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最終章 メロディアの最後の仕事

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「そのダックワーズは…」
「え?」
「ほら、見覚えがないか? 俺が初めてレイディアントの甘え癖を見ちゃった時に」
「…あ」
「お互いにすごい気まずくて礼拝堂の脇にいたお菓子売りの子から買って食べただろう?」
「ジャムを付けると更に美味しいと言ってな」
「そうそう! で、実際すごく美味しかった」
「ああ」

 皿には言った通り自家製の苺のジャムが付け合わされていた。

 スコアとレイディアントの中に懐かしい思い出が蘇る。すると初恋でも思い出したかのように妙に気恥ずかしくなってしまっていた。

 するとドロモカに出されたアップルパイにも記憶の琴線を揺さぶられた。

「ドロモカ。アップルパイと言えばさ…」
「はい。よく覚えております」
「ムジカリリカの…なんて山だっけ?」
「ヴオラ山でございますね」

 スコアとドロモカがアップルパイから記憶を紐解いて行く。するとドロマーがヴオラ山という単語に反応をする。

「ヴオラ山と言えば、いつかあなた達がブリードに見舞われて1日帰って来れなかった日がありませんでしたか?」
「あ! あったあった!」
「何それ? アタイも知らないんだけど」
「ラーダと出会う前の話だからな」
「はい。ヴオラ山で吹雪に見舞われて山小屋にてスコア様と二人で、一夜を明かした事がございました。その時に持ち合わせの材料を使ってアップルパイを焼いたのですが…まさかあの時のモノを?」
「あれ? もしかしてみんなに出されてるデザートって…」

 スコアは閃きがあり、全員のデザートを見る。

 ドロマーはフルーツのゼリー。 
 ミリーはワッフル。
 ファリカはプリン。
 ソルカナはアイスクリーム。
 ラーダはタルト。
 シオーナは葛まんじゅう。
 そしてトーノはジェラート。

 それぞれのデザート毎にスコアには思い当たる節があった。もう何年も前の事なのに、きっかけがあると鮮明に脳裏に思い返される。それはスコアだけでなく八英女やトーノも同じようだった。

「これは…間違いなくメロディア君からのメッセージですね」
「さしずめ悪堕ちから立ち直れた事を、勇者様との馴れ初めを絡めて祝福してくれているのでしょうか?」
「あれ? でも待ってください。確かにプリンアラモードはお兄ちゃんとの思い出ですけど、何でそれをメロディア君が知ってるんですか? 皆さんのだって」
「…確かに何でスーと喰ったワッフルの事を」
「あぁ…それは多分俺だな。八英女の事がとにかく好きだったから、色々と思い出話をしてたし…」
「ともすればスコア様は私達が封印されている間も思い出を語るほどに気に掛けていてくださったと、そう伝えたいのかも知れません」
「あはっ! それって…ひとまずは旦那とアタイ達の事は祝福してくれてるって事?」
「だろうな。けど何でスーのデザートだけないんだ?」
「それは簡単でありんす」

 いち早く得心のいったトーノは自分の渡されたデザートの皿を持ってスコアの前に行くお、キョトンとしているスコアに向かってジェラートをひと掬いする。

「自分の思い出のデザートを愛しの主人と分けあって精々イチャイチャしろ、ということでありんす」
「…は?」
「ほれ、あーん」

 と、促されるままにスコアはトーノの差し出したジェラートを口にした。これは魔界から帰還できたのはいいものの、依然として勇者と魔王の関係を思いギクシャクしていた時に立ち寄ったオープンカフェで食べた思い出の味。

 トーノは偉く気に入っておかわりまでしていた。その時の屈託なく笑う顔に、少しだけ打ち解けられたと後々明かした記憶が蘇る。

 メロディアを妊娠して悪阻で食欲を失くした時もジェラートは食べられるからと、二人で食べに出かけもしていた。

 口に甘い味わいもそうだが、してやったりというドヤ顔と笑みが心にグッとくる。改めてトーノの事が好きだと認識させられる思いだった。

 すると八英女のみんながトーノに倣って自分達のデザートを食べさせてくる。

 スコアはその度に幸せと思い出を噛み締めていた。本当に紆余曲折あったけれど、こうして再び見えたばかりか、かつて若かりし頃に夢想した全員と結ばれるという妄想を実現させられた事を嬉しく思う。

