの考えた怪物・蟹坊主の力を部分的に扱えるという事だ。

 さらに驚くべき発見もある。

 まず、ヱデンキアで近年になって発生している怪奇現象の類。ウィアードと称されるモノの正体は、ずばりじっちゃんの考えた怪物達であることが分かった。訓練場で蟹坊主と出くわす前は、まさかじっちゃんの考えた怪物が本当に存在するとは夢にも思っていなかったせいで見落としていたが、よくよく調べ直してみると、ウィアードがらみの様々な事件の概要がじっちゃんが考えて描き残したストーリーと酷似しているのだ。
俺は学校がないのをいいことに、昼間はウィアードの調査、夜は蟹の手への変容術に寝食を犠牲にして明け暮れた。昔から凝り性で一度嵌まるとぶっ倒れるまで走り続ける悪癖がある。今回も両親やヤーリンから小言が飛んできたが、その程度では俺の興奮は収まらない。

 だってじっちゃんの考えた怪物が本当にいたんだもの!

 そしてもう一つ。

 ウィアードの調査をしている中で重大な事が分かった。
 
 どういう理屈か怪物たちにはその全てにおいて魔法が通用せず、さらに妖怪によっては物理的な干渉も不可能なモノも存在する。しかし、新しく会得した蟹の手を用いれば接触は勿論、ウィアードにダメージを容易に与えられるのである。

 つまりは子供の頃に夢想したような、怪物と戦う唯一の力を持つヒーローを名乗っても過言ではないのだろうか。

 …いやこんな妄想は子供の時だけじゃなくて今現在もそうか。

 ◇

 余談だが卒業査定からの一週間をそんな調子で過ごしていた俺は、卒業セレモニーがある登校日に盛大に寝坊したのだった。 
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