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勇者と魔王の帰還

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 ◇

「…俺はそう言って剣を下ろしたんだけど、それが母さんのハートを射止めたらしくてな。次に口を開いたかと思えば、『全てを失った者同士、わっちと傷の舐め合いをせんかや?』とか何とか言われて気がついたら結婚してた」
「昔話を装って惚気んのやめてくれる?」
 
 鼻の下を指で擦る少女に向かって、メロディアは視線すら送らず冷ややかに言う。

「それでも最初は拒絶していたさ。今にして思えば酷く罵った事もあるし、嫌われたって仕方のない事もしてきた」
「…」
「でも今を以ってして好きなのも本当だ」
「ったく、ホントにさ…こっちは多感な年頃だっての分かってる?」

 今度のそれはとても優しい口調で冗談のように言った。

 両親の事も八英女のことも、自分が生まれるよりも前に何があったかなんて考えてもどうしようもない。少なくとも勇者と魔王と八英女は再び会うことができたんだから。

 後は父の姿を見られるようにしてやって、全員が何処かしらに感じている蟠りを取り払ってしまえばいい。ただし、それは大人の問題であって子供の自分はこれ以上首を突っ込むつもりはなかった。

 それよりもメロディアは自分にしかできぬ方法で和解した勇者と魔王と八英女の十人を祝福してあげたいと思っている。

 けれども。まだ全員の蟠りが解かれた訳でもない。それに父の姿が元に戻れば下の八英女が黙ってはいないだろう。それでも父は、勇者スコアは必ず八英女と魔王を救ってくれると信じていた。

「よし、出来た」

 話のタイミングがいいところで魔法陣の改良が終わった。

 床にそれを敷き、少女姿のスコアを乗せると魔法を発動させた。しかしうっかりと服を脱がし忘れたので、女児用の白ワンピースをピチピチに着た変態が出来上がってしまった。

 しかも、その上に。

「あれ? 何で父さんが若返ってるんだ?」
「え?」

 男の姿にスコアは鏡を見る。すると確かに四十代の渋さは消え失せ、二十代の若々しい姿になっていたのだ。

 メロディアは急いで魔法陣を確認した。すると年齢を操作する式が気付かれないようこっそりと書き足されていた。恐らくは魔法陣を持ってくる際にファリカが先読みしては自分たちが封印されていた二十年分の歳月の帳尻を合わせたかったのだろう。

 要するにファリカはスコアと二十年越しに決着をつける事を望んでいる。そしてファリカがそう願っているということは他の七人も勇者スコアに対してケジメをつけたいのだ。

 二人は八英女の心情をそう理解した。

 続いてメロディアは見苦しい父の格好を魔法にて整えてやった。そこには在りし日の勇者スコアそのものの姿が出来上がった。

「格好つかないから服は用意していくよ」
「え?」
「後は戦うなり話し合うなりご自由に。店は傷つけないでね」

 この後はどうせノクターンノベルでしか書けないような展開になるだろうけれど。メロディアは自分が想像した未来を空手を振って払い除けた。

 しかし部屋を出ていく前にスコアに服の裾を引っ張って止められた。

「何で!? 一緒にいてくれメロディア」
「えー、やだよ」
「何で!?」
「勇者スコアと魔王ソルディダと悪堕ちした八英女がいるんだよ? 絶対面倒くさいことなるじゃん」
「だからこそ居てほしいんだよ。それに今更みんなに会うの恥ずかしいし…」
「さっき顔を合わせたでしょ」
「女の子になってから平気だったけど、今は元の俺じゃないか!」
「まあ、何とかなるでしょ。伝説の勇者なら。それに僕は用事があるし」
「用事って!?」
「えーと、ほら、図書館に行く」
「絶対に今思いついただろ!」

 喚き騒ぐ父親をどうにか退けると、いよいよメロディアは廊下へ出た。扉が閉まる前に親指を立てて父を鼓舞する。

「頑張って。あ、せめてもの情けに聖剣バトンは渡しておくから」

 そしてバタンと戸が閉まると聖剣バトンを部屋のドアの横に立て掛けて、トテトテと階段を下に降りて行ったのだ。

 食堂に戻ると神妙な面持ちの魔王と悪堕ち八英女が佇んでいた。彼女らからはそこはかとなく黒いオーラが滲んでいて、まるで巣の真ん中で獲物を待つ蜘蛛のようだ。つまりメロディア達の予感通り八英女はやる気に満ち溢れているらしい。

 一応話し合いで解決して欲しいという一縷の望みを示すために簡単なティーセットを用意してメロディアはちらりとファリカに視線を送った。

「やってくれましたね、ファリカさん。すっかり元通りですよ」
「うふふ」
「僕はちょっと図書館に行くんで。母さんと皆さんは店と近隣に迷惑の掛からないように決着ください」
「…そうじゃな。出掛けるのが良かろう。何なら友人の家に泊まってくるといい、青少年の健全な育成の為には帰らぬ方が無難でありんす」
「…どういう家だよ」

 言ってて悲しくなってきた。

 とにかく自分の出る幕はないと粛々とお茶の用意はしている。その最中にドロマーに声を掛けられた。

「先に謝っておきますね、メロディア君」
「はい?」
「もうメロディア君の知っているスコアには会えないと思いますので」
「ふっふっふ」
「いや、八英女はともかく何で母さんもその気になってんの? どういう感情?」
「いやなに、わっちも自ら魔道に引きずり込んだ手下を見ていたら昔の血が騒いできたでありんす。折角この顔ぶれが揃ったのだから勇者と魔王に戻ってみるのも一興であろう?」
「…」

 ま、父さんはともかく八英女は引くに引けないよな。きっと悪堕ちしてもらって自分と同じ場所に来てほしいと切に願っているだろうから。

 けどね、あなた達全員が気付いてないですよ。

 九人とも勇者を狙う目を装っているけど…その奥で期待をしてますよ。勇者スコアが世界だけでなくて自分たちのことを救ってくれるだろう、ってね。

 口にしたら拗れることは口にせずメロディアは店を出て行った。

 それが丁度よく正午の事。

 ぐぅっとお腹を鳴らしたメロディアは久しく一人でクラッシコ王国の城下町を歩き出したのである。
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