 そしてその感情はスコアだけのものではなかった。

 誰も彼もが心底満たされたような暖かな微笑みを向けてくる。少なくともこの場の十人に取っては特別な時間になったことは間違いない。

 ほんわかふわふわとしたこの平和な心を改めて気付かせてくれたメロディアに、とにかく「ありがとう」と言いたい気分だった。

 ◇

 そして完食した頃合いを見計らってメロディア達がハーブティーを運んできてくれた。

 正しく心もお腹も満たされた十人の顔を見て、メロディアは笑った。

「はい、食後のお茶。これで全部だよ」
「…うん。ご馳走様。本当に美味しかった、ありがとう」
「なら良かった」

 一切の給仕を終えたバトンとメトロノームを剣に戻してしまうと、メロディアは話題を変えた。

「それで? 父さん達はこれからどうするの? しばらくはゆっくりする?」
「ああ、その事なんだけど……ちょっと考えがあってな」

 スコアは真剣な眼差しをメロディアに向けた。若干言い淀んだのが気になったが、そこにはツッコまないようにした。

 願わくば休養を取ってもらいたいのが本音だ。

このままクラッシコ王国の城下町に留まって暮らしてもらってもいいし、あるいは政治的な意味のある旅でなく温泉にでも行くような旅に出てもらってもいい。倫理的にどうかと思うが八英女と晴れて結ばれたのだからハネムーンでも提案する覚悟も持っている。

 何れにしても慰安の叶うスケジュールになってくれればと願うばかりだ。

 そしてスコアは口を開く。

「昨日の夜、みんなと話したんだけど…父さんな」
「うん」
「この世界を見限ろうかと思うんだ」
「何でだよっっ!!!??」

 メロディアは叫んだ。

 心の底から叫んだ。

「別サイトのR18指定小説でしか書けないような説得で和解して、母さんと八英女との隔たりも解消してパーティ組んで、僕の料理食べてハッピーエンドのめでたしめでたしで良かったじゃん!?」
「そうは言ってもこの世界にいたんじゃどこに行っても戦争と政治に利用されまくりだし、現に一回殺されてるし。このままでメロディアにまで危害が加わるような事になったらいよいよブチ切れると思うし。だったらもう見限ってしまった方が良くない?」
「うぐ…いやでも、急に勇者スコアがいなくなったら情勢とかさ。クラッシコ王国とパンクー帝国なんて父さんが抑止力になってる訳だし」

 するとスコアは物悲しい表情に変わる。そしてそれと同時にトーノと八英女らも冷たく憐憫なオーラを纏い始めた。

「すまないな、メロディア。これは相談じゃなくて決定した事の報告だ」
「…だとしたら今度は僕が全力で父さん達を説得するしかない」
「落ち着いて考えろ。勇者スコアと魔王ソルディダと八英女が結託しているこのパーティをお前一人で止められると思ってるのか?」

 その言葉をきっかけに全員が戦闘態勢を組む。表情には陰りがあるが醸し出す闘気は本物だ。

 あまりの気迫にリトムは後退りをした。固唾を呑み、尻もちを付かないように踏ん張るのが関の山だった。

 メロディアは大きなため息をつく。するとその刹那、この店舗毎押し潰してしまわんばかりの圧倒的なプレッシャーが生まれた。勇者と魔王と八英女が織り成すオーラをいとも容易く飲み込んでしまったオーラを感じてリトムはとうとう尻もちを付く。

「そっちこそ、たった十人で本気で僕と戦うつもりじゃないだろうな?」
「「すんませんっしたぁっ!!!」」

 気が付けば十人は土下座していた。ちょっと格好つけて見たかったけどやっぱり無理だった。

 熱い手のひら返しを見届けたメロディアは改めて父達の考えを聞くことにする。強行突破は冗談にしても、この世界を見限ってしまいたいという思いはまるっきり嘘ではないだろうから。

「で? 見限るはやり過ぎにして隠居生活みたいな事をしたいって感じで合ってる?」
「いや。隠居とも違う。折角魔法で若返ったしな!」
「じゃあどーすんの?」
「それについてはわっちから話そう」

 トーノはすくっと立ち上がり、自信満々な態度を取った。

「メロディアは生まれておらんから想像も付かぬかも知れんが、実を言うとわっちが魔王として君臨していた頃の方が人間界はむしろ平和でありんした」
「歴史の勉強で教わったよ。要するに魔王って人類共通の敵がいたから団結できてたんでしょ?」
「うむ。そのわっちが敗れたとなってからは当然、人間同士でいがみ合うようになり今に至る訳でありんす…ともすれば再び魔界に魔王が君臨すれば人間界には仮初とは言えど平和が訪れるのではないか?」

