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最終章 メロディアの最後の仕事
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しおりを挟む腰に巻きつけたベルトにはポケットやホルダーが多く、足元のブーツ一つを取ってみても何よりも機能性を重視した装備だった。しかもあえて収納魔法を使わずにバックパックを背負う姿は、どこからどう見ても一端の冒険者だろう。
普段もどこか物々しい服装を好んでいた魔王からは想像もつかぬ程に垢抜けており、スコアは思わず生唾を飲んでいた。
トーノは踊り場の欄干を踏み台に軽やかなジャンプを披露する。見事リトムの前に降り立った後、呆然とする彼女に向かって不敵な笑みを見せて出迎えた。
「中々に良い美学でありんす」
「あ、ありがとうございます…ええと」
「おっと。自己紹介がまだでありんした。わっちが元魔王のソルディダ・ディ・トーノ。つまりはメロディアの母親でありんす」
「! あ、あ、貴女が!?」
「うむ。リトムとやら。息子を誑かすような女であったらどうしようかと思っておりんしたが…それは杞憂でありんした。そこまで立派な性癖を持っているなら安心してメロディアを任せられる」
「なんか文章がおかしくね?」
「気に入って貰えたようで光栄っす。と、ところで何とお呼びすれば?」
「ん? そうじゃな。魔王は引退しておるし、中々の性癖を見込んでここは素直にわっちを母と呼ぶ事を許そう」
「あぁ…義母様」
「うむ。息子を…頼んだ」
まるでミュージカルよろしく大げさに抱擁を交わす二人をメロディアは冷やかに見つめていた。
母親がこうやって芝居がかったテンションになる事は時たまあったのでどうでもいいが、まさか普段ダウナー系のリトムがここまで意気投合するとは思わなかった。
改めて母のカリスマ性を実感すること同時にリトムに八英女と同じ匂いを感じていた。
「いい子じゃないか、守っておやり」
ドヤ顔で決め台詞を言ってくる母を軽くあしらうとメロディアは改めて夕食会について話を始めた。
「さてと、リトムも来て皆さんの準備も整ったようなので行きましょうか」
「そうそう。気になってたんだけど何故旅支度を?」
「この店で夕食会を開くのではないのかや?」
「そのつもりだったんだけどね…」
メロディアは少々含みのある言い方をした。
するとその場の全員の心に期待感が芽生えた。メロディアの腕前は誰しもが知るところ。どんな料理で持て成しを考えているのか想像するだけで楽しみだった。
ところが場所を変えると言った張本人が出入口とは真逆の方向へ歩き始めた。そして突如、店の壁に畳一枚分はあろうかという巨大な紙を貼り付けたのだ。
全員が何をしているのかと成り行きを見守っていたが、魔術に敏いファリカとソルカナとトーノの三人は貼り付けた紙の正体に心当たりがあり、思わずそれの名前を口にしていた。
「す、『独善的な理想郷』…?」
「その通り。ご明察ですね」
「何すか? 独善的な理想郷って?」
「さあ…?」
咄嗟に答えに詰まったスコアは助けを求めるような視線をファリカへ向けた。
「空間魔法の一種だよ。その名前の通り術者の思い通りの空間を想像した上で、形を与える…」
「なんか聞いただけで凄そうな魔法なんだけど…」
「凄い凄くないで言えば相当凄い魔法。世界をもう一つ創造するんだから」
「そして更に気になるのはメロディアがどんな世界を作ったのか、という点でありんすな」
「ふっふっふ」
その問いかけにメロディアは不敵に笑うだけだ。ゴクリと喉の鳴る音が店内にこだまする。
「僕は魔法の習得の方が早くって理屈っぽくなっちゃってたんですよね。それだけじゃ不味いから体を鍛えなきゃと思い至ってこれを作ったんです。端的に言えば修行用に作ったダンジョンって感じなのかな?」
「ダンジョン? ってことは魔物とかトラップとかがあるのか?」
「うん。しかも自動改修機能付きだからね。今回、どんな地形になっててどんな魔物が出てくるのかは僕にもわからない」
「あはっ! それって不思議のダンジョンじゃん! トルネコ風? それともシレン風?」
「どっちでもねーよ」
メロディアはコホンっと咳払いをしてペースを自分に戻した。そして扉を開く。
「と言うわけで父さん達はダンジョンで食料調達をお願いね」
「食料調達?」
「そう。細かな物は用意したけどメインが準備できてないんだ。だから父さん達が獲物を仕留められなかったら夕飯は少し貧相になるかも」
「あーしら次第ってか? いい夕食会だな?」
「なるほど、それで拙者達にこんな支度を」
「いいですね。まさかこのパーティで再びダンジョンクエストができるだなんて思ってもいませんでした」
「しかもトーノを加えて、だからな」
勇者と八英女と魔王は武者震いをし、アイコンタクトを取り合うと強く頷いた。それからはまるでテーマパークにやってきた子供のような無邪気な笑顔と瞳の奥に興奮を見せつつ、独善的な理想郷の中に入って行く。
その十人を見送った後、メロディアは言う。
「リトム、せっかく来てもらったんだけど…」
「うん。分かってる。あの十人だけで行かせたいんでしょ?」
「…うん」
「野暮なことはしないよ。会えただけでアタシは嬉しい。今日は呼んでくれてありがとう。どんな料理になるのか楽しみながら待ってる」
「ありがとう」
メロディアは微笑む。さっきは感情が爆発させていて、着いていくと言い出したらどうやって宥めようかと思っていたが、リトムが自分の心情を慮ってくれる事に無性に嬉しさを覚えていた。
リトムも大事な客人であることには変わりないが、少なくとも今日一番もてなしたい賓客は両親と八英女なのだ。
後は父達が自分の思惑に気が付いてくれるのを祈るばかりだが、そこについては別段疑いは持っていなかった。
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