 確かに理屈は通ると納得する一方でメロディアはこの次に母が何を言うのかが分かってしまった。

「まさか魔界に戻って魔王に返り咲く気?」
「その通りでありんす」
「いや待ってよ。そしたら人間のいざこざは軽減されるかも知れないけど、母さんの立場が危うくなるんじゃ…?」
「そこで俺と八英女の出番なんだ」
「え?」
「魔界に八英女が生存していた事を公表して尚且つ俺を含めた勇者パーティが和睦の使者として名乗りを上げる。そして魔界をこの世界の一国として世界同盟に加入すると同時に中立宣言を出す」
「勇者パーティが復活した魔王の生きた封印役になる寸法でありんす」
「魔王の脅威は依然として有効だ。そしてもちろん人間界に侵攻侵略は行わないが、それはあくまでも俺達がいるおかげ…と世界は捉えるだろう。安全を確約してしまうと良からぬ事を考えたくもなる。けれどこの平和は仮初でアンバランスなモノだと植え付けておけば…」
「世界は迂闊な事ができなくなる…と」

 スコアとトーノは大きく頷いた。

「嘘っぱちかもしれないけど、嘘が本当になるかも知れない」
「少なくとも労力に対して救える人間の数は増える見立てでありんす…それにな」
「それに?」
「わっちの城でなら人目を忍ばずともイチャイチャし放題でありんす!」
「その通りです!」

 ここに来て八英女が…というか特にドロマーが喜々として声を荒げた。

「私達も新婚な上に大所帯ですからお家は広い方がいいでしょう?」
「魔界にて敬虔な信仰を保つのも一興だ」
「あーしらもこっちの世界じゃ力と性欲を持て余すからな」
「ここじゃできない研究もし放題ですし!」
「全ての根は繋がっておりますから」
「カカカ! あっちの土も別に悪いもんじゃないぜぇ。住めば都よ」
「自分のテリトリーから出た先の新天地に理想郷があるかもってのはアタイが一番知ってるしね」
「主人が行くと言えば着いて行くのが妻の務めでござる」
「同意見です。それに私達なればやってやれぬ事はないと自負もしております」

 …確かに。さっき父さんが言った通り相談じゃなくて決定した事の報告のようだ。

 メロディアは止める気はないし、止める理由もないし、止まってほしくもない。スコア達が考えそう決めたのなら、その情熱に従ってほしい。

それに…これから本物の勇者パーティの伝説が見られるかも知れないと思うとワクワクを止められるはずもなかった。

「けど再度建国するに当たって人員は?」
「そこはメロディア君。私達が孕みまくりの産みまくりですよ」
「神話かよ。限度があるし、まとまった人数は必要じゃないですか」

 と、メロディアが指摘すると鳴りを潜めていたリトムが恐る恐る手を挙げてきた。

「あの~」
「どうした?」
「その新しい魔界にあたし達みたいなスラムの魔族を受け入れてもらったりとか」
「え?」
「話を聞く限り、こっちよりも余程まともな生活ができそうだなぁって…」

 リトムの瞳の奥には期待と希望が見え隠れしている。

 噂にだけでもスラムの暮らしと城下町の住民からの差別は酷だと聞く。かつてリトム一人くらいであれば匿う事ができると提案したこともあったが、他の仲間を思えば自分だけ良い思いをする事はできないと断った程に彼女は思慮深く、仲間思いだ。そんなスラムの魔族らが救われる可能性があると分かれば縋りたくなる気持ちもよく分かる。

 そしてスコアはリトムの期待通りの返事をした。

「いいね、それ! 確かに魔族の救済を謳うのはありだ」
「善は急げとも言うし、早速動くでありんすか?」
「おう! 元魔王の話ならきっと聞くだろう。頼むよ」

 スコアとトーノは静止の言葉も虚しく外へ出て行った。思い立ったら即行動な性分は短所でもあるし長所でもあると思う。そんな二人を中心に八英女も支えていくとなると少々気が滅入る。

 皆で真っ先に飛び出して行ったスコアを追いかけようと足早になる。すると外に出る手前でドロマーが何かを思い出させたように立ち止まり振り返った。

「そうでした。メロディア君に肝心な事を言うのを忘れていました」
「はい? 何です?」
「ご馳走様でした」

 ドロマーがにっこりと笑いながら言うとそれに倣い、他の八英女もメロディアに向き直りご馳走様と労いの言葉を飛ばす。

 それは夕食のお礼の意味もあるが、自分達の復活を、そしてスコアと結ばれた事を素直に祝福してくれたことに対しての礼だとは察しがついた。

 同時にメロディアは思う。自分はなんで単純なんだろうかと。

 このご馳走様の一言で全てが報われた気になるのだからちょろいものだ。そして諦めと期待とその他色々な感情が混じった笑顔を見せる。

「お粗末様でした」